見出し画像

母の失踪

Kと出会い付き合うようになってすぐ、私は地元を出て県の中心部で暮らすことを決意する。

当時は高校中退でも仕事はたくさんあって、困ることはなかった。
私は寮がある中華料理店で働くことにした。

もう一人、九州からきたという私の一つ上の女の子が寮にいた。
彼女は私のたった一つ上なだけなのに、とても大人に見えた。

寮といっても2LDKで、どちらも料理はしないし(朝昼晩まかない付き)、自分の部屋とお風呂を使うぐらいで寮という感じでもなかった。

それからしばらくして、結局退学することにしたKも同じ中華料理店で働くことになり、男子寮に入った。

夫婦で営んでいる中華料理店に未成年が3人。
今思えば九州から来た彼女もわけあり。
マスターは子供たちを放っておけない人だったのかなと今になって気付く。

私の妹は高校卒業と同時に准看護師の資格がとれる高校を受験した。
高校生ながら看護師の勉強も出来る高校。
そこは隣県で寮だった。

そうして私が地元を出て、妹が高校に進学のため隣県に出たことにより、父と母は二人暮らしになった。
どんな生活ぶりだったのか考えたこともない。

まだ夏になる前だったと思う。
父から中華料理店に電話がかかってきた。

あいつが消えた。
子供のことはお願いしますっていう手紙だけ残して出て行った。

私はあんなに両親を嫌っていたのに、母が失踪したという事実に激しくショックを受けた。
自分が捨てたつもりでいた親に私は捨てられたのだ。

母は自宅を改築して作ったお店で美容院を一人でやっていたから、付き合いは近所の人たちだけ。
他に探しようがない。

母が失踪し、父が色んなことを調べていくうちに、母が隠していたことがわかってきた。

美容室で購入した新しい機材。
あちこちからの借金。
殆どが父名義。
全部で数百万になり放置されていた。
そしてパチンコ屋の店員との不倫。

きっと借金を隠し通せなくなった(支払えなくなった)のと、不倫相手とうまくいかなくなった時期が重なったのではないかと思われた。

夏休み、妹は実家ではなく母方の伯父夫婦の家に泊まらせてもらうことになった。
妹がずっと養子にいきたいと言っていた伯父夫婦。

そうしてるうちに母が自分の実家に戻ってきた。
少し離れた土地で住み込みで働いていたけど、健康保険なんかの手続きが出来ないから、きちんと話し合ってそれでもここで働きたいなら戻ってきなさいと言われ、実家に帰ってきたらしい。

母は妹のところに泣きながら電話をかけたと何年も経って妹から聞いた。
なぜ妹にかけて私にかけなかったのか。

あの子は許さないと思うから

そう妹に言ったらしい。
どういう意味で、何に対しての「許さない」なのか。

実際、私は母が戻ってきてからも1年近くは電話すらしていない。
母からも連絡はなかった。

この時、父と母は離婚した。
まだ未成年だった私たち姉妹の親権は父が。
母の借金は全額、父が支払うことにしたようだった。
理由まではわからない。
なぜ父がそうしたのか。

母が父に初めて「離婚したい」といったのは、私がお腹の中にいるときだったと、これもまた大人になって妹から聞いた。

まだ若くして結婚した母だけど、なぜかお見合いだった。
それだけしか私たちは知らない。
結婚したくないのにするしかなかったのか。
どんな理由でお見合いをしたのか。

さらに妹が生まれてしばらくしてもう一度、離婚したいと父に言ったらしいけど、理由がないと断られ離婚を諦めたとか。

母にとって父との二人暮らしは耐えられなかったのだと今なら理解できる。

離婚したくても出来なかった十数年。
その相手と二人きりになってしまった毎日がどれだけ苦痛だったか。
その結果、失踪するしかなかったのかもしれない。

私も妹も母に対し愛着はない。
母性を求めることも慕う気持ちもない。
愛された記憶がない私たちに母を愛する気持ちはない。
それは父に対しても同じ。

母の失踪は、そう長くはなかったけど我が家に爆弾を落とし本当の意味でバラバラにした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?