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【ss】ニャンコの森のもえもえオムライス

 人体に最も有害な添加物は愛だ。
 致死量がとても少なく、砂糖の何倍も中毒性があり、厚生労働省が一日たったの一グラムも推奨していない。
私の調味料のさしすせそは、「さ」さもしい愛、「し」しょうもない愛、「す」捨てて掃く愛、「せ」寂寞な愛、「そ」粗悪な愛の五つだ。
「ニャンコの森のもえもえオムライスをふたつお願いにゃのだ♡」
 私は私の作るこの黄色の地平に何も込めてはならない。猛毒の愛を彼女らがトッピングして、客の腹を押し広げる萌えに自我が一片も混ざらないように。私を押し殺して作った料理が彼女らによって三つ星に輝けばそれがいい。
 本当はまっさらに白いコック帽で客の目に映る鉄板の上の卵を転がしてみたかった。でも私の調理師免許はここに落ち着いたのだから。
「もえもえニャンニャンもえニャンニャン♡ 美味しくな〜あれ♡」
ちょうど今、あの子がケチャップで本日三回目の「あいしてる」を書いた。スプーンで割ってしまうのなら、そんな大切なことを書いて欲しいなんて頼んでは駄目だと思う。
 作って壊す食事なんだから、愛なんかより塩加減を。愛は、一匙も味蕾に訴えない。

「賄い、美味いっス。あざす」
だから、帰り際のあの子の一言に
「……じゃあ失敗作かもね」
タバコを吸う手で顔を覆いながら、あはって笑った。
 その子の左腕には、洗濯板のような無数の切り傷があった。屈託のない、無垢な傷だった。

ハートを書いてもらっていいですか!
かわいいニャンコを描くニャン!
ういにゃんの名前を書いて欲しいナ!

 卵で張ったカンヴァスに、飽くなき愛を刻む女の子たち。愛を売って、お賃金を貰う高尚なあの子たち。私は、愛を全く売らずに給料を貰う。社会に流通するお金は信用で成り立っていると言う。私はきっと時給ゼロ円の信用で生活している。
 自分に向けた愛はご自愛出来るのに、他人に向けた愛は他愛無くなってしまう私。が、作る、オムライスを、

美味しいと言ってくれたあの子がいたように
オタクたちのシナプスを満たすために

愛は無から生まれることもある。とても奇跡だけど、地球が無から生まれたように。
 私は確かめるように、今日も卵の殻を砕く。それは、自傷しないのとどこか似ている。

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