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【ss】シザーハンズの恋人

 赤く光る金魚が、夜の降らせる銀糸の間をゆらゆらと泳いでいる。波紋が闇を揺らし、す、と溶けて広がる。そんな涼しげな浴衣で彼女は来た。

「お待たせ。……変じゃないかな」

俺は意地悪をする時、右側の頬にえくぼができるらしい。

「いや、そこら辺の一反木綿より上等な浴衣だ」

「もう、馬鹿にして」

「おい、呼んだか鋏男」

今夜は百鬼夜行。橙色のぼんぼりを持った妖怪たちは地獄に縁のあり過ぎるゆえ地獄耳だ。

「おうこんばんは、一反木綿」

「こんばんは」

彼女がいそいそとお辞儀をする。

「椿、そんなにかしこまらなくていいぞ。こいつ布だし」

「相変わらず切れる口だな鋏男。その子は? この間言ってた人間の?」

「そう。俺の恋人の椿」

「椿か。お嬢さん、良い名前だ」

ぽぽぽぽと照れて何も言えなくなる椿。この子とは縁切り神社で初めて会って――

「絵馬はマッチングアプリじゃねーぞ」

「うるせぇ猫又!」

「ヒューヒュー! お熱いこって」

「お友達、なの?」

「腐れ縁です……ここにいる奴ら全員腐れ縁です……」

奴らは皆俺の弱点を見つけここぞとばかりに意地悪を仕掛けてくるが、たぶん俺のえくぼは消えないままだ。正直、椿は可愛くて可愛くて、人間時間では付き合って結構経つらしいのに未だに自慢しまくって回りたい。

「あ、鋏くん」

俺の着物の袖を掴む手がくん、と後ろに引かれる。

「ん? どうした椿」

「下駄の鼻緒が切れちゃった……」

「おやおや」

すっと彼女の背中に腕を回し、なんともなしに膝を持ち上げた。

「わ、ちょ」

「歩けないでしょうが」

「そ、それはそう、だけど」

椿を抱っこする言い訳ができてよかった。

 俺は人の思いを切る妖怪だ。この両の手は何も結べやしない。でもさ、鼻緒を切ったのは俺じゃないよ。なんだか嬉しい。

 いつか椿が言っていた。鋏くんは、わたしの悪縁を切って、わたしのミサンガを切って、これからね、わたしの堪忍袋の緒を何度も切って、たくさん指切りもして、それでね、鋏くんとわたしの子のへその緒を切ってください。

「鋏くん」

「なに、椿」

「えくぼ」

ふふ、と彼女が笑うと、お腹の揺れと一緒に腕が少し揺れる。のっぺらぼうが見ていたが、顔が無いはずなのに冷やかされている気がした。

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