最近多い「外食テロ」について思うこと。

個人的に
本音は、最近だけではないと思っている。
ちょっとヤンチャな目立ちたがり屋は
この間のスシローペロペロ事件や醤油直飲み、
うどん屋の揚げ玉直食い、牛丼屋の紅生姜を自分の箸で直箸、
と挙げ始めればキリがないくらいだが、
ぼくが若い頃にそういう阿呆が居なかったのか?
と言われれば、そんなことはない。

思い返せば、寂しさをイヤミで紛らわし、ちょっと人がやらなさそうな事を平然とこなすことに勇者感を見出す、そんな「鍵っ子」にそういう輩が居たように思う。
(※異論反論は大いに受け付けたいと思います。)

子供時代の記憶を掘り起こせば…

鍵っ子、と限定したのは
ぼく世代には児童館のようなものは無く、
共働きだったり、シングルだったりの同級生は
鍵っ子だった、と記憶しているからだ。
なんとなく寂しそうにしているヤツだった、と更に記憶を掘り返し、幾人かをイメージしながら今文章を打っている。
つまり、小学校くらいの年齢で情操教育といったものも、育まれ切ってもいない年頃だったはず。(と記憶している)
ぼくが「やめなよ」という忠告をしたら、
「なんだよww ビビってんの?www」的な返しをされ、
【君子、危うきに近寄らず】よろしく、
距離を取ったのでその後のことはわからない。

ン十年前と今を比較してみて

ここから思うのは、当時、
今ほど通信網が発達しておらず、且つ、スマートフォンやタブレット、PCなどの道具も存在していなかった、ということ。
ただ、それだけの違いで、
今は外食テロが簡単に拡散し、
昔は社会問題になる前に身近な友人からの注意、
ないしは身近な大人のゲンコツで解決されてきたんじゃないだろうか?
と感想を抱いた。
無論、ゲンコツが正しいとは思わないけれど、
それで軌道修正した・できたことは実際にあるし、一概に間違っていると言い切れない部分がある。

人身御供のような、見せしめのような

そう思うと今回のスシローペロペロ事件はスシローの時価総額を約150億ほど削り落とし、(今は逆風ありがたし、になっているがww)本人は「何をそんなことでww」と言い逃げたことで祭り上げられたことになる。
スシローからすれば、笑えないことこの上なく、きっとある意味【人身御供】にされたんだろう。

今回、テロと称されるに至ったけれど、
・注意してくれる恵まれた環境があれば
・SNSのように拡散装置がなければ
テロとして扱われることは無かったんじゃないだろうか?と思っている。

ま、許される行為ではないんだけれど。


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