危ない「離婚後共同親権」―親権たてに支配関係続く恐れも
(フリーライター 田島 望)
何でも「両親の合意」が必要に?
離婚後の子どもの養育について、父母双方が親権を持つ「共同親権」に道を開く民法改正案が3月8日閣議決定され、国会での審議が始まる。
日本はこれまでどちらか一方が親権を持つ「単独親権」だった。父母双方が子どもの養育に責任を持つというのは一見理想的に見えるが、両親が合意できなければ子どもの教育や医療が何も決まらなくなるなど、大きな混乱の芽をはらんでいる。とりわけDV、虐待の被害者からは離婚後も相手の支配から逃れられなくなるのではないかという心配の声が高まっている。
民法改正案の要綱は法制審議会(法務大臣の諮問機関)の家族法制部会が1月30日に取りまとめた。3年近くの議論の中で、ひとり親やDV被害者の支援経験がある委員から共同親権への慎重論が相次いだ。弁護士の委員からも、「父母が合意できなければ、なんでも家裁に持ち込まれ、家裁がパンクする」などと危惧する声が上がっていた。
法制審議会は全会一致が慣例だが、この要綱案の採決では委員21人のうち3人が反対、1人が棄権するという異例の展開となった。両論併記の中間試案に対するパブリックコメント(2022年12月〜2023年2月実施)には約8000件の意見が寄せられたが、個人の意見の3分の2が単独親権維持だったという割合以外は、審議委員にも全容が示されることがなかった。
不透明な「急迫の事情」
要綱案によると、夫婦の協議で単独親権か共同親権かを選択できるようになる。協議が合意に至らなかった場合は、家庭裁判所が「子の利益」を踏まえ、共同親権か単独親権かを判断する。いったん合意した親権については、家庭裁判所に変更を申し立てることができる。
親権には、子どもの居所指定権が含まれる。別居親も親権を持つようになれば、子の居所が常に明示され、子連れでDVや虐待から避難することが難しくなる。要綱案はこの点を踏まえ、「父や母が子どもの心身に悪影響を及ぼす、父母の一方からもう一方に暴力や有害な言動がある恐れや、共同で親権を行なうことが困難であるなどの事情があれば、家庭裁判所は単独親権を定めなければならない」とした。また、共同親権下でも単独で親権を行使できる要件として「監護及び教育に関する日常の行為」と、「急迫の事情」がある時としたが、何がそれにあたるかは例示しなかった。配偶者からの直前の暴力がなければ、「急迫の事情」と捉えてもらえない恐れもなお残る。
様々なリスクと子への負担
離婚する夫婦は、意見の不一致や高い葛藤状態にあることがほとんどだ。共同親権とするか、親権を変更するか、さらに子どもの保育や教育、医療などについて夫婦間の紛争が頻発、長期化することが見込まれる。
弁護士有志423人は1月24日、法務省に共同親権導入反対を申し入れた。全国青年司法書士会も2月15日に反対の会長声明を出した。手術などの同意をめぐり訴訟リスクを抱える医療界も慎重だ。日本小児科学会や日本産科婦人科学会など医療関係4団体は昨年9月、子の生命・身体の保護に配慮した制度設計を法相に要望した。
離婚後の面会交流などに詳しい和光大学の熊上崇教授は「一方の親が合意しないと保育園や学校の入園・入学がかなわず、必要な医療も受けられない。逐一、家裁の判断に委ねることになる。子どもは離婚後も長期間にわたって両親の争いの下に置かれ、精神負担は計り知れない」と指摘している。
1月から2月にかけて、都内各所で開かれた集会では様々な当事者の声があがった。
モラハラを受けて離婚後、別居の元夫から長時間の子どもとの面会交流を求められている女性は「共同親権になれば、元夫から親権変更を訴えられ、大きな長引く紛争になる」。
父から母へのDVで離婚後、別居していた父親から長年ストーカー行為を受けていたという女性は「父が鬼籍に入るまで何をされるかわからない恐怖の中で生きてきた」と訴えた。
都内の大学生は両親の別居後、朝起きられなくなり、高校を全日制から通信制に変えようとしたところ、「面会しないと変更に同意しない」と別居の父親から面会を強要されたという。
親権は父、監護権は母が持ち、子どもは母と同居しているというケースでは、「修学旅行に際し、親権者である父の同意が取れないためパスポートが取得できない」などの困りごとが示された。
同居親と子の双方にとって、現状よりもさらに負担、不利益が大きくなることは間違いない。国会ではこうした実情を反映した議論が求められる。
(2024年3月25日掲載号)
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