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甲状腺がん裁判/新たな知見を無視する東京電力

▼国・東電の「古過ぎる」主張


被ばくと健康リスクについて、左図(環境省HPより)のような解説を目にしたことのある人は多いだろう。これまで「100㍉シーベルト以下の被ばくでは放射線による発がんリスクの増加は確認されていない」「それが国際的に合意されている知見だ」というのが国・東電のお決まりの主張だった。
3月6日、東京地裁で行なわれた「311子ども甲状腺がん裁判」では、この100㍉シーベルト以下に健康影響はないという東電の主張が、進捗する科学を無視したものであると指摘された。
東電の主張は、ICRP(国際放射線防護委員会)の2007年勧告がもとになっている。この勧告が出された当時、参照することができた研究は、LSS研究(1945年に広島、長崎の原爆投下で被爆した人に関する疫学調査)だった。
2007年から既に17年が経過している。今回、原告側は「当時はまだデータが不足していただけで、2024年の今は、100㍉シーベルト以下の健康影響が示された研究結果がある」と主張した(LSS研究についてもリスクの過小評価が指摘されていることを付記しておく)。

▼リスク裏付ける研究の数々


原告側が、この間得られた新たな知見として挙げたのは、以下の3つである。
まず1つ目が、JNCI(米国国立がん研究所)の機関誌『JNCIモノグラフ』の論文。2020年7月号に「低線量被ばくとがんリスクの疫学的研究」というテーマで6つの論文群が掲載された。
その中のハンプトン氏らの研究では、2006〜2017年に出版された100㍉グレイ(100㍉シーベルト相当)未満の疫学研究のうち、26件の研究に用いたデータを解析し直した結果、「低線量被ばくでもがんのリスクがある」と結論づけている。
2つ目は、2017年にグラント氏が報告したLSS研究の追跡調査だ。先述の「ICRP2007年勧告」当時よりも追跡期間が11年延び、新たながん発症例や死亡例の増加が見られ、統計的検出力が高まった。100㍉シーベルト以下の低線量被ばくによる統計的に有意な健康影響(固形がん罹患)が確認されている。
3つ目は、調査規模が世界最大のINWORKS研究(国際原子力労働者研究)。フランス、英国、米国の13の核施設及び原子力機関に登録された原子力作業員30万人超を対象とする。追跡期間は最長70年余と長く、個人線量計による外部被ばく線量の測定も正確で、統計的な信用度が非常に高い。リチャードソン氏らによる研究(2023年)では、累積線量0〜100㍉グレイ及び0〜50㍉グレイの低線量域に絞った解析でも、死亡率が統計的有意に高いことが示されている。
さらには、低線量域における影響を示すグラフの傾斜が全線量域よりも急であること(つまり、低線量のほうが被ばく影響が高い可能性)も示唆されている。

▼原告の痛みに目を向けて


被告東京電力は、酒井一夫氏を放射線生物学の重要な専門家と位置づけて「生体防御機能(DNA修復等)」を主張していた。
酒井氏の名前が出た瞬間、傍聴席から驚きの混じった失笑が漏れた。彼は電力中央研究所に所属し、低線量被ばくはむしろ健康によいという「放射線ホルミシス」の研究をしていた研究者である。しかし、当の電中研が「ホルミシス研究はしていない」とわざわざHP上で否定するなど、酒井氏の研究の信頼性には疑問がある。
原告代理人の杉浦ひとみ弁護士は会見で「甲状腺がんに罹患した子どもたちが、どんな心の痛みを負っているか言葉にしようがない。裁判官の心をこちらに向かせたい」と思いを語った。
次回期日は6月12日。今後も原告たちの思いに耳を傾けたい。


(2024年3月25日号掲載/吉田 千亜)

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