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2022

出会った音楽作品は素晴らしい年でした。
素晴らしい年でしたよ…音楽作品は。

以下、思いついた順。


Axel Boman "LUZ / Quest for fire" [Studio Barnhus]

2022年のベストをいくつか挙げろと言われたら露骨に口籠もってしまうが、1枚選べと言われたらすぐに答えが出る。創作する喜びや快楽をここまで純粋に追い求め、磨き上げた作品にはそう簡単に出会えない。時代のムード的にも多くの表現者が苦しみの中に価値を見出そうとする中で、音楽家/芸術家としての表現力を駆使し、人が踊る自由を謳歌する態度は異彩を放っていたし、その熱量に胸を打たれた。

Duval Timothy "Meeting with a Judas Tree" [Carrying Colour]

一聴してわかる様なヴィヴィッドな革新性はなくとも、この不思議な調和と閃きのレイヤーを塗した音響の営みが、一朝一夕で得られるものではないということはひしひしと伝わってくる。時間や空気に記憶や感情が刻み込まれると、点在する意識や空間が一本の糸で繋がれ、聴者は掬い取られた感覚だけを追体験する。「音楽を聴いてきてよかった…」みたいなちょっと自分でも笑っちゃうくらい青臭く真面目な感銘を受けたことを告白させてください。

Kali Malone "Living Torch" [Portraits GRM]

自分は何に期待をして音楽を聴いているのか。元来、知らないどこかへ連れていってくれることを期待して音楽を聴いている節があるのだと思う。どんな機材を使っているのか、どんなプロセスで作曲しているのかはもちろん気になるが、それらは最終目的を達成するための手段でしかなく、結局は知識に換算できない体験/知覚そのものを求め続けている。知らないことを知るためには、ひたすらに知る必要があるということなのだ!!

Tomberlin "i don't know who needs to hear this…" [Saddle Creek]

音楽を作ることや演奏すること、はたまた歌うことについてあれこれ余計に考える機会が増えている気がする。自分のため、誰かのため、音楽そのもののため。それらすべてにちょっとずつ目配せしている様な作品が私は好きかもしれない。ずるい人間だよ…。
彼女がSpotifyで公開しているプレイリストを発見したとき、ソウルメイトを見つけた気分になった。なんていうかもう、一生ついていきます。

Obongjayar "Some Nights I Dream of Doors" [September]

まったく新しい音楽に聴こえる。アフロな意匠がモジュラー仕掛けのサバンナを駆け巡ると、なぜかロンドンではなくUSインディー全盛のブルックリンのあの新鮮な空気が立ち昇る。どこを切ってもポップなのに間延びすることなく、それでいて特定の地域を指し示す様な安易さは皆無。Vampire WeekendやMac DeMarcoの登場にも似た、鮮烈かつ正当な印象。

Nick Hakim "COMETA" [ATO]

Elliott SmithやSufjan Stevensの音楽を聴くと、その間だけは何か大らかな存在に自身を許されている様な感覚になる。Nick Hakimの本作でも、私はそんなひと時を味わう。どんなに親密な仲にあったとしても入り込む余地のない、個人が個人たり得る心理の一室にひっそりと招かれる様な。部屋の中では私個人の時間は止まり、そこで得る感覚は私を含めた誰のものでもない。鍵盤の簡素な響きが管楽器に溶け合うとき、ドラムのダブ処理がヴォーカルを覆い尽くすとき、インプット/アウトプットの境目が曖昧になる。あれ…これ、誰だ…?

Coby Sey "Conduit" [AD 93]

ダークに研ぎ澄まされた感覚の鋭さばかりに興奮して聴いていたが、満月の夜に聴いたら楽曲としての美しさにうっとりと聴き惚れてしまった。作風からしても謎めいた作家という認識だったがKwes.とは兄弟だという事実をTwitter上で親切に教えてくれるナイスガイというギャップが嬉しい。彫刻のように完成された"Permeated Secrets"から青く燃え広がる"Dial Square (Confront)"への息が止まる様な流れは、何度聴いてもその度に意識が覚醒する。

宇多田ヒカル "BADモード" [Sony]

”お風呂一緒に入ろうか”がこの胸を貫いた。量的に言えば、2022年に一番聴いた作品なので、色々と言いたいことはあるのだが、これに尽きる。ジャケットにおける佇まいがROSALÍAと対称になってるのは、何らかのコラボを示唆している…!?

ROSALÍA "MOTOMAMI" [Columbia]

前作が出る前にスペインのソニーだかコロンビアにダメ元で問い合わせて国内盤リリースやら何らかのお仕事を打診したら案外しっかり取り合ってくれて、何度か続いたメールのやりとりの末にやっぱ無理だわとなったのもいい思い出というか一瞬でも素晴らしい夢を見れました。グラシアス。
El Guinchoが相変わらず付き添っているという事実が00年代インディーを追いかけた身として眩し過ぎるし、様々な文化的摩擦を受け止めつつ突き進む勇ましい歌声とけたたましいビートの掛け合いが世界中で展開されていることが嬉しくて堪らない。

Beyoncé "RENAISSANCE" [Parkwood Entertainment / Columbia]

HouseとHorseを掛けているのだとしたらそれこそ革命だが、きっとヒューストンからやって来た革命家ということなのだろう。私はダジャレの方に5,000円ベットするが。
馬に乗っている方がむしろ自然なくらいに表現者として絶対的な存在である彼女が、パンデミック以降の世界にもたらした魂の鼓舞。ここですべてを語ろうとすればあなたに「愛していると言ってくれ」劇中のFAX並みに長い画面をスクロールさせることになるので自重したい。
そう、これは愛。
それにしても"VIRGO'S GROOVE"参加のTate Kobangがグラミー獲るとしたら胸熱すぎるな…。いまだに半年周期で聴いてしまうボルチモア・クラシック"Bank Rolls (Remix)"には人生の何%かをより良くしていただいております故。
最後に関係者各位へ。実写版ライオンキングはディアンジェロを父に、ビヨンセを母に持つ息子 フランク・オーシャンと娘 ロザリア それぞれの成長とライヴ映像を描いてください。

Ravyn Lenae "HYPNOS" [Atlantic]

Tom Tom ClubにAmerieが飛び入りした夢を見ました。
隣街まで凍てつくほどクールなSteve Lacyの才覚が存分に発露されると、たちまち天上からヴォーカルが光の如く降り注ぎ、私は真の眠りにつくのです。
"Skin Tight"の滑らかな手捌きと、怪しげな足取りに方向感覚は奪われ、希望も絶望もそこまで大差ないのではないかと、愉快な気分になる。こだわって練っているのかフィーリングの瞬発力なのか掴みづらいジャケットの感性にも振り回される。知らない体温を感じる作品。

MIKE "Beware of the Monkey" [10k]

プロダクションもラップも彼を取り巻くすべてが渾然一体となり、実生活におけるタイム感や、(少し大袈裟だが)人生観の様なものが反映される彼の作品はいつも一度聴けばしばらく頭から離れてくれない。収まりの悪いジングルの様なサンプルは脳内を木霊し、外気に晒され摩耗し変形し果てたビートは再生停止後も尚、体内で一定のリズムを刻み続ける。"Tapestry"のソーラーパワー溢れるトラックの伸びやかな快楽よ。その気になれば街を壊滅させられる心優しきモンスターの午後の微睡の様に、のっそりとしたラップの足跡が重なるときの静かな興奮。突然のSister Nancy召喚はずるいけど、その嗅覚とバランス感覚に再び引き込まれてしまう。

Harry Styles "Harry's House" [Erskine / Columbia]

WingsがKevin Parkerを迎えた様な、Dave Longstrethがthe Strokesを監修した様な、Vampire Weekendがa-haをカヴァーした様な、M83がディスコに挑戦した様な
…これ、僕はいつまでも続けられますよ?(ちょっと表出ようか)
非常に様々なアイディアが試行されつつも、ワールドワイドを射程に捉えたポップスターたるスケール感は保持。多彩なサウンドについ耳が行きがちだが、前作に比べてよりヴォーカルにフォーカスした作品だということに気付いてからはより楽しめた。ジャケの通り、地に足の着いた素晴らしい作品。ゼイン派から改宗します。

Boo Hiss "Sike Jazz" [Deathbomb Arc]

カセットで聴くのが最適で最高な音楽。収録された音声すべてが余すところなく気持ち良い糖度40快楽指数100%の聴く桃源郷。こんなに奇妙なのに、機材や波形を捏ねくり回した人工的な形跡は皆無。人間でもマシンでもない、しかし幾らかの目的を持ち寄り集まった何か達が何かを演奏しているムードが漂っている。彷徨った挙句に聴いちゃった感。不明な規律に則り然るべき音が鳴らされている事実に対する戸惑い。異文化への畏れと憧れが背骨を擽る。恐らく人類でいうところのジャズなんだろう。

七尾旅人 "Long Voyage" [SPACE SHOWER]

同じ時代を共に生き、同じ空気を吸い、同じ音を聴き、同じ問題を抱え…。まっすぐに、いま、自分に寄り添ってくれる音楽。音を通じて実践される様々な表現の試みには「どうすればあなたが笑ってくれるか」という小さな福祉の背中が見える。前作の"Stray Dogs"は自分にとってばっちりぴったり必要で大切な作品だったのだけれど、今作はこれから先の自分にとって必要になっていく作品なんだと感じている。蓋して先延ばしにして腐り切った残飯と糞尿みたいな現状に目を向けて疲弊し切ってしまったとしても、"未来のこと"の様な曲を残しておいてくれる優しさが染みる。

SZA "SOS" [Top Dawg Entertainment / RCA]

いまだに「スザ」って読んじゃうんだよあ…。ていうか「シザ」でこの視座ジャケってキマりすぎだろ…ピザって10回言ってくれ。Drakeもこんな感じのジャケあったよなと思い出して確認してみたけど、ネタ感の度が過ぎてて7年越しに笑っちゃった。
アルバムでは"Gone Girl"がお気に入りですが、Sped Upしたりアコースティックで演ったり展開も豊富なシングル"Kill Bill"でスウィートに宣言されるex殺害予告の痛快な心地よさは彼女にしかできない芸当だ。"rather be in jail than alone"という情念には昭和歌謡か…?と胸騒ぎがするが、そこでふとAmy Winehouseがもし生きていたなら、彼女はこの2023年にどんな歌を歌うのだろうと、ほろ苦い気持ちになった。

Alabaster DePlume "GOLD" [International Anthem / rings]

聴けば聴くほど印象が変わってくる不思議な作品。あなたが落としたのは金のTom Waits?それとも金のLeonard Cohen?と、PJ Harvey似の泉の精に問われる気分。もはや学術的分野から入らないと理解できないのかもしれない…と唾を飲む崇高さとある種の高貴さすら漂うのに、Peter Dohertyが突っ伏す深夜の酒場の床から立ち昇る臭いや、帽子のつばに当たりそうなほど低い夜明けの空の灰色を通低音とするドキュメンタリーの手触りが、一層この作品を忘れられないものにしている。ちょっとお財布が着いていけなくてまだフィジカルを入手していないのだけれど、持っておかないと絶対後悔するよな…と危惧している。

Nikolaienko "Nostalgia Por Mesozóica" [Muscut]

熱帯にて彷徨い生命の危機が眼前に迫っているというのに、なぜか頭の中はずっとPierre Henryのことばかり考えているみたいな熱帯あるある作品。実際には"中生代へのノスタルジア"ということなので、なるほど面白いコンセプト…。SDGsに勤しんでる人類にクリティカル・ヒットっす。アディオス。
本当にまったく突拍子もないが、星野源はD'AngeloやJ Dilla、UMIやTom Misch、LAビートシーンまできっちり抑えてメディアでしっかり言及し、その度に俺たち音楽だいすき界隈を喜ばせてくれるけど、本当はこの辺りをどっぷり聴いてるんでしょう?エキゾチカ好きなんだろう?これだって見てるんだろ、星野!これ良いよな!な!な!

Your Old Droog "Yod Stewart" [Mongoloid Banks / Nature Sounds]

年中リリースしているのでその有り難みを忘れてしまいがちだが、これは特にお気に入り。Rod Stewartはほとんど聴いてこなかった不勉強な身ですが、このムードでもっと作って欲しいです。この場を借りてお願いします。ローファイとは一味違う草臥れたラウンジ感が癖になる絶妙なトラック郡に絡む渋めしゃがれめフロウ明るめチル増し増しなラップが俺の腑抜けたソウルを刺激し、カラダが脱《ダツ》になる。

T.F "Blame Kansas" [LordMobb]

そりゃあ格好良いでしょうに…という王道ブーンバップの幕開けから心を鷲掴みにされる。その後もマルシアーノ印のいなたいサンプルの数々が各楽曲を順当に印象着け、ストリーミング聴取であっても各地のエサ箱の風情を想わせる手触りが心憎い。いやぁ、それにしてもいろんなスネアの鳴らし方がありますね。私も鳴るもんならマルシアーノさんに鳴らしてほしいものですよ。

Kenny Beats "LOUIE" [XL]

公式でやってるカセットプレーヤーとのバンドルに手を出すか出すまいか、日々の献立よりも悩み抜いたほど好きな作品。今や飛ぶ鳥を落とし食いたい程の勢いで上昇する我が家のエンゲル係数に圧迫され断念したものの、なんとかヴァイナルは買った。
しかしまぁ評価されてなくて草通り越して紙むしろ玉。ていうかwで笑いを表現すること自体に前世からずっと嫌悪感があるのにそこから発展して草とか言うのほんとやめてほしいな除草剤撒こういやドレッシングかけて食お。
そうそう、俺はこういう音楽をかけて過ごしたいんだよね〜と思わせてくれる頷きホイホイ・ミュージック。Jamie XXにJoy OrbisonときてこれなんだからXLには頭が上がらない。

MAVI "Laughing so Hard, it Hurts" [Mavi 4 Mayer / UnitedMasters ]

スタート地点のない喪失感とゴールの見えない自尊心が物語を転がし、断片や行間だけで顛末を表現してみせる。語れば語るほど溢れていくような感情を音響で縫い合わせているかの様に、完全で底抜けな脆さと緻密さを湛えた美しい作品。アニメの日本語台詞もここまで気持ちよくハマるものかと冒頭にして感銘を受けた。アニメに詳しいと、人生もっといろいろ楽しめるんだろうな…。

Dienne "Addio" [Other People]

さよならとは、喪失感と対峙するための宣言なのだろうか。はたまた区切られた空間や時間への賛辞だろうか。大切な人の死とか、考えたくもないこともたまには考えなくてはいけない。しかし、自他問わず死を思うことは必ずしも暗く悲しいことではないのだと、そう感じられるための余白を与えてくれる柔らかな響きが、録音が終わっても身体の中で鳴っている感覚がある。常にひらかれた公園の様に、寂しくも優しい作品。

Fabiano do Nascimento "Rio Bonito" [rings]

指が鞄の中のケーブルみたいになりそうなアルペジオに、変拍子と躍動感、更にひとつまみの哀愁が加われば、私の狭い見識センサーはたちまち「これはレディオヘッド」と査定する仕様なのだが、ただただ美しいサウンドスケープが永遠に展開されていくこの夢幻の中にトム・ヨークのひんやりした美声が入り込む隙はないし、ジョニーのガゴォもピピピピーも介入の余地がない。しかし、エドのコーラスは入れてみたい気がしないでもない。

Valentina Magaletti "La tempesta Colorata" [A Colorful Storm]

Cafe OTOに行ってみたい。もっと言えば、Cafe OTOの近くに越して通いたい。
日本限定CDを制作させていただいたLAFAWNDAHの"The Fifth Season"でパーカッションを担当していたことをきっかけで知りました、この天才を。出す音すべてが私の人生を補うんですね。 bié Recordsから出た"A Queer Anthology of Drums"のリイシューは買えたけど、こちらのカセットは買い逃してしまった。「discogsで5,000円を支払うだけで最高のカセットが無料で手に入る!クリッククリック当選当選!」と何度も自己暗示して過ごしているのだが、半端な知能が邪魔をする…。

藤井風 "LOVE ALL SERVE ALL" [Universal]

唯一苦言を呈するとすれば、ジャケットで身に付けてるチェーンはもっと良いものを彼は持っているんじゃないか。しかし、"まつり"は2022年、ほとんど毎朝の様に聴いた。あの柔らかなトーンが朝のローな調子にちょうど良い。久石譲を単車の後ろに乗せた様な"きらり"はもちろん、"へでもねーよ"の単純明快な気持ちよさ(これがけっこうむずかしー [cv:矢島晶子])を有した中毒性、そして久保田利伸が嫉妬し巷ではシャウエッセンが消えたと噂の"やば。"における作り込みの異常さなど、あらゆる要素を持ち合わせながらも、歌謡曲的に落とし込む懐の深さが頼もしい。そのうち玉置浩二に「風ぇ!なぁ風!」とか呼ばれながら大御所と絡んでやばい曲を量産してほしい。

Steve Lacy "Gemini Rights" [L-M / RCA]

自分の中だけに存在していたものが、外の世界と共有されていくという感覚。その心地の良さ/悪さはきっと、プロデューサーかシンガーか、ポップスターかラッパーかで大きく変わってくるだろう。様々なペルソナを前提に暮らしていく現代を象徴するかの様に、極めてプライヴェートな感覚を焼き付けた音像でありながらも、あらゆるエゴを排除していった末の産物とも呼べる、究極の脱力感。既にそこにあったものを提示しているだけですとでも言いたげだし、何度も繰り返し聴いてしまった今では、この作品以前のことなんてもう何ひとつ思い出せない。

藤井隆 "Music Restaurant Royal Host" [SLENDERIE]

"アイリーン"をしこたま聴いた。良すぎる。アルバム全体としても素晴らしく、メニュー型のCDに店舗でのショー…ロイホというコンセプトを持ち出した時点でもう天才というか彼は現代のメサイアなんだと思う。藤井隆の熱心なファンではないのだが、彼と近しいマシュー南のことは大好きで、我がミューズである松浦亜弥を数年ぶりに召喚したポッドキャストは食い入るように楽しんだ。久しくご無沙汰なロイホに無性に行きたくなるし、これまでの生活に寄り添ってくれていた各地のロイホに思いを馳せ「人生」を感じてしまった。我が消化器官がキャロット・ドレッシングのロイホ色素を求めている。

Anna Mieke "Theatre" [Nettwerk]

順列組合せをどうこうしたところで決して到達し得ない崇高で実践的なサウンド/ソングライティングというか、ライティングという語句を充てがうのが適切かどうかも怪しい。牧歌的でトランシーでフォーキー。書けば書くほど意味がわからない。我が愛しのGrizzly Bearがケルト音楽に開眼した様な〜と言ったところでこの神秘を矮小化している気がしてならないが、欧州全域に渡る伝統から伝説までを網羅した様な雄大な音楽を前に、私の言葉はあまりに無力だ。

Charlotte Adigéry & Bolis Pupul "Topical Dancer" [Bounty & Banana / DEEWEE]

芳醇なエスプリと豪快な汗とを同期させ、不可避な不平、常態化したストレス、単なる糞、そしてそれらと対峙するしなやかな知性とを見事にショーケースにぶち込むと、まだ正気が残っている人間は、その可笑しさにただ踊るしかないのだった。あらゆる人々の感覚や感情がシェイクされ、脳からの司令と四肢からの伝達が混線しショートする。一昨年、素晴らしい作品で私をぶっ飛ばしてくれたEris DrewのエナジーやM.I.A.の緻密な挑発、St. Vincentによる鋭利な揺動、Janelle Monáeの麗しきスリルを享受するときと同じパスコードでもって、脳内ゲートが開かれていく。

RPBGV "LOVERS LANE" [Dolfin Records]

ずっと胸中にある感情よりも、遠くのぼやけた景色の方がより身近に、リアルに感じ取れる様なことが往々にしてあると思う。そんな歪んだ心象風景の様に奇妙な定位のリズムセクションと、どこか愛らしくもあるノイズが絡み合い、伴奏然としてやがる。明らかに歌うべきムードでもないのにそこには歌があり、かなり心地が良い。これは、何ですか。

Lil Silva "Yesterday Is Heavy" [Nowhere]

自由自在に変化しつつも息の長いLil Silvaの特異なキャリアを総括したデビューアルバム。10年前くらいにはNight Slugs周辺のトラックメーカーという認識だったけれど、いつしかJames Blakeよろしく歌めっちゃええええええやんとなり、Duval Timothy "Help"収録の"Fall Again"で炸裂したメロメロパンチで虜になりました。青々としたハーブの様な清涼感と、香り高い蜜のような煌めき。甘く淡いその歌声が、ハイパーな楽曲群を泳ぐように吹き抜ける。Samphaやserpentwithfeetといった同胞たちとも、地元グライム勢ともカナダ勢ともしっかり仕事ができる器の大きさと、無色透明なオリジナリティの凄みに感服した。

Bruno Berle "No Reino Dos Afetos" [Far Out]

Ana Frango Elétricoといい、近年のブラジルではジャケットに占める顔面面積(顔面積?)の割合が大きければ大きいほど良い作品に仕上がる傾向にある。"エピソード"期にSTUTSと出会った星野源の様な、道で拾ったMPCで大きくなった細野晴臣の様な、オーガニックなあり得なさが魅力的。

左右 "Songs for ASU NO AH" [YELLOW LABEL]

徹頭徹尾最高なのだが"反応しろ"と"本人です"が特に痛快。世知辛い日常生活において、不本意に甘味料を摂取してしまった時や公共交通機関等で不快な体験をしたとき、傷ついた私を受け止めてくれるのはこのバンドしかいない。暫時、無性に聴きたくなる。肝心の明日のアー 本公演を観ていないというのに随分と物言いが強くなるが、いま思いつく限り最も面白い最高なバンドだと思う。

Kendrick Lamar "Mr. Morale & The Big Steppers" [pgLang / Top Dawg Entertainment / Aftermath / Interscope]

前作"DAMN."であんなに人の気持ちをブチ上げキレッキレの才能を見せつけておきながら、こんなに楽しめない作品をお見舞いしてくれるのだから最高の表現者である。「アメリカ産だなぁ」としか言えないエゴや罪意識は私には理解し得るかもしれないが決して共有されることはない。音響作品の形式を模した遺書、もしくは獄中でマキャヴェリを名乗る囚人の日誌の様だ。初めて聴いたとき、Duval Timothyそのものなピアノが聴こえてきた刹那、二十数年前に預けておいたコイキングの如く椅子から飛び跳ねてしまった。
今作を経て、今後エミネム的な方向に舵を切るとしたら私の勝手な期待としては残念ですが、Duvalとのダークな化学反応の続きがあるのならば、それは大いに期待してしまう。

HASAMI group "パルコの消滅" [Self-Release]

こういった作品にあまりとやかくいうのも野暮というものですが、小学生の時分に学校のコンピュータールームでしか味わえない様なぎこちないスリルというか、1日が潰れるほど巨大なローカルでの不安と、永遠に続くインターネットでの自由とを往復する絶妙に懐かしい日々がめちゃくちゃ低い解像度でもってフラッシュバックした。というか、そんな日々はなかったかもしれない。ただ、揺るぎない事実として同級に「パソコン委員」たる連中が存在し、彼らだけがPCの強制終了方法を知っていた。この事実は後学のためここに記しておく。

Mabe Fratti "Se Ve Desde Aquí" [Unheard of Hope]

美しさを描く際に、美しいものだけを描く者もいれば、美しくないものも含め描き切る者もいる。後者の表現に触れると、美しくないとされるものが、本来美しいとされるものよりも美しく感じることがある。この作品はそんな二元論に落とし込めるほど単純な造りではないが、相対するものが緻密に並列され、互いの価値を揺るがす様に作用し、批評し合いつつも支え合っている。

Suzi Analogue "Infinite Zonez" [Disciples]

毎年、シカゴからしか摂取できない喜びがある。ドリルや音響のあれこれ…枚挙に暇がないが、それらを取りこぼすと俺という名の器官は停止する。こういう音楽を聴く度にひとり世界がひっくり返るくらい驚き、ゾワゾワと燥ぎ、肘の皮から踵の角質までプルンプルンになる勢いで魂の血色が良くなる。ドラムンベースとフットワークが完全に融解した日にはさすがにもう世界は平和で皆平等で幸福になってるんじゃないかと思う。

Air Waves "The Dance" [Fire Records]

我が心の名盤"Dungeon Dots"からもう12年も経っていた。Underwater PeoplesからWestern Vinylを経て、今作はFireというそのキャリアに、自身の時の流れを勝手に重ねちょっと感慨深い気分になる。
ゲスト陣も素晴らしく、特にLuke TempleとCass McCombsの参加は完全に私のツボを抑えており、ひとり部屋の隅で泣いちゃう。

MARCO PLUS "The Soufside Villain LP" [Backseat! House]

選ぶトラックも声もフロウも独特ながら、思いつく限りのラップシーンやトレンドを網羅しつつ、まだこういう感じでフレッシュにやれますよ〜という塩梅の巧みさに舌を巻く。決して勢い任せでなはないのに迫力があり、じわりじわりと熱量が伝わってくる。ビートの旨味をしっかりと捉えた上で、自身の特性を崩さずに聴かせどころを打ち出せるスキルは新人とは思えない人生二周目プレーヤー。徒競走も早いしゲームも上手いし保健室の先生とも親密な転校生の様なインパクトだ。

Xênia França "Em Nome da Estrela" [Xênia França]

ネオソウル特有のディーヴァ待ち筆入れ感のあるピント爆バッチリ艶ヴォーカルを際立たせるぼかし職人演奏に、ブラジルの音楽的土壌の豊かさをこれでもかと詰め合わせると「宇宙」ができちゃったという極めて特異なケース。やたら詰め込んでいるのに空間デザインを感じさせる辺り、もはや禅の領域である。リズムセクションの美しさには、身体の奥底から深いため息が漏れてしまう。「やがて過ぎ去っていく先鋭さ」に常に纏わりつく特有のえぐみが一切ないことに驚かされる。

Shygirl "Nymph" [Because]

実は最も得難く、そしてこの先の10年でより洗練されていく要素のひとつであろう「軽さ」をものにしてしまった頼もし過ぎる快作。A$APホニャララが泣きながら踊り狂っていそうな素晴らしいトラックの数々が、カラフルなフューチャー童歌により背伸びした人類がギリギリ楽しめる範疇へと落とし込まれていく祝福のドキュメンタリー。

松丸契 "The Moon, Its Recollections Abstracted" [diskunion]

2022年の9月に下北沢のSPREADで観た松丸契 + 山本達久での即興演奏に度肝を抜かれ、抜かれた度肝を取り戻すべく本作を聴いた。目の前で観た時と同様、とにかくサックスの音色に惚れ惚れしてしまう。一度、その呼吸に意識を預けてしまえば、遠く遠く、深く深く、どこか広く高い場所へと連れて行かれてしまう。吹くというよりもむしろ空気や空間を撹拌する、演奏者の内と外で呼吸を介して意識を換気しているといった行為に思えてくる。アンサンブル、楽曲としても個性ギンギン☆ドバドバひとり勝ちという訳ではなく、演奏者それぞれの細やかな対話が感じられて傍目に楽しい。フィナーレとなる"And we'll keep on going"の鬼気迫る演奏には、またもや度肝を抜かれた。ジャケットの挟まってる石みたいなやつ、これなんなんだろうと思ったけど、たぶん僕の度肝です。

Sam Gendel "blueblue" [astrollage / Leaving]

AKAI SOLO "Spirit Roaming" [Buckwoodz Studioz]

Bill Nace "Through A Room" [Drag City]

Roméo Poirier "Living Room" [Faitiche]

Earl Sweatshirt "SICK!" [Tan Cressida / Warner]

Anja Lauvdal "From a Story Now Lost" [Smalltown Supersound]

Leikei47 "Shape Up" [Harcover / RCA]

Hurray For The Riff Raff "LIFE ON EARTH" [Nonesuch]

LORD JAH-MONTE OGBON "The Black Mobius" [Jewelry Rap Productions]

SadhuGold x Spook! "NIGGAS IS MAGIC (OR "MEME MAGICK" IF YOU WHITE)"  [Cartoon Violence]

YUNGMORPHEUS "Up Against The Wall; A Degree Of Lunacy" [Bad Taste]

James Devane "Beauty is Useless" [UMEBOSHI]

Félicia Atkinson "Image Langage" [Shelter Press]

Sudan Archives "Natural Brown Prom Queen" [Stones Throw]

Mali Obomsawin "Sweet Tooth" [Out Of Your Head Records]

Katrina Gryvul "Tysha" [Standard Deviation]

Messa "Close" [Svart]

billy woods "Aethiopes" [Backwoodz Studioz]

Anadol "Felicita"[Pingipung]

Wau Wau Collectif "Mariage" [Sahel Sounds / Sing a Song Fighter]



ご清聴、ありがとうございました。
年明けからちょくちょく書いていたのですが、もう1月も終わってしまうので…後半はノーコメントになっちまいました。



PS: 皆様、この私めに、この春から働ける職場をご紹介いただけると嬉しいです。

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