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外出のハードル

「海を見に行きたいけど、車椅子じゃ無理よね」
カーラジオから聴こえる福祉タクシーのCMでは、乗客が諦めかけた願いをタクシーが叶える。しかし実際、諦めとその解決の間には見上げる程の高い壁が反り立っている。

 先日も車椅子で介助が必要な息子さんと、そのお父さんをお乗せした。50代と80代の常連様で、よく会話もさせてもらっているお二人だ。中央区の病院からの帰り道「たまにはお昼ご飯を食べて帰りたい」という息子さんに、お父さんは曇り顔であった。目的地を変えますか?と尋ねる私に、お父さんはさらに困った表情だ。しばらくして、お父さんの口から言葉がでた。

「おまえは食べ物もこぼして床を汚すし、あの店は入口に階段があるだろう。こっちは本当に大変なんだよ。」

 その言葉にこれまでの介助経験の全てが詰まっていると感じた。体力だけが問題ではない。気持ちの面もある。これまでも疲労困憊で帰宅するお父さんを見る度に、病院の付添いサービスを提案したことがあった。しかし自分で出来るうちは自分でやる、と頑なだ。私にもお店の人にも、誰にも手間を取らせたくないのかもしれない。
 同じような会話は他のお客様からも多く聞いてきた。現在の社会は、建物も人も、外出のハードルは本当に高い。「誰かの迷惑になってはいけません」という教えが骨の髄まで届いてしまい、こじらせているようにも感じる。海に行こう、と誰にも気にせず伝えられる世の中はまだ先なのか。

 そのあと、疲れて寝てしまったお父さん。私がお父さんのために出来たことは、ゆらゆらと心地いい眠りを妨げないように運転することだけだった。


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