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じぶんよみ源氏物語 12 ~恐怖と闘うデュエットソング~

輝かしきCDの時代

昭和から平成初期にかけて
青春時代を過ごした身としては、
CDとの想い出は輝かしいものがあります。

好きな歌手のCDが販売されるとなると、
レコード店に直行したものです。

なんといっても、アルバムが良かった。
1曲目から最後まで通して聴くと
全体のストーリー性が感じられて、
アーティストの世界観が伝わってきました。

『源氏物語』という長編物語も、
大きなアルバムみたいなところがあります。

前巻の「末摘花すえつむはな」が、
哀愁漂うヒップポップだとすれば、
この「紅葉賀もみじのが」は、
優美でありながら短調のバラード。

この起伏に富んだ巻の並びは、
私たちに起こるリアルな人生と重なって、
思わず唾を呑み込んでしまいます。


帝が恋の引き立て役に

この巻で起こる大事件は、藤壺の出産。
光源氏との密通で宿った子です。

はちきれんばかりに喜ぶ桐壺帝が、
あたかも光源氏と藤壺の
恋の仲介役のように見えてしまうのが、
なんとも恐ろしいです。

巻名にもなっている「紅葉賀」とは、
紅葉の下で催される祝宴のこと。

先帝を祝うために桐壷帝が行幸する際、
光源氏は親友・頭中将とうのちゅうじょうと共に
青海波せいがいはを舞うことになりました。

身重のために参加できない藤壺のためにと、
桐壷帝はわざわざ
華やかな試楽(予行演習)を開きました。
観客たちはみな、味方も敵も、
光源氏の輝く演舞に感激し涙を流します。

翌朝、源氏は藤壺に和歌を送ります。

もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の
袖うちふりし心知りきや

(訳)
恋の悩みのために
舞どころではない私でしたが、
あなただけに向けて袖を振った心が
ちゃんと伝わったでしょうか?

日頃は源氏を遠ざけている藤壺も、
さすがに返歌を贈ります。

から人の袖ふることは遠けれど
立ちゐにつけてあはれとは見き

(訳)
唐の時代の人が衣装を着て舞ったのは
遠い昔のことで実感が湧きませんが、
あなたの身振り手振りは私の心に
しみじみと伝わってきました。

大勢の観客の中、
2人だけが通じ合っていたのです。

藤壺ついに皇子(?)を出産

その年の十二月、
ついに不義の皇子が誕生します。

人知れず悩む光源氏は、苦しさのあまり
藤壺と皇子に会いたいと願います。
しかし藤壺は、応じようとしません。

理由がありました。

いとあさましう、めづらかなるまで
写し取りたまへるさま、違ふべくもあらず。

(訳)
とても驚くことに、異常なまでに
光源氏にそっくりな若宮の姿は、
間違いなく親子そのものでした。

藤壺もまた、
人知れず苦しんでいました。
産まれてきた子は、光源氏の生き写し。
秘密がバレて世間に漏れることが
何よりも恐ろしかったのです。

4月になり、いよいよ若宮は、
宮中デビューすることになりました。

帝は光源氏にそっくりな若宮を眺めながら、
こう思います。

(帝)
また並びなきどちは、
げに通ひたまへるにこそは、と思しけり。

(訳)
類なく優れた者同士は、
なるほどよく似ているのだ、と思われた。

その一方で、こんなことも言います。

(帝)
いとよくこそおぼえたれ。いと小さきほどは、
みなかくのみあるわざにやあらむ。

(訳)
それにしても源氏と若宮はよく似ている。
とても小さい頃は、みんなこんなものだろうか?

意味深な問いかけです。
帝が抱いている若宮は自分の子。
源氏にはあらゆる感情が瞬時に込み上げて、
爆発しそうになります。

中将の君、
面の色かはる心地して、
恐ろしうも、かたじけなくも、うれしくも、
あはれにも、かたがたうつろふ心地して、
涙落ちぬべし。

(訳)
光源氏は、
顔が青ざめる心地がして、
恐ろしくも、もったいなくも、うれしくも、
哀れにも、様々な感情が移り変わる気がして、
涙が落ちてしまった。

ああ、そんなところでいきなり泣いたら、
全部バレるのに!

とでも言ってしまいそうなほど、
源氏はギリギリの心理状態だったのです。

すると作者は、
どこか他人事のように言います。

わが身ながらこれに似たらむは、
いみじういたはしうおぼえたまふぞ
あながちなるや。

(訳)
自分が若宮に似ているのであれば、
とてもいたわしくお感じになるだろうが、
それはさすがに身勝手でありましょう。

作者はそうやって、
光源氏をやさしく非難しています。

藤壺も源氏と同様の恐怖に襲われています。
本来なら、抱き合って慰め合いたいところ、
桐壷帝と若宮の手前、
そんなことできるはずがありません。

結果彼女は、
渦中にいながら絶望的な孤独に立たされます。

宮は、わりなくかたはらいたきに、
汗も流れてぞおはしける

(訳)
藤壺の宮は
どうしようもなくそこに居づらく、
汗がじっとりと流れていらっしゃる。

因果応報。

『源氏物語』では、
自らの身からでた行動は、
ブーメランの如くわが身に戻ってきます。

ただ、今回の場合は、次元が違う。
帝の血筋、つまり国のありようにかかること。
自分たちで国の歴史を変えてしまう。
いや、根底から歴史を変えられる、、、

何よりも気になるのは、
桐壺帝の本心です。

帝は本当に
何も知らなかったのでしょうか?

それとも、事の真相をを知りながら、
あえて恋の引き立て役を演じているのか?

帝の前で明らかに狼狽する藤壺と光源氏。
聡明な桐壺帝が、
そう簡単に騙されるのでしょうか?

『源氏物語』という長編アルバムは、
むしろここから始まるのです。


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