バーチャルフォトグラフィの"現在"「写真という概念の誕生」──Re:collection 制作インタビュー
VRChat上の「写真館」としてつくられたワールド『Re˸collection - リコレクション -』。
これまで「写真展」などはありましたが、写真を「残す」という意味でのワールドは多くありませんでした。そんな中、『Re:collection』は総勢16名のバーチャルフォトグラファーによる作品が展示された写真館として、多くの注目を集めました。
ワールド制作を担当された柚葉さんによる記事も公開され、VRChatにおける写真とその展示について深く思考されたワールドになっていることが伺えます。
またこの背景には、VRChatにおいて「写真」という文化が徐々に根付きつつあることがあります。かつては「スクリーンショット」と呼ばれていたものが「写真」に。その変化はどこにあるのか、またどのように文化が生まれているのか。
(『Re:collection』について知りたい方は柚葉さんの記事をご覧ください。またこちらから『Re:collection』を訪れることができます。)
本インタビューでは、『Re:collection』を通してVRChatの「写真」を取り巻く背景と、それを展示する「空間」について、主催のrocksuchさんとワールド制作を担当した柚葉さんにお話を伺いました。
rocksuch:VRを彷徨う旅人
バーチャルフォトグラファー、イベンター。
「ColorfulMagic」「Re:collection」などの主催
Flickr:https://www.flickr.com/photos/193099659@N03/
柚葉:バーチャルクリエイター、バーチャルフォトグラファー。主に服飾モデルの制作やVRChatのワールド制作など。
POTOFU:https://potofu.me/yzha
BOOTH:https://yzneko-cafe.booth.pm
「残す」場所としての『Re:collection』
- 『Re:collection』のプロジェクトをはじめることになったきっかけを教えてください。
rocksuch まず、VRChatに「写真」という文化が生まれはじめているということが大きな背景としてあります。
VRChatのデフォルトのカメラだと構図が歪んでしまったり、広角の写真しか撮れないので表現が制限されてしまいます。そのため、かつてのVRChatではそこにあるワールドやアバターを撮影するものの、それは「写真」ではなく「スクリーンショット」のような存在だったんです。
そうした状況の中、VRChatカメラ拡張ツールであるVirtualLensやVRCLens(※これらのツールを導入することで露出調整や被写界深度シミュレーションなどさまざまな表現が可能になる)が登場したことで表現の自由度を持って撮影することができるようになり、そこから「写真」という文化が生まれてきたと思っています。そして、こうした背景がなければ『Re:collection』は生まれなかったと思います。
また、『Re:collection』はバーチャルフォトグラファーとして活動するえこちんさんが制作された「Gallery Lens」に大きな影響を受けています。私自身、そこで「写真」が持つ表現の奥深さに気付き、VRChatで「写真」を撮りはじめるきっかけになったワールドです。
えこちんさんを含めた、現在『Re:collection』に展示されているメンバーで何かやりたいよねと話していて、そこから『Re:collection』のプロジェクトがスタートしました。
バーチャルフォトグラファーえこちんさんによる自身で撮影した写真を展示するワールド「Gallery Lens」
- VRChat上に写真館をつくろうと思ったのは何故でしょうか?
rocksuch 現在でもそうですが、常設型の写真展示ワールドというものはほとんどなく、私が「Gallery Lens」に通い詰めて写真を学んだという経験から「写真館」という形式にすることにしました。
また、『Re:collection』というプロジェクトは写真館のワールドだけではなく、飾っている写真のうちの一部を写真集という物理メディアである「本」にして国立国会図書館に寄贈することも試みる予定です。
『Re:collection』では「残す」ことを重要視していて、「写真館」という形式もそれを意識したものです。国立国会図書館に寄贈すれば私たちが死んだとしてもずっと残っていくと思うんです。
柚葉 あまり公にしていないのですが、『Re:collection』が水の中に沈んでいるのは、水冷システムみたいな装置で写真が保管されているという意味合いがあるんですよね。
rocksuch 「残す」にあたって物理メディアが最強なのはどうしてもしかたないことだと思います。
インターネットを考えると最初期のころのデータは消えてしまっていたり、VRChatでも2017~18年のデータが消えてしまっていたりという事態は既に起きてしまっているので、データがいつか消えてしまうことは避けられないのだと思います。だからこそ、「写真」という別のかたちで残した方がいいというのが私の思想ですね。
そして、それは私たちがVRで、もしくは、仮想現実で生活をしはじめた最初期の人類だと思っているからこそやる価値があると思っています。今はどういう価値があるか分からなくても未来の人がその価値の意味を判断してくれると思うので。
- 仮想現実で生活をする、とはどういうことなのでしょうか?
rocksuch 自分の場合は毎日毎日何時間もVRChatに入って、VRChatで色々な付き合いをして、色々なものをつくっている状況ですね。
残念ながらVRChatで生活のすべてをまかなえることはできないのですが、ただここで生活をしていることは確かなんです。そしてその結果、今日お話しするような「写真」の文化が形成され、『Re:collection』のようなワールドが生まれている。文化とは、そこに生活があってこそ生まれるものだと思うんです。
- 基底現実でどこかに旅行で行って写真を撮るというのは素直に理解できます。なぜかというと、その場所には二度と行かないかもしれないし、その景色はそこでしか見られないものだから残したいと思う。
一方で、VRChatのワールドは、もちろんデータの消失とかはありますけど、基本的にはいつでも見に行けますよね。なぜ皆さんはそこで写真を撮るのでしょうか?
rocksuch VRChatに対応するUnityのバージョンがUnity5からUnity2017になる時に、好きなワールドがたくさんあったんですけど、消えてしまったり壊れてしまったんですよね。
当時はデフォルトカメラでしか撮影できていませんでしたし、ほんとにもったいないなと思いました。その経験があるからこそ、自分は「残す」という想いが強くあるのだと思います。もちろんワールドだけではなく人もそうですし、あらゆるものは変わっていくので、その瞬間を残すという意味で写真を撮っていますね。
柚葉 ちょっと前に写真のことを俳句って言っている人がいて。
その場その場で思ったこと考えたことを言葉にする。そして、周りの人も、それを聴いたうえで返す。これはVRChatでの写真のあり方に近いなと思ったんです。
結局、基底現実でもVRChatでもそこにある風景はその時にしか存在しないのではないかなと思います。
- なるほど。rocksuchさんが「残す」ことを重要視されている理由が分かりました。VRChatにおける「写真」という文化の誕生も興味深い話なので、後程詳しく聞ければと思います。
今回は「写真館」というコンセプトに対してコンセプチュアルな構造を持った建造物がつくられています。その詳細は柚葉さんのnoteで語られていますが、柚葉さんはもともとVRChat内で「写真」を撮影されていたんですか?
柚葉 VRChatで写真を撮るようになったのは『Re:collection』のワールド制作の依頼を頂いたことがきっかけでした。
基底現実で建築の写真を撮るのは好きだったのですが、VRChatではそういう意識があまりなく、VRChatにおける「写真」というものについて深く考えたこともなかったんです。
しかし、『Re:collection』という写真館をつくるプロジェクトのワールドデザインを担当させてもらうのならば、つくる側としても自分で写真について深く知っておかないといけないなと思い、VRChatでも意識して撮影するようにしていきました。次第にVRChatで写真を撮る楽しさを感じられるようになり、最近は「写真」としてどう撮るかということをよく考えるようになりました。
- もともとVRChatで撮影したりしていたわけではなかったのですね。そこから「写真館」を考えるというのはスタートの構想が結構難しそうな印象です。rocksuchさんの中では、もともと写真館のイメージがあったのでしょうか?
rocksuch 「写真」というものの周りには「写真を撮るひとびと」「色々なワールド」「思い出」「感情」などさまざまなものがあって、それらを記録するライブラリ的なワールドを考えていました。
ビジュアル的なイメージとしては、ふわっとではありますが、爽やかで開放感があって、光と影で遊ぶ感じのワールドがいいなと思っていましたね。
依頼する際に具体的な参考事例としてえこちんさんの「Gallery Lens」やamanekさんの「YOYOGI MORI Avatar World」、これは基底現実にもありますが横須賀美術館を再現したワールド「Yokosuka Museum of Art Sunset -横須賀美術館-」のワールドなどを挙げていました。また、柚葉さんのワールドである「Connect」を見たときに、私が考えていたライブラリーのイメージに近いなと思っていたので、柚葉さんに頼むしかないなと思っていたんですよ。
柚葉さんが制作したワールド「Connect」
柚葉 参考事例を色々頂いてから、まずrocksuchさんがどんなワールドが好きで、なぜそのワールドが好きなのかから考え始めました。
同時にさきほど話したように自分でも写真を撮ることで写真への理解を深めるために「Gallery Lens」や「YOYOGI MORI Avatar World」に行って、色々な場所を撮影しながらノートにその場を構成する要素となるポイントをまとめていました。
そうすることで、rocksuchさんはこういうところが好きでそのワールドを例として挙げたんだろうなというところが次第に分かってきたんです。そこからワールドの原型になるダイアグラムをつくり始め、A案、B案などいくつか道筋を用意してそこから絞り込むようなかたちで制作を進めていきました。
制作当初のダイアグラム|「Re:collectionについて」から引用
rocksuch 依頼した時はふわっとしたイメージだったので分かりにくいかなと思っていましたが、たくさんの提案を頂いて、こんなに深く考えてくれたことに感動して、そこの時点で頼んでよかったと思いましたね(笑)
柚葉 最初にいくつか案を出した後に、何案と何案がよさそうということを聞いて、ではそれらを組み合わせたこういうのはどうですか、というかたちで詳細を詰めていきました。
組み合わせ案|「Re:collectionについて」から引用
基底現実の建築をVRChatで解釈して組み立てていく
- 柚葉さんは依頼をもらってワールドをつくるということをこれまでもされていたのでしょうか?
柚葉 依頼を頂いてワールドをつくるのは『Re:collection』がはじめてです。そもそもVRChatのワールドもまだひとつしかつくっていない状況でした。
ただ、大学時代に建築の勉強をしていたこともあって、コンセプトからかたちに、かたちからコンセプトをつくることは色々経験していたので、設計のプロセスとしてはその時の経験と同じ形式で進められたと思います。
週刻みの予定表みたいなものをお渡しして、来週これやります、再来週この話に触れます、みたいな形式で進めていましたね。
- 『Re:collection』の「建築」についてもう少し詳しくお聞きしたいです。
円状で内部に開いた空間にしたのはどうしてだったのでしょうか?
柚葉 円状で中心に対して開口部があるとどこにいても向こう側が見えますよね。そういう風な見えをつくることで内部と外部を混ぜたかったんです。
『Re:collection』は中心に大きな空洞が設けられ、それを取り巻くように写真の展示室が配置される構成となっている。
そして、この開口部が建築全体で展開されるとすべての空間が一体化して見えてくるんです。すると、今あそこで誰かが写真を見ているんだなとか、そういったものが見えてきて。自分ひとりでワールドを見ているわけではなく、誰かの姿が感じられることは体験としてはすごく大きな価値を持つと思って、このような構成にしました。
また、それぞれの室を中心に向かって凸凹に出るように配置したことでフレーム効果が働いています。
展示されている写真はフォトグラファーさんごとに個性があるので、それが5枚揃うと、もはやその人のこと自身を表すくらいの存在感を持つんですよね。なので、ボックスひとつひとつの開口をその人のサムネイルのような存在にすることは意識しました。
- 確かにここから向こう側を見るとそれぞれの部屋に特徴があるように見えますよね。
柚葉 凸凹にせずに全部平にしてしまうと、おそらく全部同じ部屋の中に飾られているように見えてしまったと思います。
また、部屋ごとの出入り口に垂れ壁など境界を設けてないのは階層ごとの繋がっている感じを出すためです。出入り口の上下に段差ができると結界のようなものができてしまうと思っていて、ひと繋がりの空間の中を歩いて写真を見る体験を重視したかったからです。その時に、それぞれの室が平に配置されていると同じ空間が続いて空間体験として単調になってしまったと思うんです。
- なるほど。細かいところですが、壁と床の縁を切っていたり、ディテールのこだわりが見えますよね。
柚葉 壁と床の縁を切ることで壁自体を浮いたような感じにできるので、空間に広がりを生むことができるんですよね。
基底現実の海外の美術館でこの手法を使っている建築を見たことがあったので、今回はその手法を輸入して実際にVRChatで確認しながら詳細を詰めていきました。基底現実の手法は意外とVRChatでも使えるなと感じました。
このように基底現実から輸入してきたものをVRChatで解釈して、組み立てていくというのが『Re:collection』の空間のつくり方でしたね。
- 確かに基底現実の建築から考えると階高はずいぶん高いですが、これはVRChatでの空間を意識したということですね。
柚葉 最初は基底現実の建築の階高の基準に合わせてもっと低かったんですけど、VRChatで確認した時に天井が低いなと思って。自分のアバターは身長が低いんですけど、色々なアバターがあることを考えるとあまり低くすると窮屈感が出てしまうかなと思ったんです。
そういう試行もあり、高めに設定しています。基底現実だと人間の身長に差はそんなにないのですが、VRChatの場合は身長差の幅がすごくあるので、その折り合いをどうつくるのが難しかったですね。
基底現実では、その寸法であることの意味が必ずあるわけで、感覚ですべて決まっているわけではありません。そういう意味では「VRChatの寸法」というのを考えるのは難しかったですね。
- なるほど。基底現実での建築は基本的に人間の身体をベースにしたモジュールで考えられることが多いですが、VRChatの場合はそのベースとなるものが違います。そこから考えるとなると難しそうです。
そういう意味では、マテリアルの扱い方も基底現実とは異なります。たとえば、『Re:collection』では壁と床でマテリアルを分けていますよね。バーチャル空間ではわざわざマテリアルを分ける意味はないわけで、むしろ制作上の工程が増えますよね。
柚葉 最初は壁と天井をほぼ同じマテリアルを使おうとしていたんですけど、そうなると床の模様が壁にそのまま転写され、写真を見る際にノイズになってしまうと感じたんです。また、写真にフレームをつけなかった理由でもあるんですけど、なるべく写真を純粋に見せるためでもあります。マテリアルの存在感を落とすためにVRChatで実際に確認して選定しました。
- ここはあくまでも写真を見る場所であるということですね。
柚葉 そうですね。なので、写真以外のノイズを減らしつつ、いかに写真の効果を増幅できるのかというのは大きなポイントでした。
- なるほど。無限にこまかいところを聞いてしまいそうです(笑)詳しいことは柚葉さんのnoteに書かれているので、気になる方はこちらを読むとよさそうです。
柚葉さんは学生時代に建築を勉強されていたとのことですが、VRChatで建築を建てることにどういう可能性を感じていますか?
柚葉 基底現実の建築の手法をそのまま持ってくるとバーチャル空間の可能性を潰してしまう気がしています。逆に建築を建てていないVRChatのワールドの方がバーチャル空間に合っているなと思うほどです。
自分の中ではあまり建築しすぎないようにしたいと思っていたのですが、どうしても基底現実の建築の考えが頭に入ってしまっていて…、本当は床を浮かせたり自由なことをしていいわけですよね。
そういう風に構造などを意識しないでいいというのはバーチャル空間の大きな可能性だと思います。もちろん基底現実のように制約があることによって生まれる創造性もあります。
ただ、私の場合は完全な自由の中でその人がどういうものをつくるのかというのがすごい気になるんですよね。
VRChatでは「〇〇だから仕方ない」みたいなことはそうそう起きない。それは、バーチャル空間が外的要因ではなくて内的要因のみで生み出されるということであり、そこにこそバーチャル空間のよさというのがあるのではないかと思っています。
写真を「体験する」展示空間
- ありがとうございます。今度は「写真を展示すること」についてお聞きしたいです。
『Re:collection』は「残す」ことが重要なテーマとしてあるという話でしたが、一方で写真を鑑賞するための展示空間になっていますよね。このように写真を「展示」することにはどのような意味があるのでしょうか?
rocksuch 現在だと、みんな写真をTwitterで上げるんですよね。ただ、それはいいねやRTしたり一言感想を言う、くらいで終わってしまう。つまり、ちゃんと写真を見る機会ではない。
だからこそ、腰を据えて写真を見ながら話すことができる場所として「写真館」が必要で、写真をそこに展示する意味だと考えています。
柚葉 このワールドの依頼を頂いてから「写真を展示すること」について考えていたのはTwitterなどのSNSで流れてきた写真を見る時は「写真を見るために見よう」としているのではなくて「流れてきたから見ている」ということであり、一方で、ワールドをつくり、そこに展示するということは、そこに来ないと写真は見てもらえない。逆に言えば、そこに来た人は写真を見るためにワールドに来ている。そうなると、その人の意識は写真を見るための意識に切り替わっていると思うんです。
なので、写真をただ「見る」だけではなく、写真を「体験」してもらいたいと思って、写真の大きさや位置、並び順を決めていきました。
- 写真を「体験する」ですか。
柚葉 たとえば、ここにお休みさんが撮影した焚火の写真があります。
この写真は、ただ見るだけではなく、こういう風に撮影された人と同じように焚火に手をかざしてみたり、写真の中に入り込んでいくような「体験」を考えて、その場に立った際視界全体に写真が広がることで、自分が今まさに写真の世界にいるかのようなサイズ感や、手をかざした際に自然と手の位置が焚き火に近づくような位置関係をふまえて調整して、展示しています。
実際、ワールドを公開した際にそういった動作をした人がたくさんいたんですよね。なので、写真を展示することの意味はそういう部分にあるのかなと思います。より写真と近くなれるというか。
また、これはVRChatならではだと思いますが、基底現実だとギャラリーや写真館で写真を見ても、キャプションとしてどういう場所で撮影したかと書いてあるのを見るだけで、実際にすぐ行けるわけではないですよね。
でも、VRChatだとメニューを開いてワールド名を入力しちゃえば行けちゃうんです。
- 基底現実では鑑賞者にとって写真は「ただ見るもの」である側面が強いですが(もちろん体験する側面を持つ部分もあります)、VRChatの写真だと写真で見た風景に実際に行くことができる。そういう意味では基底現実とVRChatの写真展示は少し存在のありようが違いますね。
柚葉 ある意味、ポータルみたいなものですよね。
また、飾られた写真を触っている人もいたりして。基底現実だと絶対にそんなことできないじゃないですか。VRChatでの写真展示の新たな可能性みたいなものは、そういう体験の仕方の違いにあるのではないかと思っています。
- なるほど。写真の並び順はどのように考えていったのでしょうか?
rocksuch みなさん個性が爆発しているので、何枚がいいかは悩みました。
最初は一人あたり3枚で考えていたんですが、5枚にしたことで写真の流れみたいなものもつくれたので、結果的によかったなと思っています。
たとえば、ToMoSan_Journeyさんの写真なんかは、ご本人が意識していたかは分かりませんが、柚葉さんが配置したことによって、ストーリーが見えるようになったと感じます。
柚葉 そうですね。ToMoSan_Journeyさんの写真は5枚すべて時間軸が異なっているんですよね。
写真の配置の検討をしている時にじっくり見ていてToMoSan_Journeyさんは時間軸の表現がすごく多彩な方だと思いました。なので、年月を通して旅をしているように感じられる配置にしたいと思い、日が昇って沈んでいく時間の流れに沿って写真を組んでいます。
また、それぞれの写真がまったく異なる表現で撮影されている方だと被写体がこっちに寄っているから全体的にこっちに寄せたほうがまとまりがいいみたいに、写真の並び順は個別の写真ではなく全体のバランスを考えて組んでいますね。
- ワールド制作と同じくらい、写真の配置についても検討されていそうですね。
柚葉 制作時間の1/3は写真の配置を考えていました。
写真の1枚1枚は撮影した人が何かを思ってシャッターを切ったものですし、そうして撮影された無数にある写真の中から、この5枚を選んで展示しようとしてくださっているので、写真を展示するとなった際に雑に並べられていると写真がかわいそうだなと。
すべての写真が最大限引き立つ合うような配置や並び順ってなんだろうということをとにかく模索していましたね。
- ワールドが公開されて、実際に色々な人が訪れたことで何か気付きとかありましたか?
柚葉 写真を「体験する」というのは、あくまで自分の中で想定でしかなかったのですが、人によっては写真の中の電柱に対して手を沿えて写真を撮ったりしていて。
VRChatで写真を見る際に「体験」が存在しているということが実感できました。
後は、お披露目会の際に『Re:collection』に来てくれた方が、展示されている写真を撮影したフォトグラファーさんに「あなたの写真がめっちゃ好きです」って直接感情をぶつけているのはすごくいいなと思いました。
やっぱり場のつくる良さっていうのはそこにあるんだなと改めて思いました。
- rocksuchさんはどうですか?
rocksuch 柚葉さんが全部言ってくれた気がします(笑)
やっぱり写真を見る人、写真を撮る人、そういう人たちが交流できる場がつくれたのはよかったですね。今まではえこちんさんの「Gallery Lens」くらいしかなかったですし、写真を撮る人が増えてきたという背景もあるので、やっぱりこういう場は必要だったなと思いました。
色々な人が写真についてクロストークしているのを見たときは、これが見たかったんだよなあという気持ちになりました。
- 展示されている人たちの反応はどうだったのでしょうか?
柚葉 お披露目会をするまで、ここに展示している人たちにはワールドを一度も見せていませんでしたが、実際ここに来てくださって「よかったね」と言っていただけてよかったですね。
rocksuch みんな不安に思ってたかもしれません(笑)
- ここに写真を飾られている人の中に、基底現実で写真を撮っている人がどれくらいいるかは分からないですけど、写真を撮り始めたのがVRChatだとしたら歴は長くても2年くらい。それで写真館に展示できるようになるのは、すごいことですよね。
「基底現実で写真を撮ること」と「VRChatで写真を撮ること」
- ちなみにrocksuchさんは基底現実でも写真を撮られるのでしょうか?
rocksuch さきほども言ったように私はVRChatで写真を撮るようになるまでそういうことにまったく興味がなくて。VRChatで写真を撮り始めてから、VRChat内でフレンドにカメラを勧められて基底現実でも撮るようになりました。
- VRChatでの経験から基底現実でも撮影という行為をされるようになったというのは面白いですね。
柚葉さんはもともと建築の写真を撮ることはされていたとお話してましたけど、「基底現実で写真を撮ること」と「VRChatで写真を撮ること」に違いを感じたりしますか?
柚葉 基底現実でもVRChatでも、写真を撮る行為の理由自体にはあまり差異はないかなと思っています。
自分の場合だと基底現実で写真を撮る時は、そこがいいと思ったから写真に残そうが一番の理由ですが、それはVRChatでも変わりません。
ワールドのこの場所がいいと思ったから写真に残そう、みんなに広めたいと思って写真を撮っています。なので、そういう動機の部分は一緒だと思っています。ただ、結果として出てくる写真はかなり違いがあると思っています。
これがなぜなんだろうと考えると、基底現実よりVRChatで写真を撮った方が物語性みたいなものがすごく強く現れるからだと考えています。
ワールドにあるものはすべて誰かがそこに置こうと思って配置したものです。その場所にその物を置くのは理由があって置くわけですけど、基底現実では必ずしもそうとは限らない。
たとえば、人が立って去っていってその場に残された椅子だったり、道端に転がっている小石は人がそこに置こうと思って置いたものではない。
だからこそ、基底現実で写真を撮影するとそういったものが一切なくてなにか生々しさのようなものが現れてくる。一方で、VRChatのワールドの場合は人がつくったものの中で写真を撮るから物語性が生まれる。
このように撮る行為の理由だったりには差異はないと思いますが、撮った結果には物語性と生々しさというような差異があると思っています。
rocksuch 写真の存在理由という視点では同じように記憶に残すという意味は変わらないと思うのですが、VRChatは撮る対象である世界そのものをつくれるというのもありますし、ほかの人のつくった世界に入って好きなアバターで写真を撮れるというように自由度が高い。
ほかの人の概念と自分の概念をかけ合わせたりとか、そういう風な自由度があるのが、基底現実と違うところなのかなと思います。
- 理由は同じで撮ったものに違いが出てくる、なるほど。
確かに基底現実では予期せぬものが映ることは往々にしてあり得ますよね。それがいい時もありますし、コントロールしきれないという視点もある。それに対してVRChatのワールドはすべてがなんらかの意図で構成されたものなので、解釈が必要になる。その時に物語性のようなものが生まれてくるのでしょうか。
rocksuch 写真を撮る時にワールドのことを解釈しようと思ったのは最近のことですけどね。それまではこれだと思った光景を撮っていたのですが、柚葉さんの写真についての話を聞いていくうちに、写真に色々な表現を込めることができるということが分かってきたので、最近は解釈について頭を悩ませたりしていますね。
柚葉 人によって解釈のしようが色々あるのが面白いですよね。あるワールドに対して、そういう解釈したの面白いね、という話を最近よくしています。
rocksuch 解釈の仕方にも個性が出てくるのが面白いですよね。
写真を撮る人も増えてきましたし『Re:collection』で写真の話をすることも増えてきているので、より色々な解釈を聞けるようになってきました。やはりその背景には最初に話したようにVRChatに「写真」という概念が広まってきたことがあると思います。そして、この場所はその一助にもなっているのかなと思っています。
「スクリーンショット」から「写真」へ
- 最初に『Re:collection』をつくるきっかけの話をしていた時にも「写真」という文化の誕生に触れていましたね。私の記憶だと2018年くらいのVRChatでは「写真」ではなく「スクリーンショット」という認識の方が大きかったと思います。それがいつからか「写真」という認識になってきた。このふたつにはどのような違いがあるのでしょうか?
柚葉 自分の中では撮る過程も含めてはじめて「写真」になると思っています。
それが何かというと、基底現実では、たとえば街を歩いていて写真を撮る際も、何かを感じていいなと思って写真を撮ったりすると思うんですけど、そういった撮る際の何かの思いが強く表れるのが写真で、スクリーンショットは単純に切り取ったものというのが自分の中でのイメージですね。
何かを見て考えたこと・思ったことが閉じ込められたのが「写真」、単純に記録するのが「スクリーンショット」と自分は考えています。
- なるほど。
「スクリーンショット」から「写真」に変わっていったことで、VRChatのコミュニティにも変化はあったのでしょうか。
rocksuch そもそも写真勢というコミュニティやバーチャルフォトグラファーと名乗る人が登場したのは大きな変化だと思います。それは色々な人が「写真」について深く考えて、「表現」について考えるようになってきたからだと思います。これこそ文化が形成されつつあるということだと感じていますね。
- それまでは記録とか資料的なものはあったとしても表現としての写真はなかったのでしょうか?
rocksuch 少なくとも私は考えていなかったですね。昔はワールド紹介をしていたので、そのための写真を撮ったり、自撮りや集合写真は撮っていましたが、表現というところまでは全然考えが及んでいませんでした。
表現としての写真を考えるようになったのは、やはりVirtualLensやVRCLensが登場してからですね。
- なるほど。VirtualLensやVRCLensの登場により表現の自由度が上がり、写真を撮る時に考えたことや思ったことを表現できるようになり、「スクリーンショット」から「写真」へ変化していった。基底現実の写真においてもハードウェアの進化で表現できる幅が広がり、そこから多くの試行が生まれ、文化が形成されていったのだと思いますし、共時的な変化のように思えて興味深いです。
その結果として、VRChat内に写真という文化ができた、『Re:collection』というワールドができたこともそうですし、やはりそれはバーチャル空間で人が生きているから、ということに関連した大きな変化のような気がしますね。
rocksuch 人間が文化を残すというのは生きた証を残す行為だから、ということも考えられそうですね。
- それがバーチャル空間でも発現しているのがすごいですよね。
仮想の現実ではなくて、本当に人が生きる現実として存在しているんだなと感じます。
柚葉 アバターを改変したり着飾るという行為も最終的には表現に繋がるものですよね。
写真も表現の行為なので、似通っているという意味では自然と行き着く場所なのかなとも思いますね。
rocksuch 人間がたどってきた道のりを同じようにたどっているという、人類史の話になりそうです(笑)
創作の連鎖としてのコミュニティ
- VRChat内での「写真」の誕生の話はすごく興味深いです。ここからのVRChatの写真文化はどう発展していくと思いますか?
rocksuch 今後どう写真が発展していくのは分からないですね。
柚葉 最近VRChatのフォトグラファーさんたちと話していることなんですけど、これまでは構図の話がメインで、今は表現についてより深く考えていこうというフェーズに入ってきている気がします。このように段階的に写真のことをみんなで学ぶ動きがあると思います。
自分自身はこれまで他のフォトグラファーさんがあまり語ってこなかった、写真を撮るにあたって何を考えて何を表現したのかというところを積極的に発信して残す場をつくっていきたいと思って、最近ではワールド探訪の記事を書いたり、ラジオをやったりもしていますね。
- なるほど。私の印象では、VRChatの写真で構図の話を聞くことはあっても、いわゆる現像をしている方はそんなにまだいないと感じています。
rocksuch さっき言ったようにVRChat内で「写真」が意識されはじめてからは構図の話が基礎で、 そこから今は表現について考えるフェーズになってきている気がします。今後は表現の上で必要になる現像のことを考えるフェーズが来ると思います。
- 面白いですね。
コミュニティの中で話し合って、構図をみんなで学んで、その後に表現を学んで、そこからどんどん写真の研究を進めているんですよね。やはりさきほど話にあったように写真の進化の歴史がたどってきた道筋をすごいスピードで圧縮して進んでいるように感じます。
柚葉 確かにそうかもしれません。そのひとつの要因として『Re:collection』ができてフォトグラファーさん同士が出会うようになってきたこともあると思います。
たとえば、最近はみんなでこのワールドにいって、この場所を撮りましょうという会をやっているのですが、そうすると同じ場所なのにみんな違う視点から撮っていて、まったく違う写真になるんです。そこから、その違いはなんで出てくるんだろうみたいな話をして、写真を研究していますね。
- 創作に対するすごくピュアな欲求を、みなさんが持っていますよね。普通に生きていてもなかなかそういう欲求は生まれないと思うのですが、どうしてVRChatではこういうことが起きるのでしょうか?
柚葉 確かに普通、表現しようという考え自体が出てこないですよね。
rocksuch VRChatにはクリエイターが多いから自然なように感じますが、不思議ですよね。
- VRChatをはじめると多くの人がクリエイターになっていくという謎の魔法がかかる。
rocksuch 私もVRChatをはじめてから色々な人に影響を受けてきたんですよね。
ただ、自分はモデリングもできないし、音楽をつくっているわけでもない。そういう創作を一切やってこなかった人間なので、唯一なにかを表現するとすれば私は写真しかない。そういう経緯で写真を撮影していますね。
柚葉 VRChatはなんでもつくれちゃいますからね。レゴブロックを渡されたらとりあえず何かつくりたくなっちゃうような、あの魔性の魅力に近いです。
rocksuch ワールドやアバターをつくっている人が目の前にいるから、刺激を受け続けるんですよね。ただ、同じように初心者の人もいる。だからこそ、創作をはじめてみようと思えるハードルが低いのかもしれません。
- 動機がいっぱいあって、創作をはじめるには理想の環境が揃っているということですね。
rocksuch VRChatに来てから創作をはじめた人も多いと思います。
- そうして多くの作品が生まれていくのは素晴らしいことですよね。
バーチャルフォトグラフィが世界の魅力を伝える
- そのような写真、いわゆるバーチャルフォトグラフィというものが、しっかりと価値を持つ日が来るんでしょうか?
rocksuch 価値を持つ日は来ると思っていますし、そもそも現在でも感情が動かされたりすることがある時点で価値あるものだと思っています。それがどんどん広がっていけば、より多くの人に影響を与えられるようになり、価値も大きくなっていくのではないかなと思います。
そういう未来がくればすごく嬉しいなと思っています。
柚葉 私が写真を撮っている主目的があって、それは「推し活」と呼んでいます。みんなに「VRChatにはこんないいワールドたくさんあるんだぞ!」というのを最大限に伝えたくて写真を撮っているんです。
私は、誰かがつくったものがその人の中で完結してしまうのはよくないことだと思っていて、自分以外の人に見せて、その人がそれを見て何かを考えたり感情が動いたりすることが、ものがつくることの意義だと思っています。
なので「このワールドはすごいのに誰も知らない」という状態はすごく哀しいことだと思うんです。ワールドをつくる人って「そういうものをつくりたいからつくった」「自分の中の理想をつくった」ということが多いと思うのですが、だからこそ、そういう想いは広めていかないといけないと思ってます。
要するに、いいものはみんなに伝わるべきなんですよ。
なので、自分が「このワールドいい」と思ったら、まずは自分で最大限ワールドを楽しんで、自分が感じる魅力を認識して、その結果として出力されたものが「写真」なんです。そして、それをTwitterとかに流して「みんな見てくれ!」という想いでやっていますね。
- 今日は長い時間ありがとうございました。写真の話から人類の文化形成の話からすごく幅広いお話が聞けました。
最後に、今後はVRChatでどういう活動をされていくのかお聞きできれば。
rocksuch 自分は写真を撮る人間と同時にイベンターでもあるので、それを組み合わせて色々やっていきたいですね。それをVRChat以外の人に見てもらったり、やりたいことは無限にありますね。
柚葉 私はさきほど言った「推し活」をどんどん進めていきたいと思っています。今は写真という媒体がメインですが、記事だったりラジオだったり、色々なかたちに挑戦していきたいと思っています。
『Re:collection』を訪れると展示されている写真表現の幅広さに驚かされる。その背景にはVirtualLensやVRCLensなどの登場によって、ソーシャルVRで「写真」という文化が生まれたことに起因するという。そして、その文化は生活があるからこそ生まれるものである。それは「chloma Virtual Store in GHOSTCLUB」のインタビューでコミュニティや生活の重要性が語られたことと共通する。
インタビュー中はお二人が「写真」や「表現」について深く思考しながら慎重に言葉にしていた様子が印象に残っている。
既定現実ではもはや当たり前の「写真」。そうした存在がソーシャルVR上で改めて誕生したことによって、既定現実においても、ソーシャルVRにおいても「写真」がどのような存在なのかを改めて考えることになる不思議な時間であった。このインタビューを読んで興味を持った方は、まず下記URLから『Re:collection』を訪れてみて、そこで感じたこと・思ったことを写真にしてみてはいかがだろうか。
取材に協力していただいたrocksuchさん、柚葉さん、お時間いただきありがとうございました。また、『Re:collection』に展示されている素晴らしい写真を撮影しているバーチャルフォトグラファーの方々にも感謝申し上げます。
監修・インタビュー・編集・写真撮影:タカオミ、FUKUKOZY