Re:collectionについて
はじめまして。
VRChatを中心に色々と活動している柚葉です。
この記事は「Re:collection」というRocksuchさんから依頼をいただき制作した写真館のワールドについて、作者の柚葉がつらつらと書き綴る記事になります。
技術面の解説とは異なり、設計意図など概念面への補足と解説がメインとなるので、この記事を読んで興味が湧いた方は是非実際にワールドへ足を運んでみて、感じてくれればと思います。
設計のはじまり
Re:collectionはワールドのワンオフ募集をTwitterでかけた際にRocksuchさんからお声がけをいただいたのが全ての始まりでした。
最初から今の形態があったわけではなく、観覧動線や写真の展示位置等を大まかに示したダイアグラムから始まり、徐々に解像度を上げるようなイメージで打ち合わせを行い、今の形態が生まれました。( 画像は実際に打ち合わせで使用された画像から一部文字等を省略しています。 )
写真を展示するということ
コンセプトを解説するにあたり、まず写真を展示する行為についてのお話です。これは最初から明確に概念として持っていた部分と、作り上げていく中で生まれた概念まで色々とあったりします。
私が持つ写真の概念とは、その時々の時間や感情をフレームとして切り取る表現行為で、一度過ぎた時は二度と再来することがなく、だからこそその記憶を大切に保存するための手段だと考えています。勿論その場で生み出された物語をもとに写真を撮る行為も包容された概念であると考えています。
要するに写真とは表現の手段で、これを展示するということはパブリックに表現を共有すると共に感情の波紋を投ずることだと私は思っているわけです。
写真を撮った際のバックグラウンド、その場で何を考え、何を見つけた事でその写真が生まれたのかを話す行為は単に構図の話をするよりもずっと楽しく豊かだなと私は感じていて、そこに写真の楽しさがあるのではないかと思っています。( ここでは深く書きませんが、構図とは音楽で言う五線譜のようなものだと私は考えていて、そこに空間の魅力や考えたことを詰め込む事で普段私は写真を撮っています。 )
Re:collectionという名前もここから来ていて、これは想起する・回想するの意味をもつRecollectionのReをメールの返信時に接頭語として付与されるRe:に置き換えた造語です。
写真の概念、その瞬間の記憶が蓄積された空間にその身を置き、展示された写真と向き合うことで生まれた感情、言葉を返事として過去と現在、自身と他者を交差させる場となるようにとの思いから名付けられました。( 実際お披露目会では一枚一枚の写真を見ながら、参加していただいた人たちがクロストークを重ねていたり、あるフォトグラファーさんに対して海外の方があなたの展示はとてもよかったので今度撮影に同行したい!と直接感情をぶつけていたりと、控えめに言って最高でした。 )
またCollection - 収蔵とのダブルミーニングにもなっている点が大きいです。
展示空間を作り上げるにあたり、この写真概念を軸として様々な表現が生まれました。
塔と積層
A, B, C .... と様々な形態ダイアグラムをRocksuchさんにお話した際に、ギャラリーというよりライブラリー、情報の保管、蓄積みたいなイメージ、という言葉が帰ってきました。このイメージは薄ぼんやりとした曖昧な空間イメージを決定付ける概念となりました。
記憶を積み重ねるように、塔として空間が積層していく写真館を作ろうと明確な方針が固まったのもこの段階です。( 増設が容易だと嬉しいといった要望もあったため、ドンピシャでこの形だと確信したりもしていました。 )
規模のバランスも見ながら一層当たりの区割りを8分割と仮定して、層を積み重ねていきます。
回遊性をもたせるため中央にヴォイドを設け、生まれたヴォイドをひとの集まる場所として、また空間の象徴として。1層毎に階段室として休憩スペースを設ける事で情報の波に対する休憩スペースを作りました。ディティール部分を除けばこの段階で今の形状は大まかに出来上がっていたと思います。
動線を考える上で、回遊性のある建物を設計する場合は人間の行動原理から考え、左回りで動線を設定するといいかと思います。( これを左回りの法則といい、人は自然と反時計回りに行動してしまう説から来ています。 )
今回の写真館も、左回りでの移動を前提に写真を並べ替え、配置しています。勿論右回りで観覧しても特に問題はありません。 階段の向きを左ではなく右周りに設定しているのは、階層の動線を極力長くとることで、連続して写真を見る際のクールタイムを長くとることが目的です。( 実際お披露目会の際は一気に全写真を観覧したのですが、視界の動きが僅かとはいえ少しでも長くなり正解だったなと思いました。 )
建物全体が海に沈んでいますが、これは水中という水に閉じられた空間の中で海という概念に一体として溶け混ざるイメージから生まれた情景になります。元々は中央のヴォイドに対して、湖を設ける目的で水面を生成していたのですが、生物の故郷である母なる海に溶け混ざるノスタルジックな情景が浮かび、建物全体を沈めてみたところぴんときたのでRocksuchさんに提案したのがもとです。
空間の連続性と断続性
Re:collectionはドーナツ状の空間を8分割し、各ボリュームに差を与えた形状をしています。
これには様々な理由があり、まずは各部屋毎に差を設ける事で全体の統一感を残しながらも空間を区切る表層的な意味があります。部屋を通過する際に、壁の進退なく一つの面として空間が続くと、統一感は非常に強調されますが、代わりに部屋ごとの展示空間が分節されているようには感じ辛く、均質的な展示空間が延々と続くことになります。
次に展示空間と中央ヴォイド、内と外を曖昧に接続する準概念的な意味があります。これは通常閉塞的になってしまう展示空間を精神的に開放するといった意味があります。円状の空間に対して、内に接続することで間接的に対面の展示空間ともある種の繋がりを生み、表面的には空間が分離していたとしても、概念的には全体を一つとするネットワーク上の繋がりを生むことになります。
また、展示空間から内ではなく、内から展示空間を見た際。或いは展示空間から内を通して対面の展示空間を見た際の象徴性といった意味も内包しています。全体を凹凸のない一面とした場合、各展示空間の独立した存在感が薄れるため、部屋ごとに凹凸をつける事で部屋がある種のフレームとして作用し、各展示室がサムネイルのような機能を果たします。
操作としては単純ですが、単純な操作一つでも空間に複数の意味をもたせることができるため、今後ワールドを作りたいという方は無理に奇抜な形を作ろうとせずとも、このように単純な操作を少しくわえただけでも空間は豊かにできると知ってもらえると嬉しいなと思います。( これは建築的なアプローチから生まれる空間のため、VR特有のアプローチを組み合わせるとよりよいバーチャル空間作りができるかと思います。 )
展示空間とディティール
展示空間を作成する上で、重要な要素は色々とありますが、中でも展示物のノイズとならないようにしながらもより良い空間性を生み出すバランス感が大切だと思います。
究極的な話をすれば、展示物のノイズにならない展示空間を作るとするなら四角い真っ白なボリュームの中に展示物を置くだけで完結してしまいますが、それだとつまらないですよね。 それにより良い展示空間は展示物に込められた思いを増幅する装置にもなり得ます。
床、天井と壁部分の接点で段差を作っていて、こうする事で閉塞感を減らしながら空間の広がりを生んでいます。壁と天井をそのままくっつけてしまうと、空間のエッジが強調されるためそこで行き止まり、といった閉塞感が強まるのですが、そこに段差を設ける事でエッジをぼかし、浮いた印象をもたせることができます。また躯体と展示用の内壁でマテリアルを自然に分節するための干渉地点としての効果もあります。
増設性とデザインの兼ね合いで、躯体と内壁の二種類のみにマテリアルを振り分けているのですが、展示物へのノイズを減らすために内壁部分のマテリアルは極力模様の目立たないマテリアルを作成しています。石材の模様がくっきりと見えるマテリアルと模様の目立たないマテリアルをそのまま衝突させてしまうと、見栄えが悪くなるため、溝を角に設けることで緩衝材としての効果をもたらしています。
今回のようにシンプルな造形で、中央に向かって開かれたコノ字型の空間だと、下手に照明をつけると照明自体が展示物へのノイズになりかねません。
そこで天井と壁の間に設けた溝を拡張してそこに照明を設けることで照明の効果を果たしながらも空間自体のノイズとならないようにしました。照明をどのくらい現実に寄せるか悩ましかったのですが、空間性とノイズの天秤を取りながらこのような方式を取ることである程度は現実に寄せた形で落ち着かせています。
開口部は階段室を除いて全室中央にのみ開かれた形状を取っています。これもまた展示側に開口を設けるとノイズになるといった点からですが、内側に対して全面を開口としているのは空間の連続性と断続性で述べた三点が主な理由になります。二部屋だけ開口部を手すりガラスのみとしていますが、これもまた同じ理由になります。 ( あとVRだと結構飛び降りてショートカットする人もいるのかなぁって点もあったりします。 ) 一層目には中間となる部屋のガラスを全て取り払っていますが、これも開口のバランスだったり色々とありますが、途中から入ったり出たりする人用といった面が大きいです。 各層の構成として展示スペースの中でも大きくとられた空間は展示室兼休憩スペースといった役割も持っています。
写真の位置とキュレーション
今回最も悩んだ点になります。
今回写真館を制作するに当たり、撮影者の展示順に指定はあっても、写真の展示順については特に指定もなかったので、こちらで並べ替えのキュレーションを行いました。
各展示室に展示される写真は五枚で、縦写真と横写真が人それぞれで勿論異なるので、一枚一枚の写真をよく観察しながら全体の色味・被写体の位置・縦横比・象徴性といった四点で写真を振り分け、並べ替えることで五枚を一列に並べた際に違和感がでないように、また写真が持つ力を互いに増幅させ合うように考えながら配置をしています。
例えばシンメトリックな構図で象徴性の高い写真を中央に、左右にはそれぞれ外側に被写体が配置された写真を並べることで中央の写真はより象徴性が、外側の写真はそれぞれの被写体に対してより自然と目が向くように、といったような形です。勿論必ず全ての写真が象徴性を持った一枚の写真と左右それぞれ二枚ずつの寄り構図でまとめられているわけではないので、その都度色味との兼ね合いや縦横比の兼ね合いで全体としてのバランスを見た配置に入れ替えています。
写真を展示しているワールドは勿論ここだけでなくたくさんあるわけですが、そのあたりが考慮されていない場合が多く、折角の写真が泣いているように感じることが多かったこと。また自身が展示してもらう写真家側だと仮定した際に、展示してもらうならちゃんと考えられた配置で展示してもらいたいなと考えるだろうといった面が大きかったためです。
写真大きさと高さについては、私が京狐さん使いな面もあり、京狐さんの目線より少し上に来る程度の高さに設定していたのですが、制作を進めていく内に京狐さんの身長が他のアバターと比べても低めなことを思い出したので、もう少し上に来るよう調整しています。勿論VRChatは様々なサイズのアバターがあるため、明確にこの高さが基準ですといった高さは言えませんが、あまりそこに囚われすぎても作業が成り行かないため、だいたい平均目線ラインはこの辺だろうといった位置で調整しています。( 実際お披露目会の際に今の設定レベルでいい感じだったのでひとまずよしとしています。 )
縦構図写真について、明確な理由はわからないのですが、現実だと展示写真に近づいた際写真が足元に近いと足が簡単にあたってしまう、また印刷解像度や印刷サイズの影響と目線ラインの兼ね合いである程度高い位置に配置されやすいイメージが有るのですが、VRの場合足が当たるといった物理的な面は気にしなくていいこと、また現実と比べ写真を見上げた際上端のパースが効きすぎる ( イメージがある ) ため、縦構図写真については極力地面に近い位置まで下げて配置しています。
各写真の大きさについても、写真を見た際の没入感を大切にするため、かなり大きめなサイズで設定しています。基底現実と比べ制約がそこまで多くないことが利点であるため、そこを活かした形になります。
またフレームについては、写真とより純粋に向き合うことを考えた場合、フレームが付くことで外部からの意図がそこに流入するため、写真のノイズになると考え厚みをもたせる以外には処理を施さず、素のままで展示をしています。
一枚一枚の写真を対峙し、対話する。そのために必要なサイズ、位置感はどこがいいだろうと試行錯誤した結果が今の高さ・大きさと距離感になっています。( 写真に紛れ込むMANEさんの写真 )
また写真と向き合うことを考えた際、展示写真にアバターが重なった際にネームプレートを写真で上書きするような形を実装できれば見ている側からは実感ができなくとも、同行者或いは他の観覧者から見た時に写真と一体化するような、写真に入り込むような表現ができるのではないかと試行錯誤した結果、半分くらい偶然の産物にはなりますが実装できました。 ( カメラで撮影する場合ネームプレートは表示されないため、気になる方は是非ワールドに足を運んで体験してください。 )
自身が実感できずとも、他者のネームプレートが隠れるところを見て気付くことで、写真とより近しくなるような、意識的にも無意識的にも、写真と近づき向き合えるような場を作りたかったのかもしれません。
後日談的な追記(2021/08/09)
いざ正式オープンを迎えて、いろんな人がRe:Collectionへ遊びに来てくださっているのを見ていた中、まさに私が願っていた、「写真を見るだけでなくその写真に対する解釈を持った上で行為として写真に触れてくれたり動作を行ってくれる」人が沢山居らっしゃって、本当に " 最高 " でした。( 写真は焚き火にあたるゆいぴさん )
まとめ
写真と観覧者をつなぎ、写真を介して観覧者同士をつなぐ空間を目指してRe:collectionを制作しました。このプロジェクトは多くの写真家さんをつなぎ、また観覧者さんがVRChatで写真を撮るということにより興味を示してもらえたらなとの思いで携わらせてもらったプロジェクトでした。もし記事を読んで興味が湧いた方は是非Re:collectionへ。またよければ仮想現実で写真を撮ることについて、興味を示してもらえたら私にとって何よりも励みになります。
以上になります。読んでいただきありがとうございました。
柚葉