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14才の瞬間は1400マイルの彼方

90年代には印象的なものがいくつかあって、それは僕がまだ小学生だったからということもあるだろうけど、現在まで僕の趣味や感性に大きく影響している。
そのひとつが96年にリリースされたHolly Palmerのファーストアルバム"Holly Palmer"だ。ライトブラウンのブーツが印象的なジャケットは地味だがきっと素敵なものなんだろうと予感させる静かな存在感を放っていた。内容もジャケットのセンスに違わず、ジャジーでほどよい緩急のついた多彩な楽曲、それをグルーヴィーに乗りこなしていくHollyの歌唱はそれまで聞いたことのない自由さを携えていた。声量や音域で圧倒するのではなく時に語りかけるように時にふざけるようにまた時に囁くようにと、歌というより息そのものを聞かせてくる彼女の歌声の虜になった。
とくにお気に入りは5曲目と9曲目。#5 "Lickerish Man"はスリリングな展開と怪しげな雰囲気にコブシが効いたヴォーカルが乗ることで最後までグルーヴが絶えず襲ってくる。#9 "Fourteen Year Old Moment"は一見パーティーソング的な楽しさを感じるが、記事タイトルに借用した歌詞が言うようにもはや二度と戻れない10代の瞬間とフツーのオトナの幸せを対比させて強烈に皮肉ってみせる。実際に僕がこのアルバムをよく聞いていたのは中学生頃なので、まさに14才の瞬間に、何気なく過ごしている君のその日常はいつの間にか彼方に消えるのだと、ガツンとやられたのだ。
ようやく英語が少し分かるようになって辞書を使いながら歌詞を訳していったときの興奮を今でも思い出すことができる。

僕が洋楽中心に音楽を聴くようになったのは母の影響で、Hollyのアルバムも母のコレクションから拝借して聞いていた。あのとき母のCDラックは宝箱のようで、次から次へと新しい音楽に出会うことができた。
今や物理的に探すことなくストリーミングで日々新しい音楽に出会えるのだが、あの宝探しの体験とは全く別様のものに感じる。音楽を含む、あらゆる情報に無制限にアクセスできるということは必ずしも良質な体験を約束するわけではない。小さな宝箱から砂つぶのような一曲を拾い出し良いのかどうなのか吟味しながら何回も聴くという体験はもはや1400マイル彼方だ。

今回紹介したような、いわゆる名盤に挙げられるわけでもなく大ヒットしたわけでもないが、個人的な体験に紐付いてこれに代わるものがない、という作品がいくつかある。
今後も気が向いたら紹介していきたいと思う。

母とHollyに感謝を表して。




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