炎の日
炎が猛る。黒い中華鍋の底を炎が舐める。炎の情熱はその向こう側の食材どもの身を熱く焦がし、中華鍋を握るものはそれを望んでいる。
「臭い。とても耐えられない。とても」
「バカ、耐えろよ。死にたくなきゃ」
炎が猛る。中華鍋を握るものは、縦に四つに割れたまなざしのない顔を、中華鍋の上で踊る食材に近づけ、匂いの具合を確かめる。そしてそれが喉の奥からやや粘着質なうなり声を絞り出したかと思うと、それの頭部が真っ二つに割れ、まだ熱の残る中華鍋に、割れ目から飛び出した歯のない捕食器官を無造作に突っ込んで食材を貪り始めた。
その様子を遠目から眺めるものがふたり。いっぽうは細長く、もう一方は太く短い。
「クソ。あいつのあれにも慣れねえ。味見で8割減ったらもう味見じゃないだろ」
「じゃあ、お前はああなりてえのか」
愚痴をこぼす細長いほうに、太く短いほうが自らのその太く短い指で壁のある一面をさししめして見せた。
指の先の壁には粘菌を巨大化したようなものがへばりついており、じくじくと僅かに表面が蠢いている。何より不快なのは、その先端が部屋全体を覆いつくさんと徐々に拡がり始めていることであり、さらに不愉快なことに、このふたりは中華椅子に手足を縛り付けられ身動きの取れない状態であった。
「旨い酒があるってここに連れてきたのはあんただ」
「ここが二等悪魔たちのセックスの専門店だって、どうやって中華料理屋の外観から見抜くんだよ」
炎が猛る。中華鍋を握るものがぶるぶると震えながら捕食器官から中華鍋に分泌液を垂らす。貪られ残り少ない食材はその液に完全に浸り、銅色の輝きを放ち始める。
ふたりの肌が粟立つ。細長いほうがえずいたが、何とか耐えた。
「こんな形で男になるなんて信じられないな」
「なんとかなるさ。なんとか。なんとかな……」
炎が猛る。今宵は長く燃えるような最悪の夜になるだろう……
【つづく】
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