VRChatが怖いマネージャーと承認欲の話
「俺、正直怖いと思うんだよね」
男梅サワーで顔を赤くするマネージャー兼SPのカイオウがそう言う。
「だからさ、お前が寂しさや人恋しさばかりをあそこで埋めようとしてないか、心配なのよ」
マネージャーは僕のVRでの音楽活動を全面サポートする約束を交わしてくれた一蓮托生の仲間である。
だが、彼はVRSNSとは壁一枚を隔てた距離をとることを徹底している。
「始めからそのつもりだったし、実際あの世界に触れてなお、俺はその必要性を感じたかな」
パソコンもゴーグルもない部屋で、バ美肉じゃないおじさんが2人、学生ノリの徹夜を始めていた。
「ハードルの低さが怖いんだよ」
VRCでは人と会うために使うコストが極めて低い。
一度ゲームを起動すれば、本人にその気さえあれば、小一時間で複数のコミュニティを渡り歩くことも、新たな出会いを求めてpublicインスタンスや集会イベントで友達を作ることが出来る。
これは僕がVRCに来て感動した要素の一つであり、現実に置き換えれば、
放課後に、
クラスメイトのA君の家に遊びに行って、
ひと段落ついたら、部活仲間のB君の家に、
続いてライブハウスに行ってテンションをぶち上げ、
最後はガールフレンドのCさんと星空の下デートをする…
なんて密度の高いスケジュールを、ものの2、3時間でこなすことが出来る。
基本的に現実では一回のお出かけで触れられるコミュニティは一つであることを考えると、
これが如何に一個人の感覚に革新的なものをもたらすかは想像に難くない。
僕もVRCに入っては、インスタンス(部屋)を立てて人を待つ。
そうすると、多様なコミュニティからフレンドさんが遊びに来てくれる。
もはや待っているだけで、「人と会う」事が成立してしまうのである。
マネージャーの恐れのポイントの一つはそこにある。
「『簡単に人に会えてしまう』ってことはさ、人恋しさや寂しさをそれで埋めようとする人は少なくないだろ?」
確かに、限りなく少ないコストで人恋しさや承認欲求が埋められてしまうとしたら、
その手の感情を、
「とりあえず無目的にVRChatにログインする事で解決しようとする人」
はそれなりの数がいるかも知れない。
「確かに…満たそうと思えばVRCで満たせてしまうんだよね」
そう呟いた僕に、もはや80%男梅になってるマネージャーが「そうそう!」と人差し指を向ける。
僕はVRCで音楽活動をしている。
ありがたい事に多くの人に自分の曲を聴いていただけて、ライブを行えば50人を超える方が見に来てくださる。
そうして活動を続けていると、
こんな自分を「推し」と言ってくださる方や「ファン」を自称する方も増えてきた。
それだけでなく、僕は音楽仲間やパフォーマー仲間にも多く恵まれ始めてきた。
そういった方達に囲まれながら過ごす日々は多くの充実感と幸福感を与えてくれる。
「アナタの曲を繰り返し聴いています!」
「この曲が特に好きです!」
「アナタの歌声には心を打つものがあります!」
「ライブも本当に素敵で…!」
どれも本当にありがたい言葉で、
一言たりとも「当たり前と思ってはいけない」宝物の様な言葉だ。
だけど、それだけ自分を幸福感で満たす言葉だからこそ、それだけで満足してしまえそうな自分に気づいた時、僕はこの上ない恐怖を覚えた。
自分の目的はアーティスト活動であり、
その先でまだ見ぬ、VRで幸せに生きられる可能性のある人にこの世界の存在を伝える事である。
信頼できる、愛すべき友人達に満たされる様な言葉を掛けてもらうのは、
間違いなく幸せなことなのだが、それは僕の『目的』ではない。
「…そうだろ?」
マネージャーは静かにそう返事した。
「だから、俺は怖いんだよね。あの世界はそのスパイラルに簡単に落ちるだろ?」
反論の余地などなかった。
仮に僕がアーティスト活動に対する承認の言葉を目的に動いてしまえば、
永遠に僕は自分の立てたインスタンスにこもり、
時折優しいフレンドさんからいただける励ましや賞賛の言葉をただ待つだけになるだろう、
そういう時間を全否定するわけではない。
だが、自分の本当の目的を今一度思い直すと、あまり徒な時間の使い方をしている暇はそうないはずなのである。
作曲もギターも歌も、まだ手をつけてないDTMや動画編集も…
「無理のない範囲で」というワンクッションを置いたとしても、やるべき事は無限にある。
人と交流する事で偶発的に得られる多幸感を待ちながら時間を過ごす事が、「浪費」であると、
自分を戒めるべきことも必要になると、文字通りに痛感した。
そしてこれはきっと僕だけの話でもない。
イベントキャスト、クリエイター、アーティスト、パフォーマー…
たくさんの形で多くの人がこのVRの世界で自己表現をしている。
もしこれを読んでいる方にそういう活動をされる方がいたら一度考えてみてほしい。
「自分の目的はなんなんだろう」と
「いや、ちやほやされることなんだが…?」
と、澱みなく言えるなら、
これは完全に僕のお節介になる、一発くらい顔面殴ってもいいよ。
だけど、
「技術の研鑽」
「イベントの成功と拡大」
「メタバースで前人未到の偉業を為す」
「人を助けたい」
その様な類いの意思が目的に含まれているのなら…
徒に時間は使えない。
『無目的にVRCに入って、承認欲ガチャを回してる場合じゃないのだ』
「ま、難しいよな」
マネージャーは黙り込んだ僕にそう声をかける。
そう、このVRChat、もっといえばメタバースの世界は可能性に満ちている。
現実では上手く生きられない人でも、
ここでは幸福や自己実現を為せる可能性がある。
僕の核心と、それを広げんとするアーティスト活動の目的は今でも揺るいでいない。
だが、どんなものにもメリット、デメリットの両側面がある。
自分が希望を抱き、押し広げようとする世界が持つ、負の側面。
それも受け入れ、理解した上で、この先を進まねばならない。
それが自分の責任であると、深く戒めた夜になった。
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マネージャーの顔が紫色になり、船を漕ぎ始めた。
時間を見れば、午前5時。
「VRCに入ってる時より夜更かししとるじゃないか…」
短いため息をついて、
「作戦会議」という名の徹夜飲みはお開きになった。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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