続・コミュ障アラサー男、クラブで働く
「あー!てんていさんまた鏡の前で1人になってる!」
よくフレンドにそうからかわれる。
でも、そうしてる方が気が楽なのである。
3人以上の会話は苦手だ。
会話という船の舵を自ら進んで取る行為が全くもって出来ない。
会話という大縄跳びでタイミング良く縄に入っていくための一歩を常に逃し続けている。
会話の得意な者が喋れば喋る度、劣等感が刺激されて惨めな気分になる。
「こみゅにけーしょん」というやつはいつだって僕を試して傷つけてくるメンヘラのような奴だ。
それなのに、それなのに、いや、そうであったとしても、
「いらっしゃいませ〜!てん子って言いますっ!」
僕はクラブで働くのである。
「てんちゃんお疲れ様〜」
オーナーや同僚のスタッフさんとの挨拶も程々に、僕は鏡の前という聖域に立つ。
待機時間のスタッフの過ごし方は勿論それぞれだが、全体的に和気藹々した様子である。
接客の打ち合わせをしたり、世間話をしたり、キャリブレーションの調整をしたり、撫で合ったりしてる人達なんかもいる。
僕はと言えば、誰とも会話を交わさず、会話の前で深呼吸をし、ストレッチをする。
そして、「大丈夫、お前ならやれるぞ」と心の中で唱え、自分の抱える緊張と向き合い解すことに集中している。
……というのは建前で、ホントは皆んなとお喋りがしたいのだが、それが出来ないので致し方なく意識の高い体を装えることを気合を込めた惰性でやっている。
ここは、Club Sara's Buddy
ひょんなことから僕はここのキャストとして働くことになった。
(その経緯は前回の記事で読めます)
(あ"ぁ"…ライブより緊張する…)
いつもの如く襲いくる胃痛にうなだれている僕の元へ2人の美少女がやって来た。
「てん子ちゃん、よろしくね!」
「てんちゃん、頑張ろうね!」
今日、一緒の席を担当するちゅーべろーずさんとLABOさんだ。
オーナーのサラさんは組み合わせによって起こる化学反応に期待してチームを決めているらしい。
そう、この3人の組み合わせには確かな理由があるのだ。
「最近VRはどうなの?」
ラーメン屋で豚骨ラーメンをすする友達が聞いてくる。
彼はVR機器は持たないものの、VRCの文化に関心は持ってくれてるようだ。
「最近ね。うーん、ライブとか……あとはクラブとか?」
「クラブの、なに?」
「キャスト」
「……黒服のボディガードってこと?」
「え、違う。キャストの女の子として働いてるの」
僕は久々に「?」マークの洪水でエラーを起こした人の顔を見た。
(まぁ、そうなるよな)
僕は心の中でほくそ笑みながら替え玉を注文した。
「キャストって何やるの…? 授乳して足蹴にするの?」
偏ったVRChatの文化を伝え過ぎたせいで、彼は帰り道の駅前の人通りでとてつもないワードを口にしていた。
「そういうことはしないよ。普通におしゃべりするだけ」
「どんな?」
「ん?…うーん」
リアルで長い付き合いの彼にはあまり想像がつかないのだろう。根暗な僕がする接客というものが。
でも、この時の僕にはそれに返す確たるものがなかったのも事実だ。
再三言うが僕はコミュ障で、人と喋るのは不得手だ。
そんな自分がお客様に与えられる「特別」などあるのだろうか…
「最近、こっちの声も褒められるんだ!」
そういうちゅーべろーずさんは僕の耳元で所謂「イケボ」を聞かせてくる。
彼の地声はかなり中性的なので、男性的な声を作ると別人の様に聞こえる。
彼はその持ち味を活かし、声質を瞬時に切り替えて左右から囁き声で耳責めをするという特技を身につけていた。
サキュバス酒場でも勤務する彼の技に堕とされた人は数知れないらしいが、それはまた別の話。
「お前は俺だけを見てればいいんだよ…なんてねー♪」
よくもそんな恥ずかしい言葉がすぐ出てくるもんだと妙な感心を覚えつつ、僕は考えていた。
「それ、出来るかも知れない。ちゅーさん、聞いてくれない?」
実は僕は10代の頃から勉強そっちのけで女声を練習していた暗黒時代がある。
決して、「両声類」のような大それた肩書きは背負えないが、なんだかんだ練習し始めてから10年は経っているので、多少心得がある。
てん子として接客する時も、女声で話す自分の声にさらにボイスチェンジャーをあてることで女性らしさを出している。
ちゅーべろーずさんのように、地声の中で声色を使い分ける訳ではないため、地声と裏声を行ったり来たりする必要があるが、
理論上は可能というやつだ。
男声と女声を瞬時に切り替えて囁く…
思ったより違和感なく出来た…
あとはそれっぽいセリフを言う…
むしろ難しいのはこっちかも知れない…
「ねぇ、貴方はてん子と…」
「てんてい」
「どちらが」
「好きですか?」
そのように左右から声を切り替えながら囁いていく。
「……どう?」
ちゅーべろーずさんは深くため息をついた。
「あのさ…てんていさん」
…………
「…それすごい技だよ!サラさんに見せて見たら?」
「この3人の席は実質6人くらいになるんじゃないの?」
そう期待を込めて言ってくれるオーナーのサラさん。
「いえ、8から9人くらいには増やせそうな予感はします」
この「特技」に気づいてからそれを営業の中で磨くことで、僕とちゅーべろーずさんは1人3役まで出来る様になった。
そこに、同じく男声と女声と中性声の切り替えの出来るLABOさんが加わることで理論上9人の声色で接客が出来るチームの完成という訳だ。
「な、何人いるんだ??」
「の、脳がバグる…」
「これ、ヤバいかも…」
そんな声がお客様から上がっていった。
勿論、組んでくれた2人の力があってのものだが、
自分が関わったコミュニケーションによってお客様が満足して帰っていく様子は大きな自信になった。
(こんな僕にでも出来ることはあるんだなぁ…)
営業終了後のインスタンスで相変わらず鏡の前に立ちながら、
そんな最早安っぽくも聞こえる気づきを僕は感じていた。
「それぞれの持ち味を活かさんと」
僕が鏡の前に1人でいたり、輪の中に入れずあたふたしていたりすると豪快に笑ってくれるサラさんだが、
僕の記憶が間違いでなければ、
「キャストなんだから、そのコミュ障をどうにかしなよ」
と言われた事は一度もない。
新しい「特技」をお披露目した後、
彼はその僕の「個性」を磨く場を積極的に設けてくれた。
それはきっと彼の「それぞれの持ち味を活かす」という価値観に基づいた気遣いなのだろう。
何度だって言うが僕はコミュ障だ。
それはどれだけの壁を越えても残念ながらあまり変わらない。
会話は僕の「武器」じゃない。
でも、自分には「声の技術」という「武器」があった。
そして、それを活かして楽しく接客するということを覚え始めたのである。
「ねー?てんていさんはただの有名人枠と思われてるかも知れんけど、この子にはちゃんと技術があるんよ!」
忌憚なき言い方に「言ってくれるなぁこの人は」と思いながらも、
表現者として尊敬するオーナーのそんな言葉に言い知れぬ安堵を覚えていた。
クラブの一員として
クラブのキャストとして働く時は、全てを1人でやり抜く弾き語りのパフォーマンスとは違い、「自分は全体の中の一部」という意識が強くなる。
(※実際ライブを行うには他の方の支えなくしては絶対成り立ちませんが、この場合は弾き語りパフォーマンスそのものを指して言ってます。)
それだけに「僕はこのイベントに何か貢献出来ているのだろうか」という迷いや葛藤が生じやすい。
だけど、何度も壁にぶつかり、少しずつ自分を活かす術を見つけ出すことで、僕はここに居場所を見出せるようになってきた。
だから、ホントはもっとキャストの皆んなとも仲良くしたいのだか、どうもそこはしっかりはっきりコミュ障だ。
いつも鏡に向かって1人で集中して呼吸を整えているようで、誰かに話しかけられるのを待っているので、気兼ねなく「てんちゃん」と声を掛けてほしいと切に願っている。
そして、まだ見ぬお客様も、
もうてん子に会ってくれたお客様も、
Sara's Buddyにいらしてくれれば、
てん子が精一杯おもてなしをするので是非リクイン戦争に挑んでみてほしい。
お会いできる日を心待ちにしてます、「てんてい」じゃなく「てん子」がね(ここ重要)
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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