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アニメ制作現場で使われる「紙」、その魅力と課題とは?

こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。
 
私たちは映像作品の制作資料をアーカイブする中で、多くの「紙」に触れる機会があります。制作に携わった方々の手書きの痕跡を目にしたり、紙の劣化具合から経た年月の長さが見てとれるなど、制作資料には多くの方々の想いとその歴史を感じます。

今回は、アニメ作品の制作現場ではどのような紙が使われているのか、そして紙の魅力や取り扱いの課題について、「デジモン・アドベンチャー」劇場版や「東京ミュウミュウ にゅ~♡」(22)などを手掛けるアニメーション制作会社ゆめ太カンパニーの代表取締役 エグゼクティブプロデューサーの山口聰さんにお話を伺いました。


―まず、ゆめ太カンパニー創業の経緯と歴史について教えてください。

山口聰さん(以下:山口) 私は大学で油絵を勉強していて、そのまま教員免許を取って美術の教師になろうかなと考えていたのですが、家庭の事情で色々とアルバイトをすることになりました。アルバイトのスーツアクターとして「仮面ライダー」のショーに出演したりもしましたね。

そしてある時父親から「そろそろアルバイトばかりじゃなくてちゃんとした仕事に就けよ」と言われた時に、地元の東久留米にあるアニメの会社の募集を見たんですね。「絵を描きたいからアニメでもいいか」と思って応募したのがこの業界に入るきっかけでした。その会社に7年ぐらい勤めて、その後手塚プロダクションに1年間ぐらい、それから東映アニメーションやトムスエンタテインメント、日本アニメーションと大手を転々としました。

35歳ぐらいの時にすごく忙しく、本当に寝る時間がないぐらい仕事をしていた時期があり、妻が心配して「もう仕事を減らそうよ」と言ってくれて、それを機に自分で会社を作りました。初めは静岡県で創業したのですが、交通の便が悪いのでなかなか社員が集まらず、1990年に東京に戻り、東久留米に「ゆめ太カンパニー」を作りました。当時のアニメ業界ではまだ少なかった社会保険に加入できる会社にしたので、後にスーパースターになる優秀なアニメーターがどんどん入ってきて、だんだん大きくなり始めて今に至る、という感じですね。

株式会社ゆめ太カンパニー 代表取締役 エグゼクティブプロデューサーの山口聰さん

―アニメの制作現場では、どのような「紙」が使われていますか?

山口 まず、「撮影フレーム」が描いてある「レイアウト用紙」というものがあります。フレームに合わせて画面内を構成する絵を描きます。

そして「原画」という動きの元となる絵を描く薄めの紙が「原画用紙」。

原画スタッフが描いた絵に対して作画監督が修正を加えるのですが、「修正用紙」は誰が修正を加えたかがわかるように色を変えています。最近のアニメは「作画監督」が5~6人いたりと複雑で、更に「総作画監督」がいて、「演出」がいます。それぞれピンクやグリーンなど色の違う用紙で修正を加えて、原画スタッフに戻すという作業を行います。

それから「動画」という絵を清書して動かす作業があり、ここでは「動画用紙」を使います。動画用紙は、原画用紙より少し厚い紙です。

昔は「トレースマシン」という機材で、動画用紙に描いた鉛筆の線をセルに転写して、それに絵の具で色を塗っていくという作り方をしていました。今はデジタルスキャンした画像にパソコンで色を塗るので、セルや絵の具は使わなくなっています。
ただ、紙に動画を鉛筆で描くという上流工程の作業は、いまだに変わってないんですよ。

―今でも動画は紙に描くのが主流なのでしょうか?

山口 最初からデジタルで描く方はどんどん入ってきます。今の時代に学生からこの業界に入ってくる人は、紙が使えないですね。紙で教えている学校もほぼないと思います。
しかしベテランのアニメーターは今でも紙で描く人が多く、デジタルで学んだ学生が就職してから紙を使わなくてはならない、という逆転現象が起こります。

一人でも監督とか作画監督で紙を使う人がいると、一回デジタルで描いたものを紙にコピーして、そこに修正指示を入れて、もう一度デジタルに戻すというのをどの会社もやっているんです。設定資料もサーバーに保管してパソコンで見ることもできるのですが、やはり紙で描く方が非常に多いですね。
年輩の方でもデジタルに対応する方はたくさんいらっしゃいますが、なかなか全員でデジタル化には向かってないですね。

先ほど言った原画用紙や動画用紙を製造している業者に聞くと、数としては減っているそうです。今は過渡期で、紙の需要は減ってはいるけれど、100%デジタルに切り替えているアニメ制作会社は少ないのではないでしょうか。
デジタルで描いたものをアナログで出力して修正を入れるということは、無駄なので本当は無くしたいんです(笑)でも、紙の方が速いんですよね。

―紙とデジタルの違いはどのようなところでしょうか?

山口 デジタルの良い面としては、「パース定規」というものがありまして、車のような立体物に対してパース(遠近感)の変換が自在にできるんですね。紙で描く時には、視線と水平線を引いて一点透視図法などで描きます。パース定規を使えばそれが全部自動でできるので、例えば部屋全体のパースを作成するなどは圧倒的にデジタルが良いです。ですので、一番早くデジタルに切り替えたのは「美術」だと思います。
また、デジタルは拡大できるのが魅力ですね。老眼のアニメーターでも細かいものが描けるようになります(笑)

―一方で「紙の方が速い」と仰っていましたが、紙ならではの利点や魅力はどのようなところでしょうか?

山口 僕もデジタルを教わったのですが、納期に追われると紙に戻ってしまう(笑)紙に慣れた世代にとっては、紙の方が圧倒的に早いですね。
それと、やはり温かさというか、紙の匂いや、紙を触っている感覚です。本を読むのと同じで、紙の本にもインクの匂いがありますし、電子書籍で同じ文章を読んでも、紙をめくった方が味がある。それに近いですね。

例えばタブレットの上に貼る、紙に描くのに近い感触になるようなシールも発売されています。鉛筆の硬さもHから3Bまで、尖り具合などもデジタルで再現できるようになっています。それでもやはり、本物の紙と鉛筆とは微妙に違うというのはよく言われます。

―紙とデジタルそれぞれ利点があり、その違いが制作に与えている影響もあるのですね。

山口 少なくともこの先10年くらいは、紙は完全にはなくならないと思いますね。でも(紙の管理は)一番ヒューマンリソースがかかる部分でもあり、無駄は減らしていかなくてはと思います。
制作関係の各社と紙をやり取りする定期便を出していたり、宅配便で発送したりするのですが、輸送費がとてもかかります。デジタルならデータで送れますので、遠方とのやり取りも簡単です。

―制作が終了した後、これらの紙資料をすべて保管されているのでしょうか?

山口 終了後1年程度は保管すると(製作委員会などとの)契約書に書いてあります。その期間が過ぎると、製作委員会の主幹事に「こちらで処分しますよ」と連絡して、廃棄します。


―私たちも各社からアーカイブのご相談を受ける中で、紙資料の保管場所やコストについてのお悩みを聞きます。一方で制作に携わる方々の想いのこもった資料であり、廃棄されてしまうのは寂しいとも感じています。
そこで、私たちはこれから「制作現場から廃棄される紙を活用できないか」ということを考えてみたいと思っています。このような企画が実現できるとしたらどう思われますか?

山口 画期的で素晴らしいなと思います。今まで費用を払って廃棄していたものが、蘇って誰かの役に立つということができれば。是非協力したいなと思います。

―本日はありがとうございました!

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