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『やさしいひとはつよく、つよいひとはやさしい』第43言

ひとって出ちゃうんだよな」としみじみ実感した話です。

そのひとの生き様はどこかでおもてに出てきてしまうものだ。

どんなにつくろって良くしても

どんなに悪ぶってぶっきらぼうにしても

本当に、よくもわるくも、である。

いきざま

「そのひとが生きていく上で何を大切にしているか」

今朝LINEに「大好きな古賀”先生”へ塾生たちが最後のメッセージ」と題した記事を見た。

1992年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級金メダルの古賀稔彦さん。

2021年3月24日53歳で亡くなった。

24日に訃報を知った時は「え、うそ、ほんと?」と思わず声に出てしまった。それくらいあの時の決勝戦前の練習中のケガ、むかえた決勝戦当日、勝った瞬間、のことは今でもちゃんと記憶に残っている。

「平成の三四郎」といわれるゆえんが納得できるほどに、決勝戦のあの時、これから挑まんとする姿も金メダルを勝ち取ったあとの姿も、実に凛としてすがすがしく、同じ日本人として勝手ながら「とても誇らしい気もち」になったものだ。

「古賀塾」の子どもだちが祭壇の前で最後のメッセージを送ったそうだ。

男の子▶僕たちを全力で笑顔にさせてくれてふざけてくる先生。真剣に柔道を指導してくれる先生。(中略)仲間、絆を大切に、人に優しくなれる大人を目指し、これからもがんばります。

女の子▶古賀先生に習った優しさ、強さを力にしてがんばっていきます。優しくて強い古賀先生は、私たち古賀塾生の永遠のヒーローです。

全員▶

1つ「はい」と言う素直な心

1つ「ありがとうございます」と言う感謝の心

1つ「わたしがします」と言う奉仕の心

1つ「すみません」と言う反省の心

1つ「おかげさまで」と言う謙虚な心

精力善用、自他共栄(くりかえし5回)

古賀塾の人材育成がどんなものなのか、これだけで伝わる。

古賀稔彦という柔道家がどんな志のひとだったか。

古賀稔彦という人間がどういう心のひとだったか。

子どもたちにちゃんと伝わっている

「優しさ」と「強さ」が横ならびにある「優しくて強い」という表現がわたしは大好きだ。

人に優しくあるための強さを、きっと全力で、真剣に、指導されてきたのだろう。

ちゃんと未来につながっている。この子たちは大丈夫だ、勝手ながらそんな気までしてしまう。

わたしは柔道も知らないし、古賀稔彦さんのその後についても詳しかったわけじゃない。

それでも、あの時、あの決勝戦に挑む姿は、その心意気とともにやはり今も「誇らしくのこっている」 試合直前の練習中のケガ、そこにあった諸々を彼は凌駕していった。そこにやさしさと強さがあったこと(あの時リアルに観ていたひとたちの多くは感じていたんじゃないかな…)

だから今、ご逝去されたという悲しい出来事を前にしてもなお、こうして古賀塾の教えを知り、古賀稔彦さんの生き様「生きていく上で何を大切にしていたか」に触れることができたことを、うれしくありがたく思う。

それは、あのとき感じた「誇らしさ」と同じだったからである。

ご冥福をお祈りするとともに、ご家族のみなさまに労いと癒しを願い、最後に改めて感謝申し上げたい。

誇り高き誉れ 強くて優しい 生き様

最後の最後までみせてくださってありがとうございました。


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