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なぜドイツのCorona-Warn-Appはダウンロードされているのか

前回ドイツのCovid-19対応戦略について、PR(パブリック・リレーション)の観点から論考を書きました。

今回はその続編として、6月17日(火)にリリースされたCorona-Warn-App(コロナ警告アプリ)をめぐるPR戦略について取り上げたいと思います。細かな要件は違えど同様のアプリが各国で相次いでリリースされ、一足先にリリースしたフランスやイタリアが普及に苦戦している中、ドイツのアプリはリリース初日で640万ダウンロード(DL)、1週間で1180万DLと、好調なスタートをきっています。これは単にアプリに対する関心が高いからとか、意識が高いからといった理由ではなく、背景にはCovid-19対応戦略と同様、合理的に設計されたコミュニケーション戦略が透けて見えます。この勢いがどこまで続くかはまだわかりませんが、少なくともこのスタートダッシュを可能にしたコミュニケーション戦略について、再びPRプランナーの目線から読み解いておきたいと思います。

なお、前回と同様、ベルリン在住である私がオープンソースで触れられる情報から推測するものであり、ドイツ政府やアプリのリリース元であるロバート・コッホ研究所といった関係機関にインタビューや確認をしたものではありませんので、その点をご留意いただければと思います。また、アプリそのものの設計思想や開発経緯・内容、アプリの導入にあたっての個人情報との兼ね合い等ドイツにおける法的議論についてはコミュニケーション戦略に関係する範囲で限定的に触れていますが、論考の中心ではありません。従ってそうした内容は大幅に省いていますので、その点もあらかじめお断りさせていただきます。

1.アプリ開発までの経過

まずはアプリリリースまでの経過を簡単にさらっておきます。というのは、お世辞にもリリースまで一直線だったと言える状況にはなく、この混乱がかえってコミュニケーションの重要性を浮き彫りにしたと言えるためです。

当初ドイツにおいては4月中にDL開始できるよう、シュパーン保健大臣率いる保健省を中心にアプリ開発が進められていました。外出制限が解除される段階ではアプリによる警告システムを構築しておきたかった、というところでしょう。一方で、当初アプリは中央集権型のシステムを前提としていたことからプライバシーの観点をはじめ様々課題が指摘され、また想定していた形には技術的な制約もあることが発覚し、開発は迷走。リリースの見通しは立たず、プロセスや意思決定の不透明さに対して野党だけでなく政権内部(デジタル担当大臣)が「カオスだ」と認める事態になりました。4月24日(金)には、ベルリンに拠点を置くハッカー集団カオス・コンピュータ・クラブ(Chaos Computer Club、略称CCC)、情報通信学会(Gesellschaft für Informatik)らを中心としたネットワーク政策団体(netzpolitische Organisationen)がシュパーン保健大臣及びブラウン首相府長官宛に批判のオープンレターを送付し、「このまま開発すれば必ず失敗する」と強く懸念を示していました。

こうした批判も受け、政府は開発方針を転換

最終的にはドイツ政府から依頼を受けたTelekom社とSAP社がAppleとGoogleが提供するAPIを利用した分散型のアプリを開発。5月1日(金)に作業着手が発表され、6月17日(火)よりDLが開始されました。

2.コミュニケーション戦略

迷走の段階では、コミュニケーションはお世辞にも上手くいっていたとは言えません。ブラウン首相府長官自身が、Welt am Sonntag紙のインタビューに対し「当初は失敗であった」と認めています。この失敗を踏まえ、基本的な設計思想を分散型に切り替えた仕切り直し以降、政府としてもコミュニケーションに相当の意識を割いていることが見受けられます。反省を踏まえた結果どういったことが行われたのか、そのベースとなる戦略はどんなものか、前回の記事同様、コミュニケーションの基本的な考え方に沿って見て行きたいと思います。

(1)コミュニケーションの目的

まずはコミュニケーションの目的ですが、本来であれば一義的には「アプリDLの理解促進・普及」で済んだところ、前述の通りマイナスからのスタートとなったため、実際にはリカバリーが必須となりました。従って、コミュニケーション戦略は、マイナスをなるべく回復するためのアプリのリリース前の地ならしとしてのコミュニケーションと、積極的に推進する、リリース後のDL推進のコミュニケーションの2フェーズに分けることができます。

地ならしフェーズの目的は「今後リリースするアプリに対する信頼獲得」、「アプリをDLする必要性の理解推進」でしょう。特に最も懸念が表明されたセキュリティへの信頼を獲得すること、特に政府が個人情報の収集を行うのではという疑念の払拭が必須でした。ドイツにおいては、歴史的な経緯から、政府が個人情報を収集することに対し高いアレルギーがあります。

続いてリリース後の目的は「DLの推進・普及」と言えます。ただし、推進・普及と言って大きな看板を掲げても、自動的に市民がDLしてくれるわけではありません。このためコミュニケーションを精緻化する必要がありますが、その際理論的な支えとしたのは、おそらくイノベーター理論だろうと思います。イノベーター理論とは、誤解を避けずに大雑把にまとめてしまえば、何か新しい技術等が普及する際のプロセスを理論化したもので、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティの順に普及していき、最終的にレイトマジョリティに到達する、というものです。ただし、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にはキャズムと呼ばれる溝があり、このキャズムを超えることができなければ、なかなか拡大(つまり普及)しません。

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Wikipedia「普及学」より)

つまり、イノベーター理論及びこの普及曲線に基づいて考えると、戦術的にはいかに早くキャズムを突破するか、という点が目的になります。なるべく早い段階でキャズムを超え、タイミングを逃さずにレイトマジョリティまで持っていければ、普及への自走が始まる、ということです。

(2)コミュニケーションの主体・ターゲット

アプリの配信は、ドイツの公衆衛生機関であるロバート・コッホ研究所(RKI)が公式の配信元となっていますが、コミュニケーションは政府が主体となって実施しています。加えて今回特徴的なのは、後述しますが、開発を担ったTelekom社とSAP社が積極的に表に出ている点でしょう。

ターゲットは2つのフェーズを通じてCovid-19対応戦略と同様、国籍関係なくドイツ在住の市民となります。

ただし、DLの推進フェーズにおいては、(AppleとGoogleが提供するAPIを利用する場合は他の国でも同様ですが)そもそもアプリが動作するOSのバージョン制限があるため、全ての人がカバーされるわけではありません。ドイツでは、実際にアプリが動作するOSを搭載した携帯電話を持っている人は人口の約80%と推定されています。更にHuaweiの現行バージョンは米国との関係でDL不可、またAppleストア及びGoogle Play上でドイツのアカウントを保持している人に限られます。

この中で、コミュニケーションの目的で書いたとおり、イノベーション理論に基づけばいわゆる「アーリーアダプター層」と「アーリーマジョリティ層」を重点的なターゲットとし、特に「アーリーマジョリティ層」を一気に増やすことでキャズム超えさせる、ということになります。今回の場合、「アーリーアダプター層」はざっくりと仮定すると接触アプリそのものに技術的な関心がある層、医療関係者等公衆衛生に積極的に関与する層。「アーリーマジョリティ層」は公衆衛生に関心のある層、何らかの貢献がしたい層と想定できるでしょう。

ちなみにキャズムは概ね普及率16%で訪れるとされています。従って具体的なボリュームとしては、ドイツの人口の16%として、約1328万人。そもそもアプリの制約から人口の80%が推定ターゲットと考えると、更に少ない約1062万人が当面の到達目標として据えるのが試算上の数字だと思います。

なお、ドイツ政府としてはDLは完全な任意であることを強調している立場から、DL目標数は発表していません。他方で、オックスフォード大学の発表した論文では実際にアプリの有効性が発揮されるには人口の60%以上(ドイツでいうと約4980万人に相当)がDLしている状態が望ましいとしています。とはいえ、各種報道や、ドイツにおけるウィルス研究の第一人者であり今回のCovid-19において最も積極的に発信している有識者の一人であるドロステン教授においても、あくまでもアプリによる接触の追跡はマスク着用や手洗い、social distancingなど基本的な予防措置の補完的な措置であり、DL数は10%でも20%でも意味はある、としています。

(3)具体的なメッセージ(コミュニケーションの中身)と手法

①地ならしフェーズ

このフェーズでは、例えばプライバシー保護のための設計や、バッテリーやメモリーの過剰使用に繋がるのではといった技術的な観点からの懸念を解決するコミュニケーションと、政府や第三者機関が情報収集をするのでは、アプリが強制になり、DLしない人は社会的な不利益を被ってしまうのでは、といった政治や倫理に関わる懸念を解決するコミュニケーションの2系列があり、これが並行して実施されています。

前者は主にTelekom社及びSAP社、開発メンバーが中心となって対応した点が特徴と言えるでしょう。ハブサイトとしてCoronawarm.appサイトが立ち上がり、5月1日にSAP社がTelekom社とともにアプリ開発に取り組むことをサイト上で表明。その後定期的にYoutubeやPodcast、ニュースレターを通じ設計や開発状況についてコミュニケーションが行われ、このハブサイトにストックされました。

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ハブサイトのニュースページ

細かい開発経過はマスメディアにはあまり取り上げられるような性質のニュースではなく、Youtubeなどの再生数は3桁台に留まる等、影響する範囲はさほど広くありませんが、この段階での発信は主にアプリの技術面に関心・関係のある層、つまりイノベーター層に対するコミュニケーションも兼ねており、極めて重要です。開発自体に猛烈なタイムプレッシャーがある中で、ここまで丁寧にコミュニケーションにもリソースを避けるということは、開発陣にもPRに対する理解があるということ、そしておそらくPR専門家の支援があったことが推測されます。なおこのコミュニケーションを技術的に素人である政府の人間が行わなかったのは懸命な判断であり、専門家が発するからこそ信頼を獲得できたと言えるでしょう。

もっとも、信頼の醸成に最も効果を発揮したのは開発そのものがオープンソースで行われた、という透明性それ自体でしょう。当初の批判を踏まえ、次のアプリ開発はオープンソースで行われることが早々に報道され、実際5月9日にGithub上でソースを公開。プロセスを徹底的に公開しておくことで、結果的に出来上がったアプリに対し「これ以上はできないだろう」という納得感を得ることに繋げています。SAP社の技術代表によると5月18日に最初のレポジトリを公開して以来、同29日までにGithubに6万5千以上のユニーク・ビジター数があり、285のプルリクエストがあったそうです。

一方後者の政治や倫理に関わる懸念に関しては、この間、政党ごとに様々な意見があり、連邦議会で議論されるとともに、各閣僚がメディアへも出演し議論が繰り広げられました。従って後者のコミュニケーションのチャネルとしては、メディアの役割は大きかったと言えます。

この過程では、特にアプリDLの任意性が強調された上で、実際には懸念点を1つ1つ潰す方向に議論が進んだと言って良いでしょう。例えばドイツ消費者専門家会議(SVRV)がアプリの利用を規制する法律(例えば雇用主が従業員に対しDLを義務化するような事態を防止するため)の制定を要求。これに対してはラムブレヒト法務大臣が法的見地及び消費者保護の観点からの見解を発表し、アプリのDLは"doppelten Freiwilligkeit(二重の自由)"があり、現行の憲法の範囲でも十分守られる権利であり、断じて強制されることはない、と改めて強調。また、ゼーホーファー内務大臣がデータ保護についてEUのデータ保護規制も踏まえながら見解をコミュニケーションしています。アプリは感染者の迅速な隔離を可能にし、感染の連鎖を断ち切るのに役立つというメリットのメッセージは継続して発出されてはいましたが、決してコミュニケーションの中心を占めるものではありませんでした。

この2系列の地ならしフェーズの議論は、最終的に5月29日に政府スポークスパーソンがアプリの設計思想について記者会見するタイミングで1つに収斂されたように見受けられます。政府webサイトに基本的な懸念点に答えるFAQも公開され、アプリの本格リリース前に、基本的な問題点については検討した上で解消される方向で開発されている、というメッセージが政府公式見解として発出されました。

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地ならし期にあって、政府と実際に開発を担う民間企業の間でコミュニケーションの役割分担が行われつつも、アプリに最終的に責任を追うのは政府ですから、この2系列をリリース2週間前の余裕を持った段階で政府に戻したことは、専門家を守るという点でも重要な動きです。

ところで、上記のようなコミュニケーションを実施後も、ZDFが実施したアンケートでは42%の人がこのアプリを使うと思うが、46%の人は使わないと回答しており、混乱期よりも数字はさらに下降。この段階で必ずしも好意的な声が増えていたわけではありませんでした。

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②リリース後のDL推進フェーズ

DLを推進するフェーズにおいては、前述の通り世の中の関心が高いうちに早めにDL数を上げ、なるべく多くのアーリーアダプター層とアーリーマジョリティ層を取り込み、キャズムを突破することが必要です。このため、リリースのタイミングそのものを大きなコミュニケーションの起点とするべく、基礎的な情報に加え拡散性を意図した複数のテクニックが周到に準備され、駆使されています。

#1 官民一体となった開発体制・問題が解決されていることのコミュニケーション

まず、アプリリリースの記者会見は政府関係者(ブラウン首相府長官、シュパーン保健大臣、ゼーホーファー内務大臣、ラムブレヒト司法・消費者保護大臣)、ロバート・コッホ研究所、Telekom社、SAP社が出席し、官民一体となっての構築であることをアピール。改めて信頼性を強調しました。

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同日、アプリの趣旨に賛同する民間企業名及び企業のCEOのサイン入り全面新聞広告が大手メディアに掲載。私が直接確認できたわけではないのですが、複数紙に掲載されていたようです。

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Stadt Spiegelより)

同時にSNS上で賛同企業によるメッセージが投稿されています。

賛同する民間企業は主にドイツ企業を中心としており、医療系メーカーや保険会社といった明らかに公衆衛生に関わる企業のみならず、車産業、スポーツブランドなど多分野に亘ることもポイントです。これはつまり、政府が発信するだけでは届かない層へのリーチを狙っており、何もしなければあまり関心が大きくなかったかもしれない層(レイトマジョリティ層)を、こうしたブランドの力を借りることで、アーリーマジョリティ層として取り込む、ということです。

#2 拡散の設計

記者会見にあわせて、基本動作として、政府のオウンドメディアではtwitterやFacebookを中心に一斉にリリースの告知、アプリの機能説明、DLの推進、政治家によるDLの報告メッセージ、イノベーター層からの発信がなされました。

シュタンマイヤー大統領夫妻がDLしたことも早い段階で政府広報官から投稿されています。

その上で、政府や企業の著名人に加え、身近な人がDLすることで、あの人がDLしたなら…という「流れに乗る」動きを作り出すことも、キャズムを突破する上で重要な事項です。同調圧力というと昨今日本語ではマイナスのイメージがありますが、この場合はいい意味で同調力を用いよう、ということです。このため、情報の拡散を後押しするテクニカルな細工がいくつか実施されています。

1つがハッシュタグキャンペーン #IchAppMit (私とアプリ、とでも訳すのが良いかもしれません)の実施。アプリの説明を投稿する際には必ずこのハッシュタグが用いられているだけでなく、前述の企業関係者や政治家はこのハッシュタグをつけてコミュニケーションを行なっています。

加えて、拡散用にフリー素材も無償配布されています。これはDLをした個人が、友人知人など自分のコミュニティに対し宣伝をするための素材の提供です。

賛同企業向けには、素材のデザインを依頼すれば、オンデマンドでアプリのロゴを含んだクリエイティブを専属チームが作成してくれるサービスも整えています。

#3 貢献欲求への訴えかけ

また、アーリーマジョリティ層に訴えかけるもう一つの心理的な仕掛けが貢献欲求に訴えることでしょう。リリース時の記者会見でも、アプリのDLは任意だが、DLすることで早期隔離に繋げることができ、それは結果として再び外出制限に陥ることを防ぐことになる、ひいては誰かの命を救うことになる、という意義が強調されました。

公式に配布されてるフリー素材では、拡散用バナーが8種類用意されていますが、それぞれ次のスローガンが入っており、アプリをDLすることで公衆衛生に貢献する意義を強調するトーンとなっています。

Motiv 01: Unterstützt uns im Kampf gegen Corona.
コロナとの戦いを支援してください。
Motiv 02: Hilft Infektionsketten zu unterbrechen. 
感染の連鎖を断ち切るのに役立ちます。
Motiv 03: Sagt Bescheid, wenn’s ernst wird. 
教えてください、深刻な事態の時に。
Motiv 04: Schützt alle, die Ihnen wichtig sind. 大切な人を守ります。
Motiv 05: Wird mit jedem Nutzer nützlicher.使うたびに便利になっていく。
Motiv 06: Hilft. Wenn du mitmachst. 支援になる。参加することが。
Motiv 07: Braucht Dich. Und dich und dich und dich. 
あなたを必要としている。あなたと、あなたと、あなたを。
Motiv 08: Kennt Sie nicht. Hilft Ihnen trotzdem. 
あなたは知らない。それでも助けになる。

"Diese App kann nichts, außer Leben retten(このアプリは命を救うだけではありません)"、 "Kleine App, große Wirkung(小さなアプリ、大きな効果)"といったメッセージも発信されています。

加えて、シュパーン大臣は「この強力なスタートが、より多くの市民の参加意欲を高めるはずです。コロナを補足するのはチームプレイです」とツイートするなど、やはり個人としてチームに貢献しよう、といったトーンでのコミュニケーションを行なっています。

好調なDLを踏まえ、6月20日にはメルケル首相のビデオメッセージも発出されましたが、このメッセージにおいても、市民にDLの感謝を述べつつ、任意性を強調した上で改めて貢献という意義を強調しています。

#4 モメンタムの維持

政府の担当者が実際にどの程度のタイムスパンを実際に想定しているかはわかりませんが、素材の準備ぶりからして、少なくともリリース直後の1週間を集中的なPR期間と定めていたことは間違いないでしょう。
この間、連日1日ごとのDL数が発表され、「どんどんDLされている」というモメンタム作りに寄与しています。このあたりの数字は積極的に政府からメディアにも情報提供されていると考えて良いでしょう。メディアでも大きくニュースとなっています。

また、協賛企業によるコミュニケーションも継続。

Facebookでは「DLした?しない?」というアンケート付きの投稿を実施するなど、SNSも積極的に活用。このあたりは予算を潤沢に活用している様子が伺えます。

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連日こうしたコミュニケーションが行われることで、いち早くDLした人に感謝の気持ちを示すと共に、まだDLしていない人にDLを促す効果、つまりアーリーマジョリティ層への拡大を狙っています。

#5 第三者の役割

政府やイノベーターの発信に加え、直接的には利害関係のない第三者の発信も重要です。第三者の発信は基本的にコントロールできるものではありませんが、今回政府から恐らく記者ブリーフィングといった形で相当の情報提供が行われていることも推測されます。もともとリリースのタイミングでは当然露出は増えていましたが、連日のDL数の伸びという高い関心を踏まえて、メディア側でも報道を工夫。例えばARDでは当初批判のオープンレターを発出したCCCのメンバーがスタジオで新しいアプリについて語り、事実上現時点では最大限のものと後押し。

Covid19対応において大きな影響力を持つドイツのウィルス研究者であるドロステン教授も、PodcastでDLは任意であることを強調しつつ、罹患者の早期発見におけるアプリの意義を説明。

興味深いところでは、日本大使館からも連絡がありました。ドイツ政府からの依頼を受けて、ドイツ在住の日本人に連絡をしたということです。チャネルの1つとして、外交団も活用しているということでしょう。

3.今後の展開

こうしたあらゆるチャネルを活用したコミュニケーションの結果、6月23日時点でDL数は1220万DLと、推定キャズム数を突破しています。当初の迷走や事前アンケートを踏まえれば、相当順調な結果と言えるでしょう。ここから先は、引き続きモメンタムの維持は必要ですが、一旦自走する期間に入ったと言えます。

今回アプリ関連で広報・広告の予算として350万ユーロ(約4億2千万円)を計上していることが報道されています。細かい使途は現在進行形のため未だ開示されていませんが、ここまでで全て使い切ったとも思えませんので、今後もいくつかのタイミングに合わせてDL推進のキャンペーンが実施されることは間違いありません。

今後の展開に関し、ここまで触れなかった点で3つほど検討事項を指摘しておきたいと思います。

1つ目は、「そもそもDLできない層」と「コミュニケーションが届きにくい層」の存在です。どれほどコミュニケーションをしても懐疑派はいなくなりませんし、そもそも全員がDLすることを想定していないとはいえ、潜在的にDLする意思があるにも関わらず、それが何らかの事情で叶っていない層についてはケアが必要でしょう。こうした層、特にスマホを保持していない年配層や経済的事情等で保持出来ない層については、Covid-19のリスク層と重なることも大いに想定されます。アプリは補完的な役割であるとはいえ、感情的にそうした人々がLeft Behindと感じないような取り組みが非常に重要です。

言語的な観点ではドイツ語に加え、英語、アラビア語、トルコ語で移民・難民庁からコミュニケーションがなされていますが、アウトリーチ型で地道にコミュニケーションを実施していくことが求められます。

2つ目は、ドイツを訪れる観光客の存在です。6月15日以降EU域内のEU市民の移動の制限は原則として無くなっていますが、他国のアプリと完全な互換性は今のところないため、こうした短期訪問者はドイツに入国後、ドイツのアプリをDLする必要があります。今回各国でアプリが乱立し、EUで規格を統一できなかった点は欧州委員会でも議論となっており、一部互換性を設ける方向で進んでいるようですが、例えば中央集権型にしたフランスとは互換性を保つことは出来ません。コミュニケーションの観点から言えば、互換性が運用上意味のあるレベルに保たれる場合には、今後夏のバカンスシーズンを迎えるにあたり、こうした来訪者に対しどうDLを促していくか、かつそれをドイツ政府の政策としてどの程度まで実施するのかは大きな検討事項になります。

最後に、そもそも論としてのアプリの必要性です。これまで、開発が迷走を重ねた段階においても、アプリそのものを開発しない、というAfD党の主張する意見がコンセンサスを得ることはありませんでした。しかし当然ながら年間の運用費用もかかるところであり、Covid19による大幅な景気後退が予想される中、どこまでアプリのランニングコストが固定経費として理解を得続けられるかは不透明です。まずは多数が導入しないと意味がない性質のものでもあり、今のところ導入に目が向いていますが、今後はアプリの費用対効果が様々な面で問われることになるでしょう。政府としてはアプリの効果の可視化についても、コミュニケーションの課題として検討していくことになります。



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