エゴの無さが〝歌手〟薬師丸ひろ子のスゴさ?

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

本日のテーマは…

「エゴの無さが〝歌手〟薬師丸ひろ子のスゴさ?」


  • 金曜ボイスログ恒例の「薬師丸ひろ子タイム」

金曜ボイスログでは必ず毎週、薬師丸ひろ子さんの曲を一曲かけるという、
いつの間にか始まった「薬師丸ひろ子タイム」という風習がありまして…
彼女の透明感あふれる美しい歌声で、1週間溜まった心の疲れを洗い流そうという時間なんです。
何故、僕が薬師丸ひろ子さんの歌に執着するのか?という部分を今日はこの音楽コラムの時間を使ってお話したいと思います。

  • 角川映画で女優デビュー「薬師丸ひろ子」とは?

薬師丸ひろ子さん、2021年で歌手デビュー40周年なんですが、僕が今年37歳ですので、僕自身は実は世代ではないというか、リアルタイムで映画を観たり、アルバムを買ったりしていた世代ではないんです。
なので、僕なんかよりよくご存知のリスナーの方も多いとは思うんですが、ごく軽く薬師丸ひろ子さんのキャリアについてまずは説明させてください。

もともとは角川映画のヒロイン役のオーディションで大抜擢され、
1978年「野生の証明」という映画で女優としてデビューします。
角川映画として初の年間邦画工業ランキング1位を記録した記念すべき映画でもあるんですが、当時、薬師丸ひろ子さん中学二年生です。昨日まで普通の中学生だった彼女が突然銀幕スターになってしまったわけですね。

本人は芸能活動について非常に無欲で、オーディションも彼女の写真を撮影した人が勝手に応募して最後まで勝ち抜いてしまったと。
まぁこのオーディションに家族とか友達が勝手に応募するって、やけによく聞く話ではあるんですけど、彼女の場合は本当にこの映画一本をもって芸能活動はすっぱり辞めるつもりでいたみたいなので、この芸能の世界でのし上がってやろうっていう野心は全くなかったみたいです。

ただ、そのデビュー作の映画が大ヒットしてしまいましたので、これは当然周りが放っておきません。角川としても次世代のスターが見つかったぞ。
ということで、高校受験のための休業はありましたけど、じゃんじゃん仕事をブッキングしていくわけです。

で、俳優業だけではなく主題歌も歌うよう何度も提案したようなんですが、「いや、私は歌えません」と断っていたようなんですね。

  • 大ヒット映画「セーラー服と機関銃」で歌手としてもデビュー

「セーラー服と機関銃」という映画。薬師丸ひろ子さん3本目の作品で、
この作品を撮っていたときに、監督の相米慎二さんが、どうしても主役の
薬師丸ひろ子本人に主題歌を歌わせるんだと強く希望しまして、この映画の主題歌「セーラー服と機関銃」で歌手デビューとなります。これが1981年のことです。そこから角川映画に主演し主題歌も本人が歌うというセットで、映画も曲も大ヒット連発。その後のご活躍はもうみなさんご存知の通りで、女優として、歌手として、長きにわたって活躍されてきた方です。

冒頭にお伝えしたように2021年が薬師丸ひろ子さん歌手デビュー40周年なんです。なので、金曜ボイスログもアニバーサリーイヤーにちなんで毎週、
薬師丸ひろ子さんの曲をOAしているのか?なんて言われることもあるんですが、これ全くの偶然でして。
そもそもですね、僕この番組が2020年10月に始まるにあたって、初回放送でかける曲を探しまくっていた時期に、実ははじめて薬師丸ひろ子さんの歌をちゃんと聴いたんです。意外にめちゃくちゃファン歴が浅い「ニワカ」なんです。

  • 臼井ミトン、薬師丸ひろ子に出会う

番組の選曲のために薬師丸ひろ子さんのアルバムを全て聴いてみたら、
よく知られた大ヒット曲以外にも素晴らしい曲がたくさんあることに気づき、気に入った曲を毎月順繰りにOAすることにしたんですけど、僕が何故
薬師丸ひろ子さんにこだわるかというと、レジェンドクラスの作家やミュージシャンがこぞって参加したその楽曲のクオリティはもちろんなんですが、とにかく僕が素晴らしいと思うところは、薬師丸ひろ子さんの歌って、
〝歌手としてのエゴ〟がないんですよ。欲がないの。つまり、うまく聴かせたい、歌がうまいと思われたい、そういう自意識みたいなものが一切ないんですよね。

そもそも歌手って、程度の差こそあれ、やっぱり自我の塊みたいな人が基本的にはなる職業なんですよ。
例えば本当に歌がうまい人であればあるほど、やっぱり自分の歌のうまさに気づいて欲しいっていうアピールがその演奏に透けて見えてきちゃうし、
本人も自己陶酔し始める。逆に歌が下手な人は下手な人で、その下手さを
隠そうとして必死に外連味を加えて、要らぬ装飾をたっぷりつけてハッタリで誤魔化す、もしくは必要以上にエモーショナルになって、今度は技術の
無さを隠すために自己陶酔し始めるわけですね。
歌手ってだいたいがこの2種類なんですよ。

狩野英孝さんの持ちネタで癖が強い歌手みたいなのありますけど、あれなんか本当にその際たるものですよね。本来楽曲には必要のない無意味な装飾がゴッテゴテについているわけです。
狩野英孝さんのあのネタが面白いのは、基本的にJ-Popって長いことそういうナルシシズムと外連味にまみれた歌い方ばかりだったので、みんな心の底ではそこに突っ込みたかったってことなんですよね。

  • エゴをださない薬師丸ひろ子のスゴさ

僕ね、息子が小学生の頃、音楽の発表会を観に行って、学年のみんなが合唱するのを見て本当に胸を打たれてボロボロ泣いてしまったんですよ。
それは何故かというと、誰1人としてパフォーマーとしてのエゴを持っていないんですね。要は、うまく見られたいみたいな欲がないんですよ。
慣れない状況でただただ一生懸命歌っているだけなんです。
ただ、これがコンクールとかに出るレベルの強豪のちびっこ合唱団とかだとまた話が変わってきちゃうんです。
賞を取りたい、つまり他人に評価されたい、というパフォーマーとしての
欲が出てきますから。普通の小学校の普通の年間行事で行われるレベルの
合唱だったからこそ、僕は多分彼らの歌声に感動したんです。

普段音楽業界にいますと、そこには「自分をよく見せよう」というエゴしかないですよ。俺はこんなに歌がうまいんだ、ビブラートだって綺麗にかけられるぞ、よしここでこんなフェイクを入れてやれ、こんなに高音が出るぞ、自分も含めて下手くそであればあるほどそういう醜い承認欲求を露わにするわけです。だからこそ、小学生のただ無心で一生懸命歌う姿を見て、歌の
本来あるべき姿を見たような気がして、心が洗われたんです。
そしてそんな小学生たちの無欲さと全く同じことを薬師丸ひろ子さんの歌にも感じるんですよね。

このパフォーマーが持つ醜い自我の問題っていうのは歌に限った話じゃないですよ。ラジオでうまく喋りたい、なんとかうまいこと話をまとめなきゃ、そういう雑念にまみれながら放送してるわけですね。
そういうときに、彼女の歌声を聴くと、ハッ、それではダメだ。と気づくんです。自分をよく見せようと思ってしまうと、それは相手と自分の間に無意識に心の壁を作っていることに他ならないんですね。
着飾っちゃってますから、その時点でもう伝わらないんです。

芸事っていうのはもちろん稽古を重ねて日々腕を磨かなければならない。
でも、決して演者自身の承認欲求を満たすための手段であってはならない。お客さんとの心と心のコミュニケーションであるべきなので、パフォーマーとしての見栄は捨てて精神的に丸裸でいなければいけない。これって物凄く難しいことなんですけど、その芸の真髄みたいなものを薬師丸ひろ子という人は凄く自然に体現出来ちゃっている人なんですよね。

こういうのを本当の才能っていうのかなと思います。毎回彼女の曲をOAしているのは、そんな彼女に対するリスペクトはもちろんですけど、まぁ9割方は生放送中の自分に対する戒めですね。
エゴにまみれた、承認欲求にまみれた自分の人生に対する戒めですよ。

今日も心して聴きます、薬師丸ひろ子で「あなたをもっと知りたくて」

youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。

金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。