Frank Sinatraこそジャズファン、演奏者が聴くべき最高峰のスタンダートだ!

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

Frank Sinatraこそジャズファン、演奏者が聴くべき最高峰のスタンダートだ!


「ジャズ」という厄介な言葉

アメリカを代表するジャズシンガーの1人であるTony Bennettが、
95歳にしてニューアルバムをリリースしました。

ご高齢でアルツハイマー病が進行していることもありTony Bennettは、
コンサート活動から引退することを発表していますので、これが最後のアルバムになるかもしれない。そんな意味でも注目の一枚になってるわけなんですが、Tony Bennettという人を僕、今さっき「ジャズシンガー」と表現しましたけど、このジャズシンガーという言葉、非常に厄介な言葉でございまして。そもそも「ジャズ」という言葉自体が非常に厄介なんですよ。

どういうことかと言うと、音楽ファンの間では常に「これはジャズだ」、「これはジャズじゃない」という不毛な論争が起こっているんですね。
みんな喧嘩するの大好きですから。で、特にやっかいなのは、ジャズという言葉が指す音楽というのが、時代とともに変化しているからなんです。

「ジャズ」は酒場で人を躍らせるための音楽だった

もともとはアフリカ系アメリカ人のコミュニティで生まれた音楽ですが、1900年頃に生まれたジャズっていうのは当初は単純に、酒場で人々を踊らせるための音楽でした。

それが、段々と、如何に音楽的に高度な即興演奏をするか、つまりアドリブの個性や芸術性を競う側面というのが強くなってくるわけです。競うというと語弊があるかもしれませんけど、客席がわかりやすく踊れる音楽をただ
やるんじゃなく、プレイヤー側がアドリブの芸術性を追求するようになり、大衆性よりもアートの側面が強くなってくるんです。

1940年代から1960年代くらいに花開いた、この即興演奏の芸術性を重視するジャズを、一般的に「モダンジャズ」と言って、戦前の大衆を踊らせるためのジャズとは区別する傾向にあります。

日本でただ「ジャズ」って言うと、それは基本的にはモダンジャズの方を
指すんですよ。で、モダンジャズのファンって「本当のジャズはブルーノートの1500番台だけである」とか型番で指定し始めたりなんかしちゃって、
だいたいちょっと上から目線なんですよ。
まぁかく言う僕も「Eaglesなんてアメリカンロックとは呼べない」とか言ってますから全く人のことは言えないんですけどねぇ。

ジャズの線引きで特に難しいのが「歌」

どっからどこまでをジャズと呼ぶかという線引きが「特に」難しいのが歌なんです。歌っていうのは当然決められた歌詞を決められたメロディで歌わないことには歌になりませんから、アドリブの要素、即興演奏の要素っていうのは他の楽器の演奏に比べるとどうしても減ってしまうんです。

なので、ジャズシンガーと呼ばれる歌手は歴史上たくさんいますけど、
必ずと言って良いほど「あいつはジャズじゃない」、「あの人はジャズ・シンガーだ」と言った論争が起こるんです。モダンジャズのことをジャズと
定義付けする音楽ファンは何よりも即興演奏の芸術性や個性を大切にしますから、ジャズ・シンガーのアルバムがいざ大ヒットして大衆性を帯びると、途端にあんなのジャズじゃないと文句を言い出す人が増えてくるという現象があるんです。

Tony Bennettはうるさ型にも認められる、Frank Sinatraはダサさの象徴

で、ここでTony Bennettの話に戻ります。このTony Bennettという人は1950年から1960年にかけて世界的に売れたヒットソングがたくさんあります。
ということは大衆性が高く、ポピュラリティの高い歌手でありながら、
ジャズファンからあんまり文句を言われない歌手なんですよ。

結構うるさ型のジャズファンも
「あ、Tony Bennettはジャズだね。まぁMel Tormeほどじゃないけどねぇ」なんて具合に渋々認めちゃう感じなんですよね。ポップスとして商業的な
成功も収めつつ、ジャズファンからもdisられないという、すっごい羨ましいポジションを獲得している稀有な存在なんです。

逆にジャズファンから「あんなのジャズじゃない」と総スカンを食らいがちなのが、Frank Sinatraです。これは日本だけじゃなくて、アメリカ本国でも本当にダサさの象徴のように扱われる可哀想な存在なんですよ。
ジャズレコード屋に行けばFrank Sinatraのレコードなんて3枚99セントくらいで投げ売られてるし、映画では親の世代が聴く超ダサい音楽を象徴する舞台装置として登場することが多い。
言うならばネタとしてしか消費されてないんですよ。

僕はFrank Sinatraを最高のジャズシンガーだと思っています。
今日は、何故Frank Sinatraがジャズシンガーとして認められないのか?
その原因を探ってみたいと思います。

ある日、Frank Sinatraが歌い始めると事件が…

ひとつには彼のデビューした年代が実は大きく影響しています。
彼は、お客さんを踊らせるための非常に大衆性の高いジャズ、スウィングジャズというビッグバンドスタイルの音楽が大流行していた全盛期にデビューしているんです。
「Duke Ellington」、「Count Basie」、「Benny Goodman」
こういったジャズマンが率いるビッグバンドが大人気でした。
この当時っていうのはとにかくお客さんを踊らせることが目的ですから、
とにかくバンドの演奏がメインで、実は歌手は脇役だったんです。

曲の途中でワンコーラスちょこっと歌うだけみたいな感じで。ところが!
当時駆け出しのFrank SinatraがTommy Dorsey楽団という当時大人気のビッグバンドに雇われていざ歌い始めてみると…ある大事件が発生するんです。
Frank Sinatraがステージで歌い始めると、お客さんがみんな踊るのをやめちゃったんです。

何故か?あまりに素晴らしい歌声で、思わず聴き入っちゃったわけです。

添え物から主役の座を獲得

ビッグバンドの添え物に過ぎなかった歌手が、逆にビッグバンドをバックに従えて歌うという、今となっては当たり前の形ですけど、バンドと歌手の
立場が逆転したジャズの世界では非常に歴史的な瞬間だったんですね。
つまり、Frank Sinatraはビッグバンドによるスウィングジャズ全盛期にキャリアをスタートさせ、自らの歌声によって主役の座を獲得して以降、
ビッグバンドを率いて歌うというスタイルのオリジネーターとして、
そのスタイルを愚直に追求し続けた人なんです。

かたや、Tony Bennettはそもそものデビューが1950年ですから、もうその頃にはスウィングジャズが廃れ始めてますので、モダンジャズの巨匠たち、
例えばBill Evansとアルバムを作ったり、モダンジャズでよく用いられるコンボ編成という少人数の編成での活動も行なったり、スウィングジャズに固執することなく音楽的なフットワークが軽かったんです。
スキャットによるアドリブも上手ですしね。

Frank Sinatraの歌手としてのスゴさとは?

アドリブと言えば、Frank Sinatraってメロディと歌詞をとことん大切にする歌手だったんです。シナトラの何が凄いかって、歌詞の一つ一つが本当に
クリアに明瞭に聴こえて来る。「ディクションが良い」なんて言い方をしますけど、言葉の発音だとか、ブレスによって文が途切れないようにするなんてことをとても重視したんですね。
多くの歌手が音楽のリズムを優先させるために言葉の聴こえ方を犠牲にするんですが、彼は絶対にそれをしなかった。

そして、作曲家が書いたメロディを非常に大切に歌ったんです。
あんまり崩さなかったんです。だから自分のフィールでメロディを崩したり、アドリブを入れたりっていうことはほとんどしなかった。

逆にそれが、ジャズファン的には許せない。
何故かっていうと、モダンジャズ以降のジャズは崩してナンボだから。
みんなが知っているメロディを如何に自分流に解釈して音楽的に高度に複雑に展開させてゆくかって部分がキモだから。作曲家が書いたものをそっくりそのまま綺麗に歌うなんてのは彼らに言わせりゃジャズじゃないわけ。
それに対してTony Bennettは非常に軽妙洒脱に語るようにメロディを崩しますし、スキャットも上手い!ってわけですね。

Frank Sinatraを聴くべき理由とは?

でも僕は、ジャズファンやジャズを演奏するミュージシャンこそ、
Frank Sinatraを聴いて聴いて聴きまくるべきだと考えています。
何故かというと、そこにはその曲の本来あるべき姿があるからです。
オリジナルの状態を知らずして、崩したものを楽しむことなんて出来ないんですよ。言うなればFrank Sinatraが全ての基準点なんです。

歌手だけではなく、器楽奏者も彼の歌を聴くべきです。
どこで息継ぎしているか。どのように言葉をつなげているか。それを知らずして楽器を持つべからず。

かのMiles Davisもインタビューでことあるごとに影響を口にしています。
特に管楽器は歌詞のワードの途中で息継ぎするなんて馬鹿なことは絶対に
あってはならない。Miles Davisが凄いのはそういう歌心を結局凄く大切にしているっていうところなんですよ。

今日はそんなFrank Sinatraのキャリアの中でも特に名演と僕が思う曲を聴いていただきます。冒頭で話したTony Bennettの最新作がCole Porterという
ソングライターの作品集となっているんですが、Cole PorterはFrank Sinatraが非常に好んでよく取り上げた作家でもあります。

というわけでCole Porter作詞作曲、名匠Nelson Riddle編曲。
Capitol時代の絶好調のFrank Sinatraの歌唱をお聴きください。

Frank Sinatraで「Night and Day」


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