映画「ELVIS」を100倍楽しむための基礎知識!
TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。
このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。
映画「ELVIS」を100倍楽しむための基礎知識!
人類史上最もレコードを売ったキング・オブ・ロック
Elvis Presleyの伝記映画、その名も『ELVIS』が公開中です。
各所で話題になってますけど、僕も先日観てきました。
今日は映画の感想なんかも交えつつ、この映画観る前に基礎知識として
知っておくと映画がより楽しめるカモ!というお話をしたいと思います。
Elvis Presleyは人類史上最もレコードを売り上げたソロ・アーティストで、
ロックンロール黎明期を代表する歌手、キング・オブ・ロックなんて呼ばれたりもしてますけど、ロックミュージックを大衆に広めたパイオニアの一人ですね。
ロックンロールの誕生については、以前の音楽コラムでも、ラジオの歴史と関連づけてお話したことがありますけど、もとはというとアフリカ系アメリカ人の音楽文化です。
レコード、ラジオの発展により白人が聴く音楽に変化が
まず大前提として、なんですが、アメリカではですね、長いこと白人が聴く音楽と黒人が聴く音楽、はっきりと区別されていました。
というか、レコードとかラジオとかが普及する前の時代においては、基本的に白人と黒人で居住エリアというか生活圏が完全に別れていますから、
黒人の方々が集う飲み屋で奏でられる音楽、教会で奏でられる音楽を白人は知りようがなかった。とも言えます。
でも、これがレコード産業やラジオ産業の発展によって状況が変わってくるんです。今までは酒場や教会という閉ざされた場所でしか聴くことの出来なかったアフロアメリカンの音楽が、レコードになり、ラジオの電波に乗って外へ飛び出すんですね。
そうなると、俄然、当時の若者たちは今まで聴いたことのないその未知なる音楽に興味をそそられるわけですよ。黒人たちが聴いてるあのカッコいい
レコードなんだろう、あるいはたまたま黒人向けのラジオから流れてきた
この曲は一体なんだろうって、当時黒人の間で流行っていたリズムアンドブルースに魅了される白人の若者がどんどん増えてくる。
世の中の流れを敏感に察知したクリーブランドのラジオDJ・Alan Freedが、自分がやっている白人向けのラジオ番組でリズムアンドブルースをかけようと目論む。
でも、当時白人社会では、リズムアンドブルースを始めとする黒人の音楽をひとまとめに「レイスミュージック」なんて呼んでいて、レイスというのは英語で人種のことですけど、つまり「我々白人とは違う人種が聴く音楽」という意味ですね。そういう差別的な呼び名で呼ばれていたものですから、
白人向けのラジオ局でOAするにあたっては、そんな黒人の音楽のイメージを一新するような何か気の利いた新しい呼び名をつけてやる必要があった。
それでこのラジオDJが「ロックンロール」と名付けて、自分の番組で曲をかけ始めるんですね。こうしてリズムアンドブルースがロックンロールと呼ばれて白人向けのラジオで流れ始めたのが1950年代の頭のことです。
言い換えれば、この頃になってようやく、黒人の音楽を白人向けのラジオ
放送で聴けるようになった、ということです。
~そしてElvisが登場~
そして1950年代半ばにさしかかると、ただ聴くだけでは飽き足らず、
今度は黒人の音楽をそっくりそのままのスタイルで歌い演奏する白人アーティストが登場し始めるんですね。その代表格が、Elvis Presleyなわけです。
でも実はElvis Presleyよりも先に、リズムアンドブルースの音楽性で大ヒットを飛ばした白人歌手はいたんです。Bill Haleyという人なんですが、この人は1953年5月に全米チャート12位に入っています。
ちなみに、Elvisが地元メンフィスのインディーレーベルからシングル盤を
リリースして地元で徐々に話題になるのはこの翌年です。
つまり、ラジオDJ・Alan Freedがレイスミュージックにロックンロールと
いう名を与え、Bill Haleyが初の白人のロック歌手としてヒットを飛ばす。
こうやって舞台が整って、そこでタイミングよく登場したのが…
Elvisなわけですね。
だから、ロックのパイオニアと言えば、明らかにBill Haleyの方なんですよ。でも、一般的にロックンロールの元祖と言えば圧倒的にElvis Presleyの名前が挙がる。それは何故か?
Elvisが真似たのは歌だけじゃなかった
Elvisは黒人のダンスも真似たんですね。音楽を真似る人はいても、黒人が
酒場で踊るようなダンスを真似る白人は、当時のアメリカ社会ではさすがにいなかったんです。唯一の例外は、白人が黒塗りしてコミカルに黒人の踊りを真似る見世物小屋だけです。
でも一体何故彼が黒人のダンスを身につけたかというと、家が貧しかったもんですから、黒人の居住エリアで育った。だから、アフロアメリカンの音楽もダンスも、幼少期から当たり前に身近にあったわけです。
その動きといったらもう、PTAの役員が泡吹いて気絶するくらいの、
それはそれは当時としては卑猥で下品でけしからんダンスだったんですよ。
さらに付け加えるなら、彼は大変にハンサムで見た目的なスター性も抜群だったわけです。まぁこのご時世ルッキズムとかもちろん配慮しなければいけませんけど、ハンサムな白人の青年が、アフロアメリカンの身体の動きで
アフロアメリカンの音楽を歌う。これは、はっきり言って戦後のアメリカのエンタメ業界における最大の事件なんです。
映画の軸はElvisと悪徳マネージャーとの関係
1950年代にアメリカのショービズの表舞台で黒人音楽が受容され始めたこういう経緯を知っておくと、今回の彼の伝記映画もより楽しめるかなと思うんですが、実は今回のこの映画は、彼の音楽面のキャリアよりも、彼の超悪徳マネージャーとの関係を描いている映画なんですね。如何にマネージャーに経済的に搾取されたか、というのがストーリーの軸になっています。
このマネージャー、本当にエンタメ産業史に名を残すほどの悪人と言われていて、例えばElvisが亡くなったときに第一報を聞いて真っ先にレコード会社とグッズ制作会社に駆け込み、特需がくるから直ちに増産体制に入れ!と
指示して回った。とか、お葬式の場でメモリアルグッズは俺に任せてくれ!ってその場で家族を説得して契約書にサインさせたり。と、そういうとんでもないエピソードがわんさか残っている人なんです。
ただ、それがエンタメ産業の本質でもあって…
でも、そういう意味で言うと、芸事の才能がある人間の周りに金儲けしたい人間が群がってくるっていうのは、結構エンタメ産業の本質でもあります。もちろんそのやり口が綺麗か汚いかは別として、音楽業界、芸能の世界は、結局は才能ある人の芸でもってメイクマネーするってことじゃないですか。
だからね、こないだ新譜を出した山下達郎さんがインタビューで、
「自分はサブスクに自分の作品を公開しない」とおっしゃったんですね。
何故なら、表現に携わっていない人間が自由に曲をばらまいて、それで儲けてる。そんなことは許せないから自分は多分死ぬまで作品は載せない、と。
でも、冷静に考えてみると音楽業界とか芸能の世界って、そもそもそういうもんなんじゃないの?って見方もあるわけです。創作活動や芸事に直接関わっていない人を何人食わせられるか。そういう世界じゃないですか。
レコードが売れれば、レコード会社や事務所はもちろん、印刷屋さんだって物流業だって小売店だって儲かる。コンサートやって人が沢山来て、そしたらその会場の周りの飲食店が儲かる。グッズ作ってる浅草橋のウチワ屋さんが儲かる。全然関係ない人が儲かるわけです。でもそれがむしろ芸能の素晴らしい側面というか、僕はこれロマンがあることだとも思っていて。
ヒット曲が1曲もない僕から言わせてもらえば、自分の好きで作った音楽が売れることによって、桶屋が儲かってくれるんなら、そんな素晴らしいことなくない?って。それって音楽家冥利に尽きるでしょって思っちゃう部分も正直あるんですよ。
サブスクの問題点は、古くから音楽業界で言われていること。
まぁ今のサブスクの問題点としてよく言われるのが、作り手側の取り分が少な過ぎるんじゃないの?っていう部分ですね。でも、それっていうのも実はサブスクに限った話じゃなくて、古くからレコード会社とアーティスト、
あるいは音楽出版社と作家の間で今までも散々というか、常に生じてきた
古典的な問題であって、例えばElvisも彼の悪徳マネージャーに収入の50%も持ってかれてたわけですから。こういう問題はサブスク特有の問題では全くなくて、ショービズの世界が本質的に内包する問題というか、自己矛盾的に抱える永遠の課題なんですね。
で、Elvisの人生やキャリアは、言ってみればそういう契約がまかり通った
古き時代のショービジネスの犠牲になったわけですよ。
このレベルのスターが犠牲にならないと、こういう悪しき慣習は変わっていかないってことなのかな、だとしたら、サブスクのサービスが今後成熟して、作り手にとっても素晴らしい環境になるまでには、まだまだたくさんの犠牲が必要になるのかな、なんてことを、この映画を観て感じちゃったんですよね。
エルビスの伝記映画という形を取りながらも、描いているのは搾取され続けるアーティストの姿。それでもなお、アーティストは搾取する側に頼らざるを得ない、今のサブスクの利益配分の問題にも通ずるそういう芸能の世界が本質的に抱えるジレンマを描いた作品でもありました。
さぁ、今日お聴きいただくのは、1973年に世界で初めて衛星を使って生中継されたライヴコンサート「アロハ・フロム・ハワイ」から、James Taylorのカバー「Steamroller Blues」です。
実はElvisは自分では曲書かない人だったですよ。言うなれば非常に前時代的な歌謡スターっぽい活動スタイルだったわけですね。
あれだけの大スターだったのに一方的に搾取される立場になってしまった
要因の一つはこのあたりにもあると僕は勝手に考えているんですが、
そんな前時代的な歌謡スターの象徴でもある彼が、70年代のシンガーソングライターブームの象徴であるJames Taylorの曲を歌うっていうのがなんともアイロニカルであり、時代の流れにグッとくる感じもします。
Elvis Presleyで、「Steamroller Blues」
youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。
金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。