HIPHOPのサンプリング文化について

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

本日のテーマは…

「〝HIPHOP〟のサンプリング文化について」


  • ・サンプリング文化

金曜ボイスログの選曲担当・音楽ジャーナリストの高橋芳明さん。
初めてゲスト出演いただいたときに、僕があまりにHipHopの文化に疎いものですから、HIPHOP誕生のその瞬間からの歴史を解説いただきました。
TBSラジオの公式サイトに書き起こしの記事もアップされていますから、
詳しくはそちらも見ていただきたいんですが、ごく簡単に言うと…
HIPHOPってそもそもは、かっちょ良いレコードを見つけてきて、
そのレコードを掛けながらラップするっていう文化なわけですよ。

今となってはHIPHOPが誕生してから半世紀近く経ってますし、
もっと多種多様な方法で作られているとは思いますが、元を辿ればですよ、良い感じのジャズとかソウルとかのレコードから歌がないとこだけ繋ぎ合わせたりループさせたりして、その上にラップを乗せる。そういう文化なわけですよね。その歌のない箇所をうまいこと見つけて繋ぎ合わせることを
サンプリングなんて言います。
そのサンプリングという文化に対して僕はいまだにモヤモヤした何かこう
すっきりしない感情を抱いているわけなんです。

  • サンプリングの分かりやすい例えは…

まずは、そのサンプリングっていう制作手法が一番よく現れている事例が
あるので、まずはそれをご紹介したいんですが、以前この音楽コラムでも取り上げたSteely Danというバンド、凄腕のミュージシャンを曲ごとに取っ替え引っ替えして、スタジオミュージシャンによるオールスターゲームみたいなやり方でアルバムを作っていた70年代のバンドなんです。
彼らの代表作「Aja」というアルバムの収録曲に「Black Cows」という曲が
あるんですね。ちょっとまずは触りだけ聴いてもらいましょう。

で、この歌が入るまでのイントロの部分をループして、ラップを乗せて、大ヒットさせたラップグループがいます。
Lord Tariq and Peter Gunzというラッパーのデュオで「Deja Vu」
これも触りを聴いてください。

びっくりするくらい全くそのまんまですよね。

そもそも僕はHIPHOP詳しくないんですがこの曲だけは知っていたんですよ。なんでかって言うとお金にまつわる面白いエピソードがありまして…

  • お金ではなく、リリースをしたい

Steely Danがこの曲のサンプリング使用を認める代わりに、印税100%と、
それとは別に前金一括で1500万円くらいよこせ!っていう結構無茶な条件を吹っかけたんですね。ところがこのラッパーのデュオ、無茶苦茶な条件を
なんと全て飲んだんです。この曲は最終的に100万枚のヒットになったんですけど、印税は本人等には1セントも入らない。全額、サンプリングの元ネタのSteely Danに入る。すごい話ですけど、でもラッパー二人組はそうまでしてこの曲を出したかったんです。お金じゃなかったってことですよね。

こういうのを聴くとミュージシャン目線で言えば、心情として正直よくわかんない部分があって。例えば、めちゃくちゃカッコいいレコードと出会ったらですよ、「うわ〜これカッコいい、絶対このフレーズ自分で弾けるようになりたい!」とかってことをまず思って、練習を始めるわけですよ。

だから、それをそのままかけて作品にするっていう発想に対して「?」って思っちゃうフシがある。それとレコードの歌のない部分をサンプリングして音楽を作るってことは、コード進行とか「自分はこっちの音にいきたいな」って思っても、当然それは変えられないわけじゃないですか。
だから、逆にもどかしくならないのかな、って。それがミュージシャン的には凄く凄く不思議だったんですよ。

ただ、また高橋芳明さんが来るときはHIPHOPの話にもなるだろうし、
あんまり「知りません・わかりません」で押し通すのもアレだなと思って色々調べたり聴いたりしてたら、面白い人を見つけちゃったんですよね。
というか、HIPHOP界隈の人で初めて自分が素直に共感出来る人が現れたぞっていう。
誰かと言うと、Adrian Youngeという人です。

  • サンプリングではなく、楽器を猛練習

この人、もともとはHIPHOPに憧れてリズムマシンと古いレコードのサンプリングで音楽を作っていたんですけど、あるとき、自分はHIPHOPが好き
というよりも、HIPHOPで頻繁にサンプリングされている音楽。
つまり元ネタの方が好きなのかも、って思い始めるんですよ。
てゆうかサンプリングしてるだけじゃ、好きなコード進行で曲作ることも
出来ないし、これ自分で楽器弾けるようになってイチから自分で作った方が手っ取り早いんじゃね?って気づくんですよ。
ですよねぇ~そうこなくっちゃ。ですよ。

それで、ベース、ドラム、キーボード、ギター、ビブラフォン、ありとあらゆる楽器を猛練習し始めます。で、この人が面白いのは、自分が好きな50年代〜70年代のレコード、つまりHIPHOPの元ネタになってるようなレコードの音の質感を自分自身で再現したいって思って、レコーディング・エンジニアリングも自分で学び始めるんです。

で、今の時代普通だったらパソコン使って録音するんですけど、デジタルで録音しても当時のレコードの音にはどうしてもならないことに気付いて、
録音機材も全部アナログで、当時の機材も買い揃えて、アナログテープで
録れるスタジオも作っちゃったんです。しかも、そうやって当時の機材で
録音しても、どうしても自分が聴いて育ったレコードのあの音にならない。って悩みに悩んで、気づきます。

そうか…昔はバンドとオーケストラがせーので録ってたんだ、と。
オーバーダビングじゃダメだ、と。それで、オーケストラが入れるサイズのレコーディングスタジオを作っちゃったんですよ。

まぁ70年代のレトロなサウンドを復刻するアーティストって他にもたくさんいるんです。この10年15年のトレンドでもありましたから。
でも彼が凄いのは、そのこだわりの度合いが振り切れているということと、そして何より元々はサンプリングをする側の立場からキャリアが始まってるって部分で。僕も含め、ミュージシャンって、当時のレコードを聴いても、音楽としてしか見ることが出来ない。
でも彼は、HIPHOPの元ネタとして見るわけです。
「ここ使えんじゃん」みたいな、ある種の編集者みたいな視点でも音楽を
見ることが出来るわけです。

  • サンプリングする立場からされる立場に

しかも自分でもイチから作れて演奏も出来る人なんですね。
そんな彼のハイブリッドな感性が大いに信頼されて、今をときめく旬の
アーティストから70年代のレジェンドミュージシャンまで色んなアーティストとコラボして数々の話題作をリリースし続けている、アメリカの音楽シーンの重要人物になってしまった。

そして面白いのが、そうやって当時の機材で当時の楽器で当時のやり方で
彼が生み出した音楽をHIPHOPやR&Bの大御所アーティストたちがこぞってサンプリングし始めるわけなんです。

要は、元々サンプリングする側の人間だったのに、サンプリングされる側の人間になっちゃったんですよ。

今日かける曲はですね、そんなAdrian YoungeがAli Shaheed Muhammadと
いう、もともとはA Tribe Called Questという有名なヒップホップのグループでDJをやっていた人がいて、その人もAdrian Youngeと同じ志をもって自分で楽器を弾くようになったHIPHOP畑では珍しいタイプの人なんですが…
このAli Shaheedと2人でやっているレーベルJazz is Deadから2020年にリリースされました、ベテランサックス奏者Doug Carnをゲストに迎えた作品から一曲お届けします。「Autumm Leaves」

youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。

金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。