日本のロック、ゴスペル、2つの世界のパイオニア。小坂忠の人生~Part2~「そもそもゴスペルミュージックとは何か」

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

日本のロック、ゴスペル、2つの世界のパイオニア。小坂忠の人生~Part2~「そもそもゴスペルミュージックとは何か」


前回に引き続き小坂忠の話を…

前回は小坂忠さんがソロアーティストとしてデビューするまでの話でした。1971年の彼のソロデビューアルバムというのが、実は関わったメンツ的に日本のロックの出発点とも言える作品であったと。そういう内容でした。

さぁ、今日はこのデビューアルバムをリリースしたあとの話ですが、日本語ロック黎明期のトリビア的な面白エピソードは山のようにあるんですよ。
彼のライヴ活動のために集められた若手のバンドメンバー達っていうのが、松任谷正隆さんをはじめとして、のちの日本の音楽シーンの屋台骨になる。とか、それを細野晴臣さんに奪われて軋轢が生まれる。とか。でも細野さんと仲直りしてその結果「HORO」という名盤が誕生するとか。
でも今日はそのあたりの話は全部端折ります。何故なら今日は小坂忠さんのライフワークとも言える、ゴスペル音楽についての話がしたいからです。

キリスト教の信仰

前回お話したソロデビュー直後、小坂忠さんはご結婚されて、赤ちゃんも
生まれて、ますます音楽活動に邁進する。ところが、4枚目のアルバム名盤「HORO」をリリースした後、大変な大事故が起こります。
生まれたばかりの娘さん、沸騰したスープをひっくり返して全身に大火傷を負うんです。この事故をきっかけに彼は娘さんのために教会で祈り始める。キリスト教を信仰し始めるんです。

で、いざ洗礼を受けてクリスチャンになりますと、あちこちの教会から
「うちの教会に歌いに来てほしい」と頼まれるようになります。
なんせレコードを出しているプロの歌手ですから、賛美歌を歌いに来てください。と頼まれるわけですね。教会側としてもプロの歌手が歌いに来るとなったら良い宣伝にもなりますからね。

ところが、小坂忠さん。呼ばれるがままにあちこち全国各地の教会に行ってみますと、まともな音響設備もないわ、ロックミュージックに親しんでる人もいないわ、しかも小坂忠さん自身もお茶の間のヒットがあるわけじゃないから思ったよりお客さんが呼べなくて教会側から露骨にガッカリされるわ、
あんまり良い扱いを受けなかったんですね。

そもそもゴスペルとは…?

でも彼は、へこたれることなく、日本におけるゴスペルミュージックをもっと盛り上げたい!と言う一心で、ゴスペルミュージック専門のレーベルを
立ち上げるんですね。当時の日本ではかなり珍しい試みだったんですが、
ゴスペルミュージックとは何か?という説明をまずしないといけません。

ゴスペルって、みなさんおそらく映画「天使にラブソングを」とかの、
聖歌隊が足踏みして手拍子しながら熱唱してるのを思い浮かべると思うんですけど、実はこれはあくまでも「たくさんあるゴスペル音楽」の一例にすぎないんです。

「天使にラブソングを」的なゴスペルっていうのは、正確にはブラック・ゴスペルと言って、アフリカ系アメリカ人の音楽文化です。
奴隷としてアメリカに連れて来られた彼らがキリスト教に改宗させられて、その結果、ヨーロッパの讃美歌とアフリカのリズム文化を融合させて新しい音楽文化を築き上げたわけです。このブラック・ゴスペルが省略されて単にゴスペルと呼ばれるようになり、それが音楽のジャンル名としてすっかり定着しました。
それに対して白人のクリスチャンによって歌われる音楽はホワイト・ゴスペルと呼ばれ区別されてきたんですが、ゴスペルという言葉がブラック・ゴスペルの方を指す言葉として定着してしまったこともあって、ホワイト・ゴスペルの方は現在ではコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックなんて呼ぶのが一般的になってます。

なので単にゴスペルというとやっぱりどうしても「天使にラブソングを」
みたいな音楽を連想する人が国内外問わず多いんです。
でもそもそもゴスペルという言葉自体は、本来は福音という意味なんです。福音っていうのは、ごく簡単に言うとキリストの教えですね。
〝GOD SPELL〟神の言葉、から転じたとも言われています。

つまり誤解を恐れずにザックリ言ってしまえば、キリスト教の教えとか聖書の内容について歌ってさえいれば、どんな音楽スタイルであろうと、それはゴスペルミュージックなんです。
ヘヴィーメタルだろうが、ハードロックだろうが、ヒップホップだろうが、R&Bだろうが、歌詞の内容が聖書の教えに沿ったものであれば、それは福音を伝える音楽ですから、ゴスペルミュージックと言えるわけです。
クリスチャンミュージックと言い換えても良いですけどね。

ゴスペルミュージックと流行歌はコインの表裏の関係

で、こういう音楽っていうのは、当然教会の中で信者の皆さんによって
歌われるわけですけど、実はクリスチャン以外の人にキリスト教に興味をもってもらうためのツールでもあります。
太古の昔から伝わる古い賛美歌だけでなく、流行りのポップスのサウンドに乗せて聖書の教えを歌えば、よりキリスト教に親しみをもってもらえる。
興味を持ってもらえる。いわばキリスト教の伝道師としての役割を、音楽に担わせている、という側面もあるんですね。

なので、ゴスペルミュージックとかクリスチャンミュージックとかって、
実はそのときどき巷で流行っている音楽と双子みたいな関係になっている
ことが多いんですよ。違いは歌詞がキリスト教関連か否かというだけで、
音楽的には鏡みたいな関係というか、コインの裏表の関係にあるんです。

世俗で流行ったものが教会の中でも流行り、あるいは逆に教会の中で流行ったものは世俗でも流行るわけです。古くはバッハの時代からお互いに影響を与え合って発展して来た双子の関係なんですね。
だからデスメタル風のゴスペルだってあり得るしヒップホップ風のゴスペルだってあり得るわけです。

そしてなんと言っても欧米諸国はクリスチャンが圧倒的に多いですから、
ポップスとゴスペルの世界をアルバムごとに自在に行き来するアーティストもたくさんいます。Bob DylanもElvis Presleyもゴスペルのアルバムを出してますし、ソウルの世界ではAretha FranklinとかAl GreenとかSam Cookeも、
ゴスペルのアルバムを出してるわけですね。

それは、彼らが熱心なクリスチャンで、聖書からインスピレーションを得て作品が出来てしまうってことが一つ、そして何より、ポップスの世界で得た自分のネームバリューと音楽でもってイエスの教えをもっと広めたい。
それが自分の使命だ!っていう信者としての熱い思いが、根底にあるからなんですね。

では、日本ではどうか?

日本に話を戻します。キリスト教の信者は人口の1%にも満たないわけです。
なので、アメリカのようにお茶の間で流行った音楽のスタイルが教会の中の音楽に反映されることもなければ、その逆もなかなか起こりづらい。

だから小坂忠さんは、ポップスの世界からキリスト教の世界に身を転じて、一番最初にこのことを痛感するわけですよ。日本では、教会の外の世界での常識が教会の中では通用しない。こんなに閉鎖的で浮世離れしてたんじゃ、なかなか若い人に聖書の教えに興味をもってもらえないんじゃないか、と。自分はまず音楽の力でその壁を取っ払おうと決意するんですね。

そこで、彼はミクタムレコードというゴスペル音楽専門の会社を立ち上げまして、ゴスペル音楽シーンを盛り上げよう!と決意するんです。音楽家を
育てるためのワークショップをやったり海外のゴスペル音楽を研究したり、世俗の音楽シーンで既に活躍しているクリスチャンのミュージシャンの会合を開いたり、という活動を1970年代終わり頃から始めたんです。

さらに彼は牧師さんになります。牧師さん、つまり教会の責任者ですね。
地域ボランティア的な活動はもちろん、世界各国を牧師として飛び回って、様々な場所で慰問演奏をし1万人規模の賛美歌集会を日本で成功させたり、歌う牧師さんとしてゴスペル音楽を広める活動に尽力します。
その世界でのパイオニア的な存在になるんですね。

その間、25年近く彼はポピュラー音楽での活動は全くしていませんでした。だから一般的な音楽ファンからすると彼は70年代に名盤を残して音楽シーンから忽然と姿を消してしまった伝説のシンガーという扱いだったわけです。

2000年にポピュラー音楽の世界に再び。

でも2000年に入って、ひょんなきっかけで旧友の細野晴臣さんたちのライヴに久々にゲストで歌いまして。それをきっかけに彼はあらためてポピュラー音楽の世界にも帰ってきます。それ以降はゴスペルアルバムもリリースしながらポップスのアルバムも…ポップスのアルバムも…というか、ゴスペルとか世俗音楽とかカテゴライズが最早どうでも良くなるような素晴らしい作品をたくさんリリースされまして、数年前に癌で大手術をしたあともライヴではパワフルな歌声をとどろかせていました。

1975年の「ほうろう」というアルバムによって、日本のソウルミュージックの元祖と言われたりもしているんですが、牧師さんになってポピュラー音楽とゴスペルミュージックの世界を軽やかに行き来するその生き様もまた本当にAretha FranklinであったりSam Cookeであったりソウルシンガーのレジェンド達を彷彿とさせる、本当の意味で日本一のソウルシンガーだったなと
心から思います。あらためてご冥福をお祈りします。

本日は2013年にリリースされた小坂忠の「Nobody Knows」から
「やり直せばいい」という曲お聴き頂きます。パッと聞きシンプルな応援歌みたいな歌詞なんですけど、注意して聞きますと、「聖書に出てくる人たちでさえ~」という表現があり、さり気なくゴスペルソングになっています。この絶妙なさじ加減が2000年代に入ってポップスの世界とゴスペルの世界を行き来するようになった小坂忠さんの真骨頂であります。

小坂忠の「やり直せばいい」


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