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オンライン勉強会のチャット欄に書き込まれたコメントに心臓がぎゅっとなった話

日本語教師のオンライン勉強会に参加した。
会が始まってしばらくすると、チャット欄に質問が書き込まれ始めた。

しかし、質問だけではなく、中には「?」な、内容が連続で投稿され始めた。どこかのSNSのタイムラインでも見ているかのような、少々批判的な内容だった。

読まなければいいのに視界に入ってしまい、私の心拍数は高まり心臓がぎゅっとなった。

もし、私が勉強会の講師だったら、そのチャットに目がいってしまい、ショックを受けて話がストップしてしまうかもれしない内容だった。私が批判されたわけでもないのにブルーになった。会の雰囲気を壊されて怒りもこみ上げてきた。

同一人物からの投稿は続き、私は気が気ではなかった。

けれども、講師の先生は顔色一つ変えず視線も泳ぐことなくしっかりと私たちに伝えたいことを話し続けてくださった。

勉強会の最後にチャット欄に入っている質問に対する質疑応答の時間になった。

私は先生がどのように対応するのだろうと緊張してパソコンの画面を凝視した。

「細かいのに一つ一つ答えていると時間が足りませんので、えーっと・・・」
と先生は落ち着き払って質問にのみ答えていった。

私の心配は杞憂だった。
先生は毅然とした態度で最後まで質問に答え、勉強会は終了した。

今回の勉強会は講師の先生が主催者でもあった。主催者たる先生の対応と態度に私はほれぼれとした。

そうだよな。あそこで先生がうろたえていたら、勉強会は台無しになっていただろう。余計なコメントには一切触れず、大切なことにだけ目を向けて話してくださった先生に感謝だ。ーそんなふうに思った。

アグレッシブなSNSの書き込みなどを読んで気持ちが塞いでしまうことがある。自分に向けて書かれたものではないとわかっていてもだ。

本当に大切なことは何か、自分がしなければいけないことは何か、ちゃんと軸をもっていれば惑わされる必要はないと思わされた。

受け身ではなく、能動的に頭を切り替えることを教えていただいた。


見出し画像はKuroさんの作品をお借りしました。
ありがとうございます。

最後までお読みいただきありがとうございます。
また次のnoteでお会いしましょう。




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