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『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』「3.0+1.01」は庵野総監督からのネタバレ(ヒント)だった件

公式薄い本の新特典と7/1時点までの興行収入96.5億突破、劇場公開が7/21で終わるとの発表を聴いて正直なところ、もう一度観に行くかはかなり迷いました。

私は既に過去の記事で書いた通り初日、MX4D、BESTIA enhanced、4DXを観ていたのであとはIMAXだけだったのですが、私の仕事のスケジュール的に、上映時間を確認した時には既に都内の劇場でIMAX上映は終わっていたのです(涙)

なので5回目はBESTIA enhanced

「3.0+1.01」を観てきました(´艸`*)結局行ったんかい!

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しかもグランドシネマサンシャイン池袋の最前列、寝転がって観れる席に初挑戦。

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別にソファーが傾斜していて頭載せられるから首は疲れないけど、さすがに視線を動かさないと全体が観れない(笑)


動きのある映像だとそんなには気にならなかったのですが。エンドロールなど文字だと顕著に歪みますね。

その代わり映像への没入感はすごかったです。

この席は追加料金なしで利用できるのですが、追加料金を支払ってリクライニングのプレミアムシートでというのも予算が許す方はありかな。



さて、結論から言えば初日から5回全て”別な上映方式”で観に行って良かったと思いました。

それぞれに良かったですが、「1.01」になってシーン等の修正がどの程度かは正直分からなかったけれど、IMAXだけは何故か3.0+1.0のまま上映しきったようですね。

都合の良い解釈かもしれませんが、劇場で1.01を観れたことが本当によかったという個人的な感想と、私の中でのエヴァンゲリオンという作品世界の構造(全容)がようやく記事にできる形で固まろうとしいるのでその報告を兼ねてこの記事を書きたいと思います。

ここに至るまでの経緯はマガジンおよび有料記事を参照ください。


「3.0+1.0」から「3.0+1.01」への変化の意味

まずファンにとって足掛け四半世紀に及んだ庵野秀明とのエヴァが終わるという事で、ファンそれぞれの中にあるエヴァとの卒業式(または葬式)が「3.0+1.0」であったと総括したいと思います。

それは庵野監督にとっても物語に一つの区切り(終劇)を打つという意味だけでなく、ファンにとっても物語の完結を見届けるものでした。


しかしそうした気持ちで観終えた『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を、「3.0+1.01」という修正版が上映された事で改めて観に行くと、この卒業式(または葬式)という感傷が、不思議な物に変化している事に気付かされました。

何処が変わった?という程度に微細な変化で、観た人の見落としや誤解と絶妙な化学反応を起こし、「1.01」は物語のリブートとも捉えることの出来る可能性*を私たちに魅せてくれます。

*世界、宇宙と言い換えて表現も可能。

「3.0+1.01」のカット修正等は報道されている通り、気づく人が気づく程度で、内容(ストーリー)にも影響を与えていないと考えられます。

しかし「3.0+1.01」における最大の変化は、タイトルこそが最も大きく分かりやすい変化であり、庵野総監督からのネタバレへのヒントだと私は結論付けました(笑)

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※この英字タイトルは庵野総監督自らによる手書きらしいです。


私の中の『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の結論7/7版

「3.0+1.0」をエヴァファンとして4回も観たと言うべきか、たった4回しか観ていないと言うべきかは分かりませんが、私の中では過去の記事で挙げたとおり新劇場版になってからの「序」、「破」、「Q」は途切れた物語の同じ時系列を切り取った作品という意味です。

そして「3.0+1.0」はQの続きではあるけれど、時系列では切り離された別な話(純然たるQと地続きではない)という解釈でした。

なんのこっちゃという方は過去の記事を参考にしていただければと思います。


誤解を恐れずに言うのであれば「3.0+1.0」は初見の人向けのタイトルというのが私なりの解釈です。

解釈なので人それぞれ好きなように感じたものがその人にとってのエヴァで良いのですが、「3.0+1.01」はいわば二回目以降の方向けのタイトルと言えるでしょう。

何故なら二回以上観ると、庵野総監督以外によるエヴァ作品の外伝的作品やオマージュ、公式同人(カラーによる庵野監督以外が創るエヴァ)のような「ロボットとしてのエヴァのいない世界」(新世紀)がそれまでより一層色濃く感じられる作品に仕上がっているように感じられたのです。

これは恐らくいきなり「3.0+1.01」を観た人より、「3.0+1.0」を観た上で「3.0+1.01」を観た人であればより感じられる部分ではないでしょうか。


例によって私は公開初日から3月末までといいつつ、今月に至るまでAditionalTimeを繰り返し、考察ブログやネタバレ動画を観ずにいるので、これが既にファンの間で当たり前になっていることに気づいたら有料記事を止めようと思います。

期限は7/21の終劇になるまでに、私の眼にそういう考察が見当たらなそうであればこのまま有料でいこう。(´・ω・`)ドウセオマエコウサツドウガトカミナイジャン…

よし、そうしようとこの記事を書きながら今、決めました。

その場合はDVD/BD発売日まで少しずつ値上げしよう(笑)

マガジンが一番お得ですよ!自信あるんだけどなぁ (๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ.


さて、私の中で「3.0+1.01」を含んだエヴァンゲリオンという作品シリーズの全体像を表すとこうなります。

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正直、前回とかなり変わりました(爆笑)

絶対自信あったのに!!(・へ・)ゼッタイナンカコノヨニナインダヨ

何が50点だよ。1/4以下じゃねーか!(笑)

上映初日からずっと考えていたわけではないのですが、「3.0+1.01」を観た時にピタッとこの構図が見えてきたのです。


で、ここからは何故そう考えたのかの考察です。


多くの人が考えている作品構図

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前回までの私の仮説構図(速攻まとめ)

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「+1.0」から「+1.01」への違和感

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「3.0+1.0」だけだと特に違和感を感じることもなかったのですが、「3.0+1.01」というのを観た途端に違和感を覚えました。

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この違和感の正体は「3.0」が小数点第一位なのに対して、「1.01」が小数点第二位までの表記になっているからでしょうか。

数学では桁表記はそろえるのが原則ですが、「0」は省略してよい事になっています。


また英語では「101」は基礎編とか入門編のような意味のスラングになります。

つまり「3.0+1.0」で「これが分からなかった人へ」的なニュアンスで庵野総監督からの挑発的であり、かつ親切なネタバレをこのタイトル修正でしてくれた可能性が私はかなり高いと思います。


さてこうした表記上の問題もさることながら、どう見てもこの「+1.01」が「1.Φ1」に見えて仕方ないのですが(笑)

皆さんにはどう見えているでしょうか?

そう、つまりまるで1と1が左右対称のように思えます。

一体何が…。

まるで「Φ(ファイ)」のよう…。え?

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磁束ですか?何を束ねたのですか?(笑)


磁力って、眼に見えないですもんね(*´з`)思考停止…

あぁ結局、ここに戻ってくるわけだ。

過去のED仮説検証記事で解説した「表現しないことで表現することを描く」というアレですね。


また、これまでもDVD版では小数点第二位までが確かに表記されてきました。

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しかし上映中に作品を差し替えるということが、例え軽微な修正とはいえ常識的には考えづらいように思えます。(庵野総監督は普通じゃないから常識など通用しないでしょうけれど)

映倫の番号とかどうなっているんだろう???誰か検証していますか?

1.01は121619だっけ?


3.0と1.0(1.01)は何処から何処で区切る?

不思議です。「3.0」の方は何故か「3.01」ではなく、「3.0」である点も注目するべき点だと思います。

この「3.0」とは何処までなのかですが、4回目の劇場鑑賞まではシンジがクロナミさんと別れて泣き目を腫らしてAAAヴンダーに帰ってくるまでとも思ったのですが、いやいや違うと思い改めました。

「1.01」を観て思ったのは、ヴィレがパリのコア化を解除してユーロネルフから弐号機のピックアップをするところまでだと考えました。

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「何処にいても必ず迎えに行くから待っていなよ、ワンコ君」という所ですね。

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この後、劇場ではOP(アスカ、クロナミさん、シンジがコア化した世界を歩くところ)が流れるのですが、そこからは「+1.0」もしくは「+1.01」だと考えました。


何故ならOPが流れるということは、ここが本編の開始点(Aパート)と考えられるからです。

※Bパートはテレビ版のジングルと同じ、「TRICE UPON A TIME」が表示されるところから。

リツコが「ミサトを甘やかすとロクなことがない、私の経験よ」と皮肉を込めていう所。

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Adobe Premiereへの構造リスペクト

記事タイトルでも触れましたが「1.01」に際して行われたカット単位での修正については庵野総監督からファンへのネタバレ(ヒント)であると私は捉え、現場で働く多くのスタッフの編集シーンをイメージしました。

するとAdobe Premiereのこういう部分(編集画面)が連想されたのです。

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そして小数点第二位までというのは、動画編集をしているとぶち当たる映像表現の最小単位であることに思い至りました。

映画は1秒間24コマ(単位fps,実験的作品などは例外的に60コマ)で表現していますので、つまり1コマは0.25秒=1/4秒(60コマなら0.1秒=1/10秒)を意味しています。

つまり映画表現における1コマの最小単位は小数点第二位までなのです。

またシン・エヴァンゲリオン劇場版:||には事前公開された「10分40秒00コマ」というのがあります。

これも思えば小数点第二位(00コマ)までと言えるのですよね。

そうなるとDVDでリリースされる時などに使われていたバージョンであると同時に、それらも含めてすべて伏線だったとしたらどうでしょうか?

尚、Adobe Premiereへのリスペクトはもう少し続きます。


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