課題山積みな博士論文の研究に関して、あれやこれやと言って良いですか?
こんにちは。博士論文について、あれやこれや語ります。語ってはいけないのかもしれないけど、語りたいです。なので、書きます。具体的には、博士論文を書いていて、色々と思うことがあるのです。
①博士論文のテーマ:多義性の解明
僕の博士論文のテーマは、大まかに言えば「多義性という複雑性をときほぐす」ことです。その方法の切り口として「多義語のパラドックス」と言われる現象について取り上げます。具体的には、どうすれば、これまで話者の判断に委ねられてきた多義性という複雑な現象を1つの包括する理論としてまとめられるかということを調べています。
多義語のパラドックスについては、以下の記事に書きました。もしよろしければ参考になさってくださいませ。
そもそも、多義性というのは「1つの言語形式に複数の関連した意味のある言葉」です。1つの言語形式に1つの意味しかない言葉を単義語、1つの言語形式に複数の意味があるが、意味の関連性が全くない言葉を同音異義語と言います。そうなると、いくらかの問題が浮かび上がってくるのが厄介なところです。具体的には「多義語とは何か?」という根源的な問いを追求することになるのです。
②辞書の大半の言葉が「多義語」
辞書を見れば、複数の意味がある言葉が大半です。逆に、固有名詞くらいしか(それか一部の誰も使わないような専門用語くらいか)単義語というのはないのではないでしょうか。
もちろん、それには「単義語は存在するのか」というテーマだけで、論文が書けてしまいます。もちろん、そのような研究をしたものはあります。単義語は存在するのか、というテーマはそれほど多くもないですが、研究者の的になっているテーマです。いろいろな結果が出ていますが、大体はほぼ大半の言葉が多義語に分類されます。
つまり、意味は無限に生成することができる。その意味では、単義語というのはないでしょう。
意味論の研究者として、それは無視できない現象です。意味論というのは言葉の意味を扱う学問分野ですが、意味論を扱う研究者として、意味に対するスタンスをとることができると思います。
すなわち、辞書に載っている意味だけを扱うのか、そうではない「言外の意味」まで扱うのかという問題があるのです。仮に「言外の意味」を扱うならば、その言外の意味をどの程度まで広げて、どのようにカテゴライズするのかということは研究に値することになるでしょう。
③使用基盤モデル
基本的に、認知言語学は、個人の言語経験というのをとても大事にしている傾向にあります。その1つの例として、前置詞の多義性を分析するときに使われる「イメージ・スキーマ」という理論を例に取りましょう。
このような、イメージ・スキーマというのは使用基盤モデルの一つの例とされています。また、イメージ・スキーマと似た理論に、意味拡張の理論があります。すなわち、メタファー・メトニミー・シネクドキーです。それについては、以下の記事を参考にしていただければと思います。
④何を持って意味拡張を決める?
さて、ここで問題にしたいのは、ある言葉の意味の中心着が仮にあったとして、何を持って、メタファーとして、メトニミーとして拡張したのかということです。
これについては、瀬戸賢一先生の多義ネットワーク辞典が非常に参考になります。しかし、ここで申し訳ないのですが、一つ疑問があります。
有名な学者が書いたものをそのまま鵜呑みにしていいのか?
ということです。学問というのは、日々進化していきます。それを鵜呑みして、それを研究で使用する場合には、なぜその学説を支持したのかという理由が必要です。あいにく、それについては理由が挙げられませんでした。意味拡張に関するスタンスが異なっているからです。
⑤意味概念と意味:微妙な違い
意味概念と、意味というのも大きく異なります。意味論を研究しているならば、概念は文脈と独立したところにあり、意味というのは文脈という変数によって決定してくると言われる論文を読んだことがあると思います。もちろん、言語哲学の世界では、そのような考えではない。ならば、個人が意味に対してどのようなスタンスをとるのかを明示しないといけませんね。
⑥どのようなスタンスを取るのか?
その上で、自分はどんな言葉をどのように分析することで、多義性というのを解明していくのか決めていく必要があります。もっというと、どのように多義性を調べるのか、ということも大事です。
用例を集めるのか、集めるとしたら、自分でとるのか、人手実験により取るのか、コーパスから取るのかなどと言ったことです。コーパスの場合は、どのコーパスから、どれくらい多くの言葉をとるのかということも大事になります。また、多義性というのは異なる言語を比較することによって見えてくることもあります。
⑦言葉を選ぶという壁
そうなると、言葉の選定の問題にぶち当たります。僕は多義性の中でも英語の多義性について解明したいです。それは上述した、多義語のパラドックスという視点から観察していきたいと思っています。
多義の言葉についてはこれまでいろんな言葉が分析対象になっています。特定の言葉をあげて、その1つの言葉について多義性を調べるということもありましたし、2つ、3つという研究もあります。しかし、考えてみると、そのような研究は当たり前のように出ていて、正直なところ、これ以上の新規性を出すのは厳しいです。ならば、他の方法で、多義性を包括する理論を構築できないかと思うわけです。
⑧多義を集めて、どう分析する?
では、その、仮に集めた50個の多義をどのように分析するのか。それにも様々な方法があるでしょう。
1つ言えるのは、もう50個くらいになってくると、用例採集は使えないということです。ただでさえ数が多いし、何よりも用例採取というのは、言語学者が作ったものですから、研究に有利に働くというバイアスもあります。
それに、言語学にも用例採取ではなく、量的な方法ー代表的なのはコーパスによる方法ーが使用されています。近年では分布意味論という自然言語処理を使用した言語学の解析方法も多義性の解析の1つに加わっています。文例を仮に、定量的な方法だと、コーパスから使用するとして、どれだけの文章を持ってくるのか。どのように意味を付与してタグづけするのか。自然言語処理ツールを使うならば、どのツールをなぜ用いたのかということを説明する必要があります。
単語の選定から何から何まで、自分がどのような意味のスタンスを取り、どのようなことを調べたいから、このようなツールを使った。それを説明する必要がある(あいにくそれについてはまだできていなくて、あと1年の課題になります)。
⑨結果が出て、すぐに応用はできない
では、結果が出ました。教育に応用?そうはいきません。よく、応用認知言語学の論文では、認知言語学の知見を半ば鵜呑みして、教育の応用だけを理想的にかいた論文が散見されます。
ここで、問題ですが、認知言語学の知見を英語教育に応用することは、本当に妥当と言えるのかという問題です。実はそのことについても、数多くの論文が示唆されています。それこそ、特定の単語を選んで、その多義性を解明して、この単語はこのように教えるというミクロなものから、それらの論文をまとめたレビュー論文まで存在しています。つまり、認知言語学の知見をそのまま英語教育に応用することだって議論の余地が残されているということです。それで1つの論文になるでしょう。
途中で「使用基盤モデル」というのを書きました。使用基盤モデルは、言語使用が言語の意味を決めるということです。しかし、考えてみると、仮に使用基盤モデルを軸にして、自然言語処理のツールで意味について調べて、それを教育に応用するとなると、どのように教えるのかという指導法の研究にも繋がります。多義というのは種類があるということは、これまで幾らかの研究で明らかにされています。中には、多義語の関連度合いについてタグづけしたという自然言語処理関連の研究もあるので、面白いです。
⑩新規性?それはどこ?
ここまでまとめてみて、自分はまだできていないということを思い知らされます。さて、最後に新規性の問題を見てみましょう。僕の博士論文は上述の通り、多義性という現象を多義語のパラドックスを切り口に分析するというアプローチをとっています。確かに、それ自体に新規制がある。今までそれを切り口にした研究は数少ない。また、僕のみたところ、その多義後のパラドックスに対して、定量的に扱った研究というのはないです。いや、本当にないと言って良いでしょう。では、その「定量的」にしたことが僕の研究の新規性なのでしょうか。そうではないはず。定量的に多義性を調べた研究というのはあって、それが、多義語のパラドックスを切り口にしたものではないという点は新規性にならないでしょう。では、どこに新規性を求めるのかということについても考える余地はあります。
まとめ
以上、課題山積みの博士論文ですが、頑張って研究していきたいと思いますね。上にも書いたように、1つの言葉の中に複数の意味が認められるのはよくある言語現象です。辞書の意味記述、学習指導法、言語理論の拡張などなど様々な視点から多義性というのは、汎用性?のある領域だと思います。頑張って、博士論文まで仕上げていきたいと思っています。
博士課程修了まであと1年。あと1年後には修了していると思いたいですねえ。まあ、1年後の僕がこれをみて「未熟だな」と思えるくらいの博士論文を書けたらいいなと思います。今年度は4本の査読付き論文がアクセプトされました。こうしてみると、研究というのは終わらないです。もちろんのこと、博士論文はライフワークではないので(僕は研究者になるための免許だと思っています)、博士号、早く取りたいです。良い論文になるように頑張っていきたいと思います。
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