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ブロッホ:組曲「バール・シェム」 シャシディ教徒の生活の3つの情景

 エルネスト・ブロッホ(1880-1959)は、スイスで生まれ、後にアメリカに渡ったユダヤ人の作曲家である。彼はユダヤ民族主義をモットーとし、ユダヤ的な性格の濃い作品を数々残している。ブロッホやシェーンベルクらにより、ユダヤ教会の芸術音楽は豊かさを増していったのである。ブロッホはイスラエルの切手にも登場する。この切手は1995-96年、音楽家シリーズの一つとして発行された。
 「バール・シェム」は1923年の作品で、「ハシディズム教徒の生活の3つの情景」という副題を持つ。バール・シェム(1698-1759)は神秘主義者、法悦主義者であったバール・シェム・トーヴと呼ばれた、イスラエル・ベン・エリエゼルのことを指す。彼はユダヤ教の一派としてシャシディ教を開いた教祖でもあった。このシャシディ教はユダヤの神秘哲学を基礎として誕生し、快楽的な行為を教徒に勧めながら、神のみ名による行為は全て善であり、いかなる罪悪も祈りによって償われるとした。
 この作品は、シャシディ教徒の生活感情を示したものであるが、ブロッホの亡くなった母への思い出の曲として書かれたものでもある。作品はユダヤ教の聖歌の特徴を取り入れ、リズムはその聖歌と同じように自由で変化に富んでいる。音の動きはヘブライの旋法の独特さを見せ、第6音を下げたミクソリディア旋法や増2度音程も使用される。ヴァイオリンの特性を存分に生かした作品である。


第1曲:ビドゥイ(Vidui)


ビドゥイとは「懺悔」という意味で、汚れた魂を抱いて教会に戻ってきた罪ある人間の懺悔の感情を表わした曲である。ヴァイオリンの滑らかで訴えるような歌で始まる。ユダヤ教の礼拝のときの音楽で聴かれる5度音程の下降も認められる。最後は礼拝の聖歌に似て、ヴァイオリンによるメリスマ的な動きが現れる。

第2曲:ニーグン(Nigun)


この曲は「バール・シェム」の中でも最も有名な曲であり、独立して演奏されることも多い。ニーグンとは「即興的」という意味であるが、悔悟という第一の勤行を終えた者が神に許しを願う祈り、と考えることもできる。懺悔を終えた者による、熱くラプソディックな曲である。

第3曲:シムカス・トーラア(Simchas Torah)


シムカス・トーラアとは「歓喜」という意味であり、ユダヤの民へのシナイ山上の神の示現に対する歓喜が描かれている。毎年行われる祭りの音楽であり、祈りの後に繰り広げられる歌と踊りの様子が表される。ヴァイオリンで舞曲風な主題が奏され、それがピアノに受け継がれる。途中、朗唱的な旋律や民族的な旋律が主題を挟んで現れる。曲想は次第に激しくなり、華やかに曲を終える。

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