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術後のリハビリそして退院へ

私が入院した病院は自宅から約30分程の距離で、比較的都心に近いながらも落ち着いた住宅エリアにある。
病棟が高層階だったこともあり、見晴らしは抜群。夜ともなれば東京の夜景が広がる。
遠くに見えるビル群の中には東京タワーの姿もある。あの向こうに職場も含まれているだろう。
浮かび上がる無数のビルの光と、その屋上で点滅する赤色灯。星の瞬きにも似た煌めきが、たった数日で懐かしく心を揺さぶる。
病を機にしっかり休息したいと思いつつも、一方であの光の中に早く戻りたいという気持ちが募る。

上京して間もない大学時代、
「『◯万ドルの夜景』って言ったりするけど、夜景なんかより星空の方がいいよね」
とサークルの先輩と話した覚えがある。
今でも星空は好きだけど、いつの間に夜景がこんなに魅力的だと感じるようになったんだろう。


手術の翌日、リハビリ指導ということで別室に呼ばれた。
体を動かすには早すぎるように思うが、早期リハビリを開始することで、腕の可動がだいぶ違うらしい。
部屋には椅子と大きなTVモニターが設置されており、私と同じく前日に手術をした患者が4人ほど集まっていた。
看護師は全員が揃った事を確認すると、TVモニターをつけてDVDを起動させた。
白い背景に、青の創英角ポップ体が謎のダサ・ムーブで表示されていく。
(嗚呼、懐かしきムービーメーカー!)

「みなさん、手術おつかれさまでした!」
「術後のリハビリはとっても大切です」
「これから一緒に、練習をしましょう」


文字がゆっくりとフェードアウトすると、明らかに当院の看護師と思しき女性がリハビリ実演要員として映し出された。
と、同時にBGMがスタート。
思わず私は息をのんだ。
穏やかなビアノ演奏で始まるその曲は、Bob Acriの「Sleep Away」である。
かつて私が辛い残業をしながらこっそりと繰り返し聞き続けた曲、東京砂漠で呼吸を続けるための命綱であったWindows Media Playerのサンプル曲…!

妙にエモい気持ちになりながら腕をゆっくりストレッチ。傷口ではないどこかがチクリと痛む。


このリハビリが功を奏したのか、通常10〜14日ほど入院するところを、我がボディは驚異的なスピード回復を見せつけ、まさかの術後4日(!!!)で退院することになってしまった。

同時期に入院したマダムに「嘘でしょ!?」と驚かれ、笑顔で見送られて病院を後にする。
次回の外来診療は、病理検査の結果が出る1ヶ月後。

まだ第2形態での生活に慣れていないため、自分の体なのにどう扱えば良いか困惑してしまう。
術後の胸は、麻痺したまま。傷は透明なテープで保護されたまま(数日後、自分で剥がすよう言われ恐怖)。シャワーだってやっと浴びたのに。
マジで大丈夫? いや今この瞬間は大丈夫だけど、痛みとか傷が開いちゃったりとか皮膚とか…色んな事が怖い。

…とか何とか言いながらも、退院直後から外出をキメた私である。
(その日友人がはるばる大阪から私を見舞いに来てくれたのだが、入れ違いになるというハプニングにより、フツーにパフェを食べにいった)
動くと体に響くので、そろりそろり、平安貴族のように牛の歩みではある。


術後、約2週間で感じた体の変化について。
傷口は縫っておらず透明な医療用テープで覆うように止められていて、炎症や状態の変化が見られるようになっている。防水のためシャワーもOK。黒いマジックで線を引いたようなかさぶたが見える。
術後1週間で恐る恐るテープを剥がすと、貧弱なふやけ状態ながらきちんとくっついていた。麻痺のせいだとは思うけれど傷口自体は痛くも無いので安心した。

乳頭乳輪を温存しつつ全摘手術を行った場合、拘縮といって乳頭の位置が少しだけ上にいくらしい。
中を抜いたぶん弛んで下にいくと思っていたので不思議だ。
乳腺を取り払った胸は少し固く、抜いた分軽くなっているハズなのに感覚としては鉛の板を入れたように重い。
そして違和感。高熱があるときに体がさざめくような、ゾワゾワとする感じが濃縮されて右胸にある。それはじっとしていると気にもならないが、歩くと振動で意識がそこへ行く。
また鎖骨の下辺りに発生する肌の痒み。感覚がぼやけている故に、掻きすぎて皮膚が傷つかないか心配。
乳頭はいつ血が出たのか、下半分かさぶたで覆われている。感覚はほぼ無いので怖くて極力触らずにいる。

ぱっと見の異質な感じは仕方ないとして、ファーストインプレッションで感じた「砂かけババア」の恨めしさ・陰鬱さはずいぶん薄れた。
鎖骨の辺りのえぐれた感じも少し、なだらかになっている気がする。

あとは背中や肋骨の真ん中辺りなど、何故ここが?という場所が触ると打撲したように痛む。
腕の可動域としては50度くらいまではスムーズに上がるが、それ以上は脇がつる感じがあって、左手でゆっくり押し上げてなんとか90度といった感じ。

これから体はどう変化していくのだろう。
2週間ほど休んでいた仕事も、来週からついに復職。
またあのピアノジャズを聴く日々が訪れるのだろうか。確実に変化するワークスタイルに適応できるだろうか。

とにかく今は体調優先で過ごしつつ、人体の神秘を注視していきたいと思う。

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