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レッドピルVRとリアリティの境目

レッドピルVRをご存知だろうか。映画「マトリックス」の中で、キアヌ・リーブス演じるニオが、赤い薬か青い薬かを選ばされるシーンを覚えていらっしゃる方も多いだろう。あの赤い薬が「レッドピル」という訳である。

レッドピルを選んだ貴方は、ヘッドセットをつけていわば「音楽の森」に迷い込む。森とはすなわちヴァーチャル・リアリティの中で体験できるパーティ。最近はゲーム「フォートナイト」の中で、マシュメローやトラビス・ナイトといった人気アーティストのライブ目当てに人が集まっている。ああいったものと同じではあるのだが、すべてが音楽に合わせてリアルタイムに動いているところが違う。


赤い薬

実際に体験してみて分かった。レッドピルVRでは「もうしばらくヘッドセットをつけてこのまま浸っていたい」と思わせる空間が広がっていた。別に踊らなくても、すぐそばにいる人と何かしら対話するだけでも、気持ちいい。ゲームの世界ではないので、何か目的があるわけではない。ただ思いつくまま木に登って踊る人たちを見下ろすも良し。あるいは突然小さくなって足元にあったキノコの傘の下に入るも良し。

リアル空間のDJがリアルタイムでどこかでプレーしていれば、レッドピルの中ではDJのアバターが音楽に合わせてDJっぽい動作をリピートしている。もちろん自分の好きな音楽を選んで流すのもありだ。すべての周りの人(というかアバター)、目に見える自然(というかデジタルの3Dバックグラウンド)が音楽に同期して動いている。それを活かすのは貴方次第、というわけだ。

青い薬


さて、これも業界経験の長い知人から聞いた話。ある音楽を題材にした映画のプロモーションで、このレッドピルVRを利用できないか、映画会社から問い合わせが来たのだという。さっそくレッドピルVR社は簡易DJセットとDJを引き連れて、デモに行った。二人分のVRゴーグルとジャケット(音楽の振動が直に体に伝わるなくてはならないもの)を持参して。

映画の中には人間よりも小型のキャラクターが登場する。もしレッドピルVRの中でそのキャラクターになってパーティに参加することが出来たらどうだろう。映画の冒頭に登場するDJが、レッドピルVRの中でDJをしていたらどうだろう。映画のテーマ音楽が流れる中、キャラクターのアバターが集まってパーティはどんな盛り上がりを見せるだろうか。様々なアイデアが出て、デモは大好評のうちに終了した。

「さあこれで新しいVRコンテンツの仕事を受注できそうだ...」とレッドピルのクルーが思ったかどうかは定かではない。そして、物事が常には上手くいかないのが現実(リアリティ)というヤツである。「映画会社がVRの制作費に驚いた?」いやちょっと違う。「VRが技術的に映画会社の要求に満たないことが分かった?」いやそうでもない。

リアリティ

映画会社が言うには「うちがキャラクターを提供するから、貴方がVRを制作してそれをみんなに見せていいよ!(もちろんVRのいい宣伝になるよね?)」翻訳すれば「うちのキャラクターの使用料をいただきます」ということだ。じゃあVRのコンテンツ制作は...自分たちの懐から賄うしかないのである...。(映画会社が何処かからスポンサーを連れてこない限り、だと思うけど。)

後日この話はなかったことになった、と聞く。誰もが迷い込みたいと思うヴァーチャルな世界の構築。それには現実にやりとりされているお金が必要なのである。レッドピルVR自体も、ベンチャー・キャピタルからの投資があってこそ運営されている。

「赤い薬を飲めば、不思議の国で暮らすウサギの穴の奥底へ降りていける」とモーフィアスは言っていた。「赤い薬」をつくる人たちは毎朝「青い薬」を飲まなくとも、朝起きて会社に行きコンピュータに向かってVRのコンテンツをつくリ続ける。それを可能にするのは、お給料という名のお金。ただそれだけの話しである。

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