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『正チャンの冒険』における正チャンのルックスの変遷 【前編】

東風人(樺島勝一)と織田小星(織田信恒)による『正チャンの冒険』は、今からちょうど100年前の1923年1月25日発行の「アサヒグラフ」創刊号で連載が始まり、その後、1926年5月18日まで3年超にわたって「朝日新聞」や「アサヒグラフ」で断続的に連載されました。

  • 1923/1/25〜8/31(アサヒグラフ)

  • 1923/10/20〜1924/8/20(朝日新聞)

  • 1924/3/12〜1924/8/27(アサヒグラフ)

  • 1924/10/5〜1925/10/31(朝日新聞)

  • 1926/2/12〜1926/5/18(朝日新聞)


『こち亀』の両さんや、『ドラゴンボール』の悟空をはじめ、マンガの世界では連載が長く続くと、絵がこなれてきたり、作中でキャラクターが成長したりといった理由で、見た目に変化があらわれるケースがよくみられます。

そこで、今回は、『正チャンの冒険』における正チャンの見た目の変化についてまとめてみました!
※専門的・学術的な研究によるものではないことをご理解のうえお楽しみいただけますと幸いです。

まず、我々が「正チャン」と聞いて思い浮かべる、典型的な正チャンの姿について確認しておきたいと思います。Googleで画像検索して上位に表示されるものを見ても、こちらの画像のイメージをお持ちの方が大多数ではないでしょうか。

『正チャンの冒険』樺島勝一・織田小星(小学館クリエイティブ/小学館)

特徴としては、

  • その名を冠した「正チャン帽」(ぼんぼりがついたニット帽)

  • たまご型のつるんとした顔

  • 黒一色のつぶらな瞳

  • スラリとした体型

  • ジャケット(もしくはコート)にネクタイ

  • 短パン

  • 膝下で折り返したハイソックス

  • 革靴

といったところが挙げられると思います。

それに対して、連載第一回目の正チャンがこちらです。

『正チャンのばうけん』第1話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

かなり印象が違いますね・・・。
まず象徴ともいえる正チャン帽ではなく、学生帽をかぶっています。ドカベンの岩鬼や男塾の冨樫など、後年学生帽を着用した人気キャラクターが多く生み出されますが、ひょっとすると正チャンが元祖かもしれません。服も少し学生服っぽい感じがします。

短パン、革靴、ハイソックスはすでに着用してますが、ハイソックスの感じが膝下で折り返したキリッとした感じではなく、少し「クシュ」っとした感じでルーズソックスのような感じで履き崩しています。そのことが足首部分、ひいては全体のフォルムのシャープさを欠く原因となり、我々が正チャンにもっている「シュッとした」イメージとの乖離を生んでしまっているかもしれません。

というより顔が全然違います。設定ではおそらく少年のはずですが、その割にほうれい線のようなシワがくっきりと描かれていて「おっさん」のようにも見えてしまいます。現代の感覚と当時の感覚の違いのなせるワザかもしれませんが、少なくとも現代の我々の感覚からすると、こちらのキャラクターが後年、全国の少年少女たちを虜にする大人気キャラクターになっていくとは、かなりの敏腕編集者でない限り想像がつきにくいのではないかと思われます(ただ、これが当時の愛される表情だったという見解もあるようです)。

『正チャンのばうけん』第2話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

第2話目の前半ではほうれい線が消えますが、後半は出ています。12話・13話では表情豊かな様子をみせており、黎明期におけるマンガ的表現の模索の様子がうかがわれます。後半はこういった表現はあまり使われなくなるので、かなり貴重なシーンです。

『正チャンのばうけん』第12話(「日刊アサヒグラフ」1923年)
『正チャンのばうけん』第13話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

通算18話目から新シリーズとなり、舞台が雪山ということもあってか、初めて「正チャン帽」をかぶった姿で登場します。ですがまだほうれい線がくっきりと残っており、我々がイメージする正チャンとは少し乖離があります。

『正チャンのばうけん』第18話(「日刊アサヒグラフ」1923年)
『正チャンのばうけん』第28話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

通算28話目からまた新シリーズとなり、舞台は雪山ではなくなりますが、引き続き正チャン帽をかぶっています。服はセーラー服のようなものを着ています。その後通算36話目からのシリーズではジャケットを着用し、我々のイメージにかなり近づいてきます。ただほうれい線は目立たなくなったものの、顔のイメージが少しまだ安定せず、違和感を感じます(鼻の下が長いんですかね??)。

『正チャンのばうけん』第37話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

その後徐々に絵柄もこなれてきて、順調に我々のイメージする正チャンに近づいてくるかと安心していたら、なんと通算63話目からスタートのシリーズでハンチング帽を着用した探偵コスプレを披露します。同シリーズは、とある侯爵からの依頼で失踪した娘さんの行方を調査するという筋書きなのですが、意外と形から入るタイプなのかもしれません。なお、同シリーズでは宇宙服のような潜水服姿も披露しており、そちらも必見です。

『正チャンのばうけん』第64話(「日刊アサヒグラフ」1923年)
『正チャンのばうけん』第65話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

今回、連載版の全話(800話超)を確認してみてわかったのですが、正チャンは必ずしも正チャン帽をアイコンとして常に着用していたわけではなく、夏には夏らしい涼しげな帽子を着用したり、そもそも室内では帽子を脱いだり、冒険先が外国だったりするとその土地柄に合わせた服装をしたりと、かなりTPOを意識した格好をしています。意外でした。

通算86話目からのシリーズでは学生帽を颯爽と着用し、原点回帰した姿を披露してくれます。ただ、この頃はすっかりほうれい線は登場しなくなり、顔のイメージはだいぶ我々のもつイメージに近づいてきています。

『正チャンのばうけん』第87話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

また、通算106話目からのシリーズで着用したこちらの帽子。

『正チャンのばうけん』第106話(「日刊アサヒグラフ」1923年)

なんというスタイルの帽子なのかはわからないのですが、少し中国っぽい形状で、この後、正チャンのお気に入りのスタイルとしてかなりの頻度で(特に夏場)着用することとなります。しっかりと数えたわけではないのですが、体感的には正チャン帽とほぼ互角の着用頻度で、場合によってはこちらが「正チャン帽」として子供たちに人気が出るといった世界線があったかもしれません。

その後、1923年8月31日をもって掲載誌であるアサヒグラフが一旦廃刊となってしまい、それに伴い『正チャンの冒険』の連載も中断してしまいます。まだ正チャンの見た目も、我々がイメージするものにはなっていませんが、その後どう変化していくのでしょうか?

続きは【後編】(7月13日更新予定)をお楽しみに!