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秋の便り

静かな秋の朝、山の中腹にある小さな村。古い木造の家が並ぶ中、一軒の家の前に年配の女性、春子が立っていた。彼女はそろそろ90歳に手が届くが、その背筋はまだピンと伸びている。

毎年この季節になると、春子は朝早く起きて庭先に出る。今年もいつもと同じように、朝露でしっとりと濡れた庭の草花を見回していた。ふと、彼女の目に何かが映り、足を止める。小さな木箱が、家の玄関前にそっと置かれていたのだ。

「またか…」

春子は静かに微笑み、箱を手に取った。その箱の中には、真っ赤に色づいた林檎が三つと、手紙が一枚入っていた。

「秋がやってきました。お元気ですか?また会える日を楽しみにしています。」

手紙は短く、簡潔な内容だったが、それが誰からのものか春子にはすぐにわかった。彼女の幼馴染で、隣村に住む太郎からだった。

春子と太郎は、子供の頃からの友人だった。お互いに照れくさくて、言葉にすることができなかったけれど、二人の間には特別な絆があった。戦争が終わり、春子はこの村に残り、太郎は隣村に移り住んだ。遠く離れてはいるものの、毎年こうして秋になると、太郎からの贈り物が届くのが恒例となっていた。

春子は林檎を手に取り、一つかじってみた。甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がり、彼女はそっと目を閉じた。これを食べるたびに、太郎との思い出が蘇ってくる。二人で駆け回った山の中、川での魚釣り、夏祭りで一緒に踊った夜…。

「今年も、ありがとうね、太郎さん」

小さくつぶやくと、春子は手紙を大切にしまい、もう一つの林檎をかじりながら、ゆっくりと家の中へ戻っていった。

彼女の心は、昔と変わらず温かい絆で満たされていた。秋の風が優しく吹き抜ける中、春子の笑顔が、庭の花々に囲まれて一層輝いて見えた。


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