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サリヴァン入門雑感〜個人的なことと、呪いについて

『ハリー・スタック・サリヴァン入門』を読んだ。

個人的なこと

 ある種の読書体験によって起こる治療的な感覚というか、自分自身の傷が手当されるような体験がある。自分のことが書いてある、的なヤツである。サリヴァンの精神科セミナーでもそういう感覚はあり、本書でも同様だったので、やはり自分はサリヴァンが好きなのだろうと思う。例えば

サリヴァンは「青春期にいる若者の最初の異性愛の試行体験が惨めだった場合の数は山ほどある。時には以降の人格の成熟過程で高いツケを払わなければならない。」と述べている。

p.182

とか

サリヴァンの描く人間は、フロイトによって描かれた欲動に駆り立てられ快を希求する人間ではなく、学び考えて人間を希求する存在である。

p.115

とか

…サリヴァンは運命の役割を真摯に受け止め、不運、気まぐれ、未知のものにふさわしい場所を与えた。

p.115

とか。Twitterに残したものを含めるときりがないが、フレーズ単位でもいっぱいある。3つ目は日本語訳が麗しくていいよね。

 そもそも、私がサリヴァンに惹かれた直接のきっかけは、中井久夫が統合失調症の治療に関する神話に接したことだった。サリヴァンは治癒という概念を好まなかったようだが、統合失調症を治癒する病気として扱い、対人関係の中で治療していくという物語は、私が対人援助職を志し、またどのようにクライエントと関わっていくかの指針に大いに影響を与えた。でも、それは神話だった。私にとっての呪いは、中井によってもたらされた治癒神話でだった。
 本書を読み終えたとき、サリヴァンが統合失調症を治癒させたという話が必ずしも正確ではないことを知ったうえで、やはりサリヴァンはいいな、と思ったのも事実。その意味では、私はサリヴァンと中井との間にある呪いから自由になった、のだろうか?

わたくし統合失調症論とサリヴァン

 中井がサリヴァンを引いて言う「治る病気としての統合失調症」は私に大きな影響を与えたが、仕事で経験を積み、様々なことを学ぶうちに、彼らが言う統合失調症って何なの?という疑問が湧くようになった。サリヴァンが治療した人たちはいったいどういう人たちだったのだろう、と。一丸先生の本には、サリヴァンが統合失調症を二つの群に分けて考えており、治療神話を担ったのは非器質性の群であったことが示唆されていた。サリヴァン入門でも、サリヴァンが治療に成功したのは実際には境界例が多かったという指摘や、サリヴァンが生物学的疾患か否かで統合失調症を分けて考えていたらしいことがわかる(私自身の統合失調症の病理的な理解は功刀浩が言うところの広汎性非特異的高次脳機能障害が最も近い)。それは、サリヴァンは統合失調症は治ると主張している精神分析家勢とは異なる場所にいるということだ。サリヴァンがそのような道化師でないことがわかったことは私には大きかった。しかし、治療神話がなくなったとき、サリヴァンは私にとって魅力的であり続けるのだろうか?

中井久夫とサリヴァンとにある呪いについて

 翻訳者の筒井氏は、執拗なまでに一人の著者と関連付けられるのは一種の呪いであると言った。氏はその呪いの意味については書かなかった。原著にその呪いを解く意図はないので、呪いについて書けば翻訳者の分を越える行いになるので、書くべきではないと思う。書くべきではないと思うが、意味内容を提示しないことで、呪いという強い言葉についての合意が得られないことにもなると思う。読者が思い思いに呪いの意味とそれが解かれるべきかどうかを考えるのも重要な作業ではあると思う。読者は自分の力で呪いの意味内容を感得し、自分の手と足と頭で呪いを解くべきなのだろう。でも、私は正直、原著者のF. Burton Evans IIIの本来の目的を離れた呪いについて解題に記すよりは、自身の著作において存分に論じるべきではないかと思う。たくさん買うんで出版よろしくお願いしますyo
 
 私にとっての呪いは、中井が統合失調症者のこころに接近してほしいという、日本の人々に向けられた願いをサリヴァンに託したことで、サリヴァンという独立した一人の理論家であり臨床家であり社会活動家であり、何よりもまず一人の人間であるはずのサリヴァンが、統合失調症の治療神話と中井の権威とを帯びた従属物のように見なされ、独立した人格を見通すことを困難にしたことではないかと結論した。
 しかし、サリヴァン入門を読んで思う。中井久夫を経ずとも、統合失調症の治療が神話であっても、サリヴァンという人間とその言説には十分すぎるほど魅力があるのだ。本書を読むと、サリヴァンの理論や技術が決して統合失調症にフォーカスされたものではないことがわかる。それが理解できたことで、私の呪いは解かれた、のだろうか。


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