見出し画像

アートとイラストレーションと自分との対話-イラストレーター前田豆コ-

色を多用せず、また複雑に線を用いることなくふくよかな体形を表現するイラストレーター・前田豆コ。一度見たら忘れられない強いインパクトを残す彼女のイラストは、現在日本のみならず世界中で注目を集めています。
3月2日(木)~3月21日(火・祝)まで開催された、自身4度目となる個展「My Imaginary Shapes」では、今まで彼女の頭の中にしか存在していなかったものを具現化した作品を発表。
個展を終えたいま、改めてイラストレーターとしての原点まで遡り、vision track(以下VT)と共に歩んできた3年を振り返りました。

―代官山にある「Lurf MUSEUM」にて開催された個展「My Imaginary Shapes」。とても素敵な個展でしたね。

前田豆コ(以下、前田):これまでの個展も気合いはもちろん入っていましたが、今回は特にターニングポイントとなる個展でした。
過去の個展では主にムチムチの魅せ方で遊ぶようなビジュアル的なテーマを掲げて作品を描いてきましたが、今回はこのムチムチのキャラクターに私の気持ちや思想を反映させた表現をしたいなと思い、より作品らしく、自分らしいアートに近づいていったような気がします。
自分の中で「精度が上がってきたな」という思いがあって。新たにビジュアルで遊ぶアイディアを出すというよりも、今の私の状況を見つめ直すタイミングでもあったので、自分の気持ちに向き合うことを意識した個展となりました。

「Lurf MUSEUM」は今までで一番規模の大きい会場だったので、あまり空間と乖離しすぎないように細かく色を増やしすぎず、全体的にまとまって見えるように意識して作品を作りました。
これまでLurf MUSEUMで展示を行ってきたアーティストのことを思い浮かべて、その方たちと同じ場所で展示ができるとは!という嬉しさとプレッシャーが大きかったように思います。ただ、そのプレッシャーを打ち消すんじゃなくて、この気持ちと一緒に進んでいけたらいいな、という思いでした。

―改めてタイトルである「My Imaginary Shapes」とは、具体的に何を表しているのですか?

前田:「My Imaginary Shapes」を簡潔に言うとしたら「私が想像する身体の外の様々なイメージ」。例えば「指先にちょうちょがいる」とイメージをして、指先に意識を届けたり、「頭のてっぺんを糸で吊られている」とイメージをして体の軸を作ったり。
これは2~3歳の頃に始めたダンスの体験から、頭の中にあるイメージがどんどん鮮明に、具体的になっていったことが面白かったんです。

この絵は、私が不安を感じた時に、自分をリラックスさせるために、大きなクッションを私の身体の周りにイメージをしたものです。頭の中で想像をしていた様々な「Imaginary Shapes」を今回作品に落とし込んでみました。
これまでの個展では、絵を見ている人に「この絵は私が踊っている形をアルファベットで表現したもので」とか、「このポーズは…」と少し説明を入れると興味を持ってくださる方も多くて、私の想いを伝えたら楽しんでくれる方もいらっしゃるんじゃないかと思って、今回初めてギャラリーツアーを開催したことも新しい試みでした。
お客さんがそれぞれ自由に想像してもらうことも大事だと思っていて、全部を説明するのではなく、想像が広がるようにお手伝いをするような感覚で話せたように思います。
ギャラリーツアーを予約制にしたのも、「予約をする」という手順を挟んで、一歩踏み込んでくださった方に私の言葉を直接届けられるベストな形でした。

―展示会場では公開制作イベントも行われましたが、すべての原画が普段描かれているデジタルイラストと同じぐらいのクオリティで描かれているところが印象的でした。

前田:身体のラインを綺麗に見せたいから、細かいはみ出しも気になるタイプで(笑)。
プリントに近いと思われちゃったら嫌だな、と思いつつ、最近は「この綺麗さが気持ちいい」と言ってくださる方も多くいらっしゃるし、1個の絵を見て「気持ちいい」と思ってもらえることが一番いいなと思って、このクオリティは続けていこうと思っています。

原画の線はよく見ると1本線ではなくて、点を繋げてチェーンのようにしたところに気が付いてくださった方も多くいらっしゃいました。
私は身体の外側、アウトラインは描かないので、柔らかい線を探りたいと思っているうちにたどり着いたもので、むちっとした線に一番合っているなと感じたことと、引きで見た時と寄りで見た時の違いを楽しんでもらえるかな、というのもしっくりきたポイントです。

元々イラストを専門として活動していたわけではなく、美大卒業後は雑貨屋で働いたり、壁画をディレクションする会社に就職した経歴を持つ前田豆コ。2019年の夏、ヒロ杉山が中心となるクリエイティブユニット「ENLIGHTENMENT」とアーティストエージェンシーの「vision track」による「WHITE」のイラストレーションコースに参加したことをきっかけに、VTと前田豆コの歴史が始まりました。

前田:VTに所属しているAYUMI TAKAHASHIさんが元々好きで、自分が所属する前からVT自体はチェックしていました。
美大に通ってデザイン系の学科を専攻していましたが、「自分はイラストが向いている」とは正直思っていなくて。
美大に行くと、絵が描ける人ってめちゃくちゃいて…。在学中から活躍している同級生もいたし、なかなかスターになれない自分にもどかしさを感じていました。
結局、卒業後は雑貨屋さんで働いたり、壁画をディレクションする会社に就職はしたけれど、休みの日には絵の具を触ったり、手を動かすことは続けていました。
家に帰って、仕事でもなんでもないのに何かを作るというのは自分に向いているのかな?と「描くことを1から始めよう」と思い、意を決して「WHITE」への参加を決めました。

「WHITE」を受講したことで「イラストレーターとは?」を学べたことは大きな収穫でした。
それまではイラストレーションについてまだまだ分からないことだらけだったので、疑問がするするとほどけていく感覚がありました。
一緒に講義を受けた他のイラストレーターの影響も大きく、受講を機にガラッとスタイルを変えていく人がいたり、新しいことにチャレンジし続ける人がいたり…。
見ているだけでも刺激をたくさん受けたし、今はSNSで繋がっているので、当時のメンバーの頑張っている姿を見るたびに励みになります。

―VTでは、時代に合ったイラストをイラストレーターと共に模索し、開発する作業を「チューニング」と呼んでいるそうですが、これまでどんなチューニングをされてきましたか?

Apple Musicプレイリストカバーをイメージした課題イラスト

前田:初期の頃は目の形、口の形をそれぞれ10パターン用意したり、定期的にイラストのタッチの開発や練習を重ねていました。
VTに所属してからも「WHITE」の延長のような気持ちで作品を見てもらっています。
ムチムチのキャラクターが出来てからもその都度見てもらって「もっと丸みがあってもいいんじゃない?」など、自分では気が付かないところのアドバイスをいただいて、今はそれを活かして描いています。

また、旅行のポスターの絵を描いてみたらどういう作品が生まれるか、Apple Musicのプレイリストのカバーを作ったらどんなものになるのか、毎回課題的なものを用意してもらうこともあります。

旅行広告ポスターをイメージした課題イラスト

広告系のイラストを描いてみたらどうなるか、というテーマをベースにチューニングしていった結果、だんだんお仕事をもらえるようになってきて、自分のイラストに対する方向性がいろいろと見えてきた気がします。
元々イラストレーションは「お仕事が欲しいな」という気持ちで描いていたところがあって。このままだとアートとしての作品は描けないなという壁にぶち当たりました。
2021年にホテルでの展示で大きなキャンバスに絵を描くことになった時に、「今までの絵と違ってもいいから好きに描いてみよう」と思い生まれたのが、今のムチムチのキャラクターでした。このムチムチのキャラクターが生まれたのも、自分ときちんと向き合ったことや、「WHITE」での経験やVTとのチューニングがなければ生まれてこなかったかもしれません。

―自分の想いだけを表現する「アート」と、クライアントの想いを反映する「イラスト」。それぞれのバランスを上手く取っているように見えますね。

株式会社arca / Ladyknows Gallery 「私たちの解放区」展

前田:アーティスト活動では他の人が見てどう思うかよりも、まずは自分が何を描きたいのか、何を表現したいのかを深堀して、イラストレーションのお仕事では、クライアントが伝えたいことを楽しく見てもらえるように制作をしています。

アート制作では自分のカラーパレットを軸に着彩しますが、クライアントワークをする時に「こういう色味でお願いします」と言われることはよくあることで。
そこでクライアントの要望に合わせることができるのは、ある程度アートとイラストの線引きができているからだと思います。
私としてはアーティスト活動とイラストレーション、どちらも存在することでメリハリをつけて健康的に活動ができている気がします。

つむぐ inc./ ブランドブック

―最後にこれから挑戦したいことや展望を聞かせてください。

前田:漫画やアニメーションで自然とパワーをもらっている人たちはたくさんいると思うけれど、アートや絵が元気の源になるイメージが日本ではまだあんまりなくて。
前職の壁画をディレクションする会社では絵を見て元気になったり、楽しい気持ちになった経験がたくさんあるので、この気持ちをもっと広めたいという思いがあります。
アートだけだと手が届きにくかったり、ギャラリーに足を運びづらいという人にも私の絵を見てもらうためには、WEBや広告のお仕事、企業向けだったり、テレビ番組のロゴだったり…。多くの人の目に触れるように、幅広くお仕事をしていきたいです。

インタビュー後記
圧倒的な才能に驕ることなく、他者の意見を素直に吸収する謙虚さを持ち、吸収したものを昇華できる器用さ・柔軟さのある豆コさん。
悩んだ時期も、もがいた時期も、常に自分と対話をして問題に向き合ってきたからこそ、今の豆コさんに繋がっているのだと強く感じました。

【前田豆コ profile】
1993年東京都出身。2020年からイラストレーター・アーティストとして活動を始める。幼少の頃から習っていたダンスの影響で身体を使った表現に関心を持ち、身体の伸縮によって生まれる張りやシワの美しさに着目したふくよかな体形の人物を描いている。
開放的なキャラクターたちがユーモラスに描かれる作品に海外からのオファーも急増。
韓国でのアートフェア出展が決定するなど、その活躍を世界へと広げている。

Location:Lurf MUSEUM
Photo: きるけ。
Text:陰山良恵

Exhibition「My Imaginary Shapes」/ Lurf MUSEUM
https://lurfmuseum.art/blogs/past-exhibitions/mameko-maeda
前田豆コの作品 
http://www.visiontrack.jp/mameko_maeda/

<前田豆コに関するお問い合わせはこちらまで>


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?