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人材マネジメントの動向⑧

組織開発について、「大事なのは、(当事者の)オーナーシップ(主体性)を引き出すこと。」
これは南山大学の中村和彦先生の提言です。誠にその通りだと思います。
そして人材開発についても同じことが言えると思います。

主体性を引き出すことの鍵は、働くことの意味仕事の意味だと考えています。
その背景には、人は意味を求めるという人間観があります。ラボ内でも共有されている価値観です。
金井壽宏先生は、「意味探索人」と命名されています。
意味は、当社の顧客提供価値の一つでもあります。

主体性を引き出すことについて、ちょっとしたきっかけで、別の方向に展開していきます。
ラボのミーティングで僕が人材開発、組織開発、キャリア開発と「開発」という言葉を使うのですが、「しっくりこない」というのです。
「development」の訳語ですが、中村和彦先生が編まれた「入門組織開発」で説明されていたのを思い出し、ページをめくっていると、「組織開発の価値観」が目に留まったのです。
4つの価値観が挙げられているのですが、目に留まったのは「人間尊重の価値観」です。
「人間は基本的に善であり、最適な場さえ与えられれば、自律的かつ主体的にその人がもつ力を発揮すると捉えることを重視する考え方です。」と。
当事者の主体性を引き出すことと人間尊重の価値観とが僕にはつながりません。
実はコラムを書いている今、あらためてこの本を確認しているのですが、ダグラス・マクレガー先生のY理論という人間観が書かれていて驚いています。
「人間尊重って何?」という問いで頭がいっぱいになり、Y理論について気づいていません。2度、3度と素通りしています。

もやもやした中、手掛かりとして飛びついたのが質的研究の人間観です。
木下康仁先生が編まれた「定本M-GTA」で、説明されていたのです。

「人間にはどのような状況にあっても現実に向き合う力がある能動的人間観である。」

人間尊重の価値観を理解するにあたり、徐々に人間観に着目していくようになります。
そして、ふっと思い出したのが能力観です。
「企業内人材育成入門」でドゥエック先生の能力観が紹介されています。
「能力は努力次第で変えられるという考え(能力変化観)をもつ人は、
能力は固定的でコントロールできないものだという考え(能力固定観)をもつ人に比べ、内発的に動機づけられやすい」ということを育成場面で伝えているのを思い出しました。
成長には時間を要するので、長期にわたり自分を支えるために、能力観を意識にのぼらせることは大事だと思っています。

質的研究の人間観に戻ります。
質的研究から5つの徒弟制にアプローチし、「正統的周辺参加」「実践共同体」という概念を提唱されたのがレイヴ先生とウェンガー先生です。
著書「状況に埋め込まれた学習」では、アルコール依存症のセルフヘルプ・グループであるアルコホーリクス・アノニマス(Alcoholics Anonymous)の
事例が紹介されています。
この本を翻訳された佐伯胖先生は、訳者あとがきで、正統的周辺参加論の教育観を5つに整理されています。

1.正統的周辺参加論の立場が従来の多くの教育論とかなりはっきり異なる点の一つは、学習を教育とは独立の営みとみなしたことであろう。
2.正統的周辺参加論では学習を社会的実践の一部であるとする。
3.正統的周辺参加論では学習を「参加」であるとする。
4.正統的周辺参加論では学習はアイデンティティの形成過程であるとする。
5.正統的周辺参加論では学習とは、共同体の再生産、変容、変化のサイクルの中にあるとする。

AAの背景にあるであろう人間観と、質的研究の人間観である「人間の能動性、主体性を重視している」や、組織開発の人間尊重の価値観が重なる部分があるのではないかとぼんやりとらえています。
AAは、EAPのルーツです。

あらためて、組織開発の人間尊重の価値観です。
「組織開発の探究」を確認し直すと、やはりマクレガー先生のY理論が説明されていました。
こちらも2度、3度と素通りしています。

「ダクラス・マクレガーの考え方も組織開発の根底になっています。」
「Y理論を持つマネジャーは、人は自己実現をしたい目標のためには自己統制を発揮して、自発的に自分の能力を高め、主体的に行動すると考える、としました。
マクレガーのこの考え方は、マズローの自己実現欲求の理論に影響を受けています。
そして、Y理論に基づくマネジメントによって、個人の主体性と能力が開花し、組織が活性化すると考えました。」

ラボのミーティングでは、人をX理論とY理論の2つでとらえられるのかという批判的意見やそもそも主体性とは何かといった問いかけがありました。
エドガー・シャイン先生が提唱されたメタモデルである「複雑人(complex man)モデル」という人間観だと、賛同を得やすかったかもしれません。

主体性を引き出すことと組織開発の人間尊重の価値観とのつながり、そして、人間尊重とY理論のつながり、さらに守島基博先生の「変革迫られる人材マネジメントと人事部」で提言されている人材マネジメントのデリバラブルを実現するためのアクションの一つである「個の尊重」とのつながりがどうであるのか、まだ説明ができません。

ただ、組織開発の約70年の歴史の中で手放さずに大切にされてきた価値観に立ち止まり、また「コミュニティ・オブ・プラクティス」で野中郁次郎先生が解説で、「コミュニティ、つまり人間がコアという考え」と述べられている箇所に着目したこと、そして、強引かもしれませんがEAPのルーツであるAAの背景にある人間観との重なりを探ろうとしていることは、何かを感じているのかもしれません。
経営の視点と働く人の視点から人間の尊重について丁寧に考えていきたいと思います。

今回、Y理論を確認していく中で得られたものもありました。
「リーダーシップの持(自)論アプローチ」での、マクレガー先生の考え方についてです。
「実践家は、自分なりに自分の意思決定やアクションを左右する仮定群をもっている。」
「(マクレガー先生のそばにいた)ウォレン・ベニスたちは、誠に適切にも、マクレガーが実践家に接するときにおこなったことは、
 あなたの思考を再考させること(rethinking your thinking)だったと指摘している。」
人間尊重を理解しようとしたとき、人をどうとらえるかという人間観を考えることだと思いました。
既成の人間観に頼るのではなく、自分で考えることだと。
そして、それはたしかにモチベーションやリーダーシップを考えることにもつながっていきます。
実際、リーダーシップ研究では、「セルフ・アウェアネス(自己に意識を傾けること)」が重視されているようです。
しっかり向き合えなくても、直面化が難しくても、「セルフ・アウェアネス」が高まればいい。
VCラボが立ち上げようとしている1.ビジョン・クラフティング面談、2.スーパービジョン、3.ワークショップの3つの事業では、そんなことも模索しています。

次回、僕自身の学習課題を取り上げます。

【参考文献】
中村和彦(2015)「診断型組織開発で当事者のオーナーシップを引き出す」『RMS Message vol.40 』
https://www.recruit-ms.co.jp/research/journal/pdf/j201511/m40_all.pdf

中村和彦(2015)『入門 組織開発 活き活きとと働ける職場をつくる』光文社
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334038588

木下康仁(2020)『定本 M-GTA 実践の理論化をめざす質的研究方法論』医学書院
https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/108871

中原淳・荒木淳子・北村士朗・長岡健・橋本諭(2006)
『企業内人材育成入門 人を育てる心理・教育学の基本理論を学ぶ』ダイヤモンド社
https://www.diamond.co.jp/book/9784478440551.html

ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー(著)/佐伯胖(訳)(1993)『状況に埋め込まれた学習ー正統的周辺参加』産業図書

中原淳・中村和彦(2018)
『組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす』ダイヤモンド社
https://www.diamond.co.jp/book/9784478106440.html

金井壽宏・尾形真実哉・片岡登・元山年弘・浦野充洋・森永雄太(2007)「リーダーシップの持(自)論アプローチ ——その理論的バックグランドと公表データからの持(自)論解読の試み——」
https://b.kobe-u.ac.jp/papers/2007_12/

エティエンヌ・ウェンガー、リチャード・マクダーモット、ウィリアム・M・スナイダー(著)/野村恭彦(監修)(2002)『コミュニティ・オブ・プラクティス ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』 翔泳社
https://www.shoeisha.co.jp/book/detail/9784798129280

小西さん2月用

■ プロフィール
小西 定之(こにし さだゆき)
ビジョン・クラフティング研究所 シニアコンサルタント

小西さんアイコン6 2月に

産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、証券会社で企業金融に従事、その後、独立系コンサルティング会社において人材マネジメント分野のコンサルティング業務(主に人事評価制度)に従事、そして株式会社ジャパンEAPシステムズで会社におけるメンタルヘルス対策のあり方について探究。

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