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資本政策の感想戦「株式会社グッドパッチ」

 上場を目指すスタートアップはどのようにして資本政策を検討すれば良いのだろうか。資本政策の大切さを解く意見は数多くあれど、具体的に検討する段階で参考にするべき他社例にたどり着くことは困難だ。

 この点、新規株式公開(IPO)を行なった企業を対象とすれば、新規株式公開に伴い作成した「新規上場申請のための有価証券報告書(以下「Ⅰの部」という)」に資本取引の情報が掲載されているため、その企業が上場までの直近期間においてどのような資本取引を行なってきたかを伺い知ることができる。

 このnoteでは「資本政策の感想戦」と銘打ち、創業から上場までの資本取引を将棋の棋士が行う感想戦のように1手1手振り返り、その企業が直面していた状況と照らして検討することで、その背後で動いていた資本政策上の意図を考察し、資本政策に関する学びを得ることを目的として書かれている。


「資本政策の感想戦」シリーズを元に書籍として編纂した本『実践スタートアップ・ファイナンス 資本政策の感想戦』を2021/10/7に出版しています。

取り上げる企業:株式会社グッドパッチ

 このnoteでは、2020年6月30日にマザーズに上場した株式会社グッドパッチ(以下「グッドパッチ」)を題材として資本政策の検討を行う。

 グッドパッチは、デジタルプロダクトのUI/UXデザインに関する専門性が評価されているデザイン会社だ。グッドパッチは、デザイン会社として日本ではじめて上場した企業となった。世界的に見ても、デザイン会社でIPOしている企業は類を見ない(例えばデザイン領域で著名な米IDEOや米Pentagramは上場していない)。

 デザイン会社は、そもそも、大規模な組織を作ることが困難な業種の1つだろう。経済産業省の2020年の企業活動調査(N=27,945社)によれば、産業分類「726 デザイン業」に分類されていて、かつ、100名超が所属している会社は5社のみとなっている。
 グッドパッチも組織化の困難さに向き合った会社だ。上場前の2019年4月には代表を務める土屋氏が、グッドパッチが組織やカルチャーの「崩壊」の危機に直面したことと、それに対してどのように向き合ったかを綴ったnoteを出している。

 本noteにおいても、グッドパッチの資本政策を振り返る上で、グッドパッチの組織状況がどのような状況かどうかを確認しながら検討する。組織状況に応じて資本政策を確認することで、行われた資本取引が効果的だったか否かを客観的に評価可能となる。

 また、グッドパッチは上場を目指して設立された会社ではなく、設立後に上場することを意識しはじめた会社だ。同業他社のIPOの前例がない中で、いつIPOを目指すことを決めて、どのように事業を展開していったかについて学ぶことは多いだろう。

 以上より組織・事業の状況を踏まえてグッドパッチの資本取引を設立時から上場時点まで振り返ることで、
・組織の形成過程と内部向けインセンティブ付与の関係性
・途中からIPOを目指した企業における資本政策の立案方法
について学ぶことができる。

noteの構成について
 本noteでは、2011年9月に設立されたグッドパッチが2020年6月に上場するまでの9年間に行った全17回の資本取引を対象として、サービスの状況、組織の状況、業績といった会社の状況を確認しながら、1取引ずつ振り返る。

 解説に際して、グッドパッチの設立から上場までの期間を大きく2つに分けて解説する。

 まず、設立から資金調達を実施しIPOを目指して組織を拡大するまでの期間として、創業第1期〜第4期までを解説する。Co-Workingスペース事業を主たる事業として設立されたグッドパッチが、UIデザイン領域に事業を集中させ、組織を拡大するまでの期間に行われた資本取引を解説する。

 次に、第5期から上場申請期である第9期までの期間に行われた資本取引について解説する。この期間はグッドパッチが組織拡大の困難に直面し、向き合い、克服した期間になる。
 事業状況・組織状況を踏まえて、どのような資本取引を行ったのか、解説する。

解説について
 解説対象となる資本取引は、会社が公表したⅠの部並びに登記簿謄本を主な情報源として算定・推定している。資本取引の検討に際して解説する会社の状況は、役員・従業員を対象とした各メディア上のインタビュー記事やグッドパッチが発表しているニュースリリースなど、インターネット経由でアクセス可能な情報を参照して記述している。

 なお、グッドパッチの資本政策について、投資家・スタートアップ間のデータ共有プラットフォーム「smartround」を運営するスマートラウンド社が主催したイベントにて、土屋氏が自ら解説を行っている(【IPOスタートアップの資本政策解剖】グッドパッチ編〜第3回「Smartround Academia」から)。本来外部情報から推定できなかった取引について、当該解説内の情報を用いて特定している(主にNo.08の取引)。

 一部、取引内容についてのコメント箇所について推定を交えた考察を記載しているが、推定箇所についてはそれと明確になるように記述を行う。

第1期〜第4期(FY2012〜FY2015) 創業から海外子会社設立まで

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