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資本政策の定跡「共同創業者・創業メンバーに対するエクイティ付与はどのように行うか」

「資本政策の感想戦」シリーズを元に書籍として編纂した本『実践スタートアップ・ファイナンス 資本政策の感想戦』を2021/10/7に出版します。本noteは、元々書籍のまとめ箇所として描き下ろしたものを単独で読めるように改編して掲載しています。

2021/9/28 山岡佑

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これまで、「資本政策の感想戦」と表して、新規株式公開(IPO)を行った企業を題材として、創業から上場に至るまでの資本取引についてその取引の背景を踏まえて取引意図の考察を実施した。これまで合計6社を対象として、解説を行っている。

創業から上場に至るまで、企業は様々な種類の資本取引を検討する必要がある。このNoteでは「資本政策の定跡」として、資本取引の種類ごとに
①「どのようにその取引を検討すれば良いか」解説を行い
②『資本政策の感想戦』で取り上げた企業における実例を元に、各種取引に対する企業ごとの姿勢を類型化してまとめる。

第1回のこのnoteでは「共同創業者・創業メンバーに対するエクイティ付与はどのように行うか」というテーマで、創業初期の資本取引について解説する。

1. 創業メンバー間における持分比率の決定方法について

複数人で創業する会社は数多くあるが、創業メンバー間の持分比率を決めることは非常に難しい。共に起業するために集まった人たちであっても、エクイティに対する価値観は個人個人で異なるだろう。

「適正な持分比率」を検討する上での判断基準について述べる("適正"と呼べるものがあると仮定しての話となる)。創業者間の持分比率は、会社から享受される経済的利益の分配率であり、会社の意思決定に対する比重でもある。経済的利益は会社に対する貢献に比例して分配されるべきだ、という視点から前者を言い換えると、「会社への貢献に対する期待値」が創業者間の持分比率で表現されると言える。経営上の意思決定が事業に対して大きな影響を与えるという見地からすると、会社の意思決定に対する比重である持分比率は、経営上の意思決定を行う人に集中させた方が良い。

判断基準はこのように書くこともできるが、共に起業を行う間柄において、持分比率を決めることは依然として難しい。創業段階では、全ての共同創業者は会社に貢献する腹積もりだ。持分比率を決める作業は、全員貢献したいと考えている所に対して、その貢献度合に対して優劣をつける作業に他ならない。ある人に持分比率を集めれば、それ以外のメンバーの持分比率は相対的に低下することになる。こうなると、複数人で起業する会社において、共同創業者全員が納得する持分比率というのは存在するのだろうか。

このnoteのシリーズでは、将棋の感想戦になぞらえて「資本政策の感想戦」と表して各企業の資本政策を振り返っている。創業時の持分比率の決め方は、将棋でいう「初手」に相当する。上場を果たした企業たちはどのようにこの初手を指したのか。これまで「資本政策の感想戦」で取り上げた企業たちを用いて振り返ろう。

2.実際の企業におけるケースの紹介

意思決定の面から判断すると、代表者に対して持分比率を集めた方が良い。この観点から、複数人で起業したとしても共同創業者間で持分比率について偏りをもたせた企業の1つが2019年6月19日に上場したSansan株式会社だ。Sansan株式会社は、2007年に寺田親弘氏の手によって設立された。設立前に起業準備期間が1年半あり、その期間中に4人の共同創業者を引き入れている。寺田氏含めて5名の創業時取締役がいるが、設立時において寺田氏が設立時株式の78%を引受けている。寺田氏を除く4名についても、7.5%-1.6%と共同創業者間で持分比率にばらつきがある。安易に同割合を選んでなるものか、という強い思想をSansanの初期資本政策から感じることができる。

持分比率を意思決定の観点や会社貢献度の観点から偏りを持たせる方法を選択する会社は、一見合理性を重視する会社に見えるが、Sansanの資本政策の面白い点として、1人目・2人目の社員に対して新株を引受けする機会を設けたことだ。この措置はそれ以降に入社した社員と明確に区別しており、合理性だけではなく、初期に参加してくれたメンバーに対して報いるエモーショナルな取引も行っている。

複数人で起業した企業の中には、創業時には共同創業者間との持分比率の割合を決めず代表取締役を担う人が100%の持分で設立し、その後期間を開けて共同創業者や初期メンバーに対して持分を付与する企業もある。代表者が明確に定まっている場合にとり得る手段であり、共同創業者の事業的・組織的影響力を見極めることができる点で優れた手法と言える。2020年8月20日に上場したニューラルポケット株式会社は、創業者である重松路威氏とエンジニアにより共同創業されたが、CTOを務める当該エンジニアに対して、創業時に持分を付与していない。

創業メンバー・初期メンバーに対する持分の付与は、外部からの資金調達を行い創業から株価が上昇した後に実施している。この取引は新株予約権を付与することで行っている(付与割合は3名に計2.5%)。なおニューラルポケットは、内部の従業員・役員に対して株式の発行や株式の譲渡を行っておらず、首尾一貫して新株予約権により内部向けのエクイティ・インセンティブの付与を行っている。

なお、共同創業者だったCTOはこの持分の付与の前に組織を後にしており、結果論的に述べると、上場時まで所属する人を見極めてから持分を付与したことになる。

同様の付与方法を取っている企業が、2019年11月15日に上場した株式会社スペースマーケットだ。スペースマーケットは、代表を務める重松大輔氏とCTOを務める鈴木真一郎氏により共同創業された。両者とも創業時取締役に就任している。重松氏が100%出資して会社を設立している。創業メンバー・初期メンバーに対する割当は外部からの資金調達実施前に行っており、創業時株価にて鈴木氏と1人目の従業員に対して普通株式を新規発行(付与割合は計7.1%)している。創業期に参画した従業員に対して普通株式を発行する手法は、Sansan株式会社も同様の取引を実施している。

外部調達時の株価を用いて初期メンバーへの割当を行ったニューラルポケットの事例と異なり、創業時株価にて取引を実施していることを踏まえると、スペースマーケットが行った取引は、持分比率決定の意思決定を純粋に先延ばしに成功したと言える。

これまで確認した企業ではいずれも、代表取締役とそれ以外の共同創業者の間で持分比率について大きな偏りがあった。代表取締役に持分を集中させるべき、という主張に対して、共同創業者間で持分を等分すべきだという観点から創業された会社もある。

共同創業者間では持分を等分すべきだということを、米国のシードアクセラレーターであるY Combinatorが主張している(東大卒業生向けシードアクセラレータであるFound Xが彼らのブログを邦訳して公開している)。彼らの主張に基づくと、起業後共に事業拡大に貢献できる人を共同創業者として選んでいる以上、会社に対する貢献度合は拮抗することになるため、持分比率は等分になる

2015年3月24日に上場した株式会社Gunosyは、3人の共同創業者が1/3ずつ株式を保有する形で設立された企業だ。ニュースキュレーションサービス「Gunosy」は、会社を設立する1年以上前から開発・運営されており、そのサービス運営期間を経て設立された。設立後の株式会社Gunosyの資本政策はやや特殊であり、設立から4ヶ月後に、共同創業者3名の持株のうち7割を個人投資家である木村新司氏(現株式会社Gunosy代表取締役会長)に売却している。設立時に売却まで見据えていたのか、設立後何らかの理由により売却したのか定かではない。この取引により3者の持分比率が低下したこともあり(第1期終了時3名合計で15%強。上場時には10%強)、上場時まで3名の持分は等量で保たれている。

なお、創業第1期に、竹谷氏(現同社代表取締役社長)と上場時取締役CTOだった石橋氏が従業員として入社しており、両者に対して入社後に、第三者割当を実施している。初期に入社した社員に対して新株を割り当てる点ではSansan・スペースマーケットと共通している。

共同創業者間で等分することと別の論理で、複数人で創業時の持分比率を等分した企業が2019年2月22日に上場した株式会社識学だ。識学は、事業考案者である福冨謙二氏と創業者である安藤広大氏の両名で、創業時の持分比率を等分して設立されている。

株式会社識学は、「識学」という独自の組織マネジメント論を用いた組織コンサルティングを実施する企業だ。理論の考案者は福冨氏だったが、当該理論に基づくコンサルティング事業を拡大させる役割は創業時代表取締役であった安藤氏が担っていた。第2期開始後から、共同創業者間の持分比率について是正を行っており、安藤氏の持分比率を高く、福冨氏の持分比率を低くするように調整がなされている。上場時には安藤氏と福冨氏の持分比率は2:1程度まで修正されている。

前述の共同創業者間では持分比率を等量にすべきというY Combinatorの提案の背景には「(アイデアではなく)設立後の貢献度を基準として持分比率を決める」という考えがあった。株式会社識学におけるアイデア創出者と事業推進者の間の持分比率の調整は、設立後の組織への貢献度を踏まえたものであることが伺える。

なお、株式会社識学は設立時の資本政策を設立後に時間をかけて修正したことになったが、設立時において両者の持分比率に偏りをつける意思決定は難しかっただろう。「事業アイデアや事業の核となる技術の開発者」と「代表取締役」を別の人物がつとめる実例は稀だ。例えば、大学の研究結果をベースに組成された研究開発型スタートアップなどがこのような事例に該当すると考えられるが、上場している研究開発型スタートアップは概ね事業考案者が代表取締役を務めている。そのため、株式会社識学が設立するに際して、持分比率を決定する時に、参照するケース例を探すことは極めて困難だっただろう。この点、今後に代表取締役と事業考案者が明確に分離されている形で起業する会社にとって、株式会社識学における両者の上場時の持分比率は参考になるだろう。

これまで紹介した共同創業者間・複数の当事者間で持分比率を等量にして創業した会社は、いずれの会社にあっても共同創業者のうち1名以上の者が、上場時までに持分を手放すことになった。ただし、共同創業者間で持分比率を等量にして設立された企業が、全て上場時までに持分を是正することになっているわけではない。

「資本政策の感想戦」でまだ取り上げていない企業から実例を示すと、例えば、宮下氏・村井氏(「マックスむらい」の名前で知られている)の両名により共同創業された株式会社AppBankは2015年10月15日に上場するまで両者の持分は是正されることなく保持されていた。2019年7月31日に上場した株式会社ツクルバは、村上氏・中村氏により共同創業された会社だ。代表取締役である村上氏が相対的にやや持分を持つ資本構成(51:49の比率となっている)となっており、1の部開示期間(2016年8月以降)において両者間の持分比率は概ね変わっていない。

最後に「資本政策の感想戦」で取り上げた企業のうち、単独創業の事例を紹介する。2017年8月30日に上場したUUUM株式会社は、創業者である鎌田氏の単独創業となっている。設立時に個人投資家の2名(但し、1名は他社と兼業の役員に就任している)に対して、創業時株価にて計25%の持分を与えている。共同創業者や初期メンバーではない外部株主に対して、設立時株価で株主として迎い入れている形となっている。

3. 今回の「資本政策の定跡」

複数人で共同創業する会社における初期の持分比率について、「代表者に持分を集中させる」「共同創業者間で、持分を等分で持ち合う」という2つの考え方に大別される。創業後に行われた修正を踏まえて以下に初期の打ち手をまとめた。

複数人で起業する場合の打ち手
(A) 「代表者に持分を集中させる」
①該当する企業  
 株式会社識学
 Sansan株式会社
 株式会社スペースマーケット
 ニューラルポケット株式会社
②比率
 ②-1 代表者が2/3程度保有
 ・株式会社識学(創業後上場までに是正)
 ②-2 代表者が8割程度保有
 ・Sansan株式会社
 ②-3 代表者が9割以上保有
 ・株式会社スペースマーケット
 ・ニューラルポケット株式会社
③代表者以外に割当する時期
 ③-1 創業時
 ・株式会社識学
 ・Sansan株式会社
 ③-2 創業後外部調達前
 ・株式会社スペースマーケット
 ③-3 外部調達後
 ・ニューラルポケット株式会社
(B) 「共同創業者間で、持分を等分で持ち合う」
①該当する企業 
 株式会社Gunosy
 割当時期は創業時。他ケースを取り扱った時に分類する。

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