資本政策の感想戦

資本政策の感想戦「Sansan株式会社」

「資本政策の感想戦」シリーズを元に書籍として編纂した本『実践スタートアップ・ファイナンス 資本政策の感想戦』を2021/10/7に出版しました。

本noteにおいて取り上げた「Sansan株式会社」の解説記事は、書籍内では、4章に掲載しています。書籍化に伴い資本取引に関連する図表を書き直した他、図表の取捨選択を行っています。
note版の図表は、個別具体的な資本取引について、実務で用いる資本政策表に近い形で確認できるようにしています。書籍版ではまとめて1つの図表で掲載したサービス導入社数の推移について、note版では各期ごとに確認できるようになっています。

2022/5/11 山岡佑

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企業が新規株式公開(IPO)を行った場合、その企業が作成した「新規上場申請のための有価証券報告書(以下「Ⅰの部」という)」を見れば、その企業が上場までにどのような資本取引を行ってきたかを伺い知ることができる。

このnoteは「資本政策の感想戦」と銘打ち、第三者の視点から、創業から資本取引を将棋の棋士が行う感想戦のように1手1手振り返り、その背景で動いていた資本政策の意図を考察することで、資本政策に関する学びを得ることを目的として書いている。

取り上げる企業:Sansan株式会社

このnoteでは、2019年5月16日に上場承認され、2019年6月19日に上場したSansan株式会社(証券コード:4443)を題材として考察を行う。

Sansan株式会社は、上場前に大型のファイナンスを繰り返し行い未上場のまま評価額が1,000億円を超えたBtoBのSaaS型サービスを営む企業として知られている。
このnoteでは、Sansan株式会社が創業から上場までに行った、全30回の資本取引の詳細を、1取引ずつ背景を追いながら振り返っている。

創業から1取引ずつ資本取引を振り返ることで、
・創業者が初期から資金を投じた場合の効用
・頻繁に繰り返す大型調達において、どのような資本取引を行ったのか
・ユニットエコノミクスが明らかになっているSaaS企業の、プライベートラウンドにおける相場感

を確認することができる。

なお、会社が公表したⅠの部並びに登記簿謄本を主な情報源として記載しており、公表された情報を元とした客観的に推測可能な枠内で各回の資本取引内容について記述を行う。
一部、取引内容について、推定を交えた考察を記載しているが推定箇所については推定と明確になるように記述を行う。

資本取引の解説の前提:時系列と情報の関係性

1. Ⅰの部開示期間外に対する取扱
Ⅰの部に記載された情報を読み解くことで、会社が行った資本取引の詳細がわかる。
Ⅰの部には上場申請時からおおよそ5年分の資本取引のみが開示されるため、設立から5年超経過後上場した会社にはⅠの部に開示されない期間が存在する。
この開示されない期間における資本取引については、謄本・ニュースから取引内容を推測する必要がある。

Sansan株式会社は2007年6月に設立された会社であり、上場承認された会計期間は、第12期目の会計期間にあたる2019年5月期となる。
「資本取引がⅠの部に開示された期間」と「開示対象外の期間」は以下の通りとなる。

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① 第1期〜第7期途中(2007年6月〜2014年5月23日)
 登記簿謄本により第三者割当内容を確認。各第三者割当に参加した株主ならびに株数を、ニュース情報から推測した。
 
② 第7期途中〜第12期(2014年5月29日〜2019年1月31日)
 Ⅰの部に開示されている資本取引を確認した。

2. 解説の切り口
2019年3月にBUSINESS INSIDERに掲載された寺田社長のインタビュー記事において、自社の事業フェーズを3つのフェーズに切り分けて捉えている。

①フェーズ1(2007年〜2012年)
 資金調達環境:ファイナンス上黒字化が求められていた
 自社戦略:少ない資金を回していた
②フェーズ2(2013年〜2018年)
 
資金調達環境:フェーズ1から変化(黒字化要求が低下した)
 自社戦略:ユニットエコノミクスから広告宣伝費への投資可能額を算定して投資
③フェーズ3(2019年〜)
 
自社戦略:「多角的」に事業を成長させていくフェーズ

このnoteでは、設立以降から上場に至るまでの全30回にわたる資本取引について、寺田社長が定義したフェーズごとに切り分けて解説を行う。

「フェーズ1:第1期-第5期(2007/6/11-2012/5/31)」の資本政策

□会社の状況

機関の状況:
Sansan株式会社(設立当初 三三株式会社)は、2007年6月11日に設立された。創業者は三井物産株式会社出身の寺田親弘氏。創業前に1年半かけた起業準備期間に、共同創業メンバ(富岡氏、塩見氏、常樂氏、角川氏)を誘い、この5名で創業している(創業前のエピソードについては、Bussiness Insider Japanの記事に詳細が記載されている)。
共同創業者5名は、創業時から取締役を勤めている。

Sansan株式会社は創業時から取締役会設置会社であり、元・三井物産株式会社人事部人材開発センター所長の鹿沼昭彦氏が創業時監査役として就任している(2015年10月に監査役を退任し、同社の名誉顧問職に就任している)。

創業前から寺田氏はインキュベイトファンドの赤浦氏からサポートを受けており、Sansan株式会社は創業年の2007年にインキュベイトファンドから出資をうけている
赤浦氏自身も、創業から2ヶ月後の2007年8月から取締役に就任している。

第1期-第4期の期間は、紹介した機関構成(取締役6名・監査役1名)で固定されている。

サービスの状況:
Sansan株式会社の創業から3ヶ月後の2007年9月21日に、法人向けの名刺管理ソフトの「Link Knowledge(現Sansan)」の提供を開始した。

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価格の付け方が特徴的で、サービス提供開始から月額10万円/社〜と高めの設定をしていた
契約とともにスキャナーを貸出し、そのスキャナー経由で送信された名刺情報が、OCR+人力により正確にシステム上に反映されるというシステム構成は、初期時点から実装されていた。
しかしそれ以外の機能(例えば、企業情報を名刺とともに見れる機能やユーザー管理機能など)は十分に揃っておらず、機能の不十分性を認識の上で高めの値段設定を行ったことを、後のインタビューで語っている。

サービスローンチした段階の2007年の時点で、同社は「Link Knowledge(現Sansan)」を2010年までに500社に導入することを目標として掲げていた。実際の導入社数をみると、2010年11月段階で400社の導入に成功しており、概ね当初予想通りのサービスのグロースに成功していることが伺える(公表情報をもとに作成した、導入社数の推移は下記の通り)。

後々、「フェーズ1」と総括された2007年から2012年までの期間は、1年あたり100社強の社数を獲得できている計算になる。

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