知られざる作業療法の源流?(2)

前回は、ジェイン・アダムズとハルハウス、作業療法の源流の重要人物達が交流をし、互いに影響を与えあったことを参考資料をもとに示しました。
Morrisonがジェイン・アダムズを作業療法の源流の重要人物として含めようとする背景は、アダムズとプラグマティズムという哲学と作業療法との結びつきを重要視しているからです。

プラグマティズムとは?

プラグマティズムは、アメリカ発の最初で最も重要な哲学運動と考えられています。プラグマティズムは、日本では実用主義や実際主義と訳されます。これは、ギリシャ語の「行為」、「実践」、「実験」、「活動」を意味する「プラグマ」に語源があります。

プラグマティズムの源流は、ダーウィニズム(ダーウィンの進化論とスペンサーの社会進化論)と超越主義と考えられています。
特にダーウィンの進化論における自然科学的、実験主義的な考え方は、自然の諸法則などの真理だと考えられているものも、進化論的過程(進化している、変化する)であり、絶対的なものではないと考えます。なので、「あらゆる知識は、原理的に誤りうる」ものであり、修正されうるという考え方(可謬主義)に影響を与えています。ダーウィニズムは、教育や心理学にも影響を与えてます。特にダーウィンの「自然淘汰論」は、デューイの、「人間が行動するのは、他の生物と同じように、生き残り、反映するために環境と協調する必要があり、そのためには経験(実践)を連続的に行わなければならない」という考えにつながっていきます。

超越主義とはエマソンやソローという思想家、哲学者によって、1820年代後半から1830年代にかけてアメリカ東部で発展した哲学運動です。超越主義がプラグマティズムに影響を与えたと考えられているのは、「私たちはどのように生きるのか」というエマソンやソローが投げかけた問いだと言われてます。また、超越主義とプラグマティズムの共通点は、「知識を得る」のは、「生活世界」の中での具体的実践、「一種のすること(doing)」に関連づけた「生きた経験」により開示されると考える点だと考えられています。

このようにプラグマティズムは、真理や観念(物事への意識や考え)を人間の行為や探究の実践のプロセスと結果から理解しようという哲学となりました。そのためあらゆることを仮説と考えて、実践しながら内省をし、改善をしていくということを重視するようになります。

より広く深く、わかりやすい解説を求められる方は、以下のリンクのデューイやプラグマティズムの研究者である谷川嘉浩さんのインタビューをお読みください。もちろんより正確に、深く学びたい方は、プラグマティズムの哲学者のパース、ジェイムズ、デューイなどの著作を是非読んでみてください(自分も少しずつ読んでいますが、色々な発見があって興味深いです)。


アメリカでプラグマティズムや作業療法が生まれる歴史的背景

ここからは少しアメリカの歴史的背景を確認しながら、プラグマティズムや作業療法が必要となった背景を見ていきましょう。なぜならプラグマティズムが、作業療法がアメリカで生まれたのは、歴史、文化、政治、経済、社会などのさまざまな背景のトランザクションの結果として、生まれたと考えるからです。

アメリカ合衆国建国前

元々、今のアメリカには、ネイティブアメリカンが住んでいましたが、1500年代の後半から、イギリス、スコットランド、スウェーデン、スペイン、フランス、オランダ、ロシアの植民地化していきました。その後、それらの国々の人々の移民が進み、それぞれの場所で、新しい社会を作っていきました。
つまり、アメリカは建国前から、様々な国の移民から社会が成立し、地域の中で様々な国の文化と接し、相互に影響を与え、時に反発したり融合しながら、今のアメリカの社会や文化の原型が作られていったのです。

アメリカ合衆国建国後

アメリカ合衆国は、1776年にイギリスの植民地から独立する形で建国されました。建国後、紆余曲折を経て、アメリカは、民主共和制を建国の理念として、教育などの様々な権限を、州や地方に委ねていきました。それは、地域やコミュニティの中で、利害や関心の異なる人たちが相互に対話や議論をし、問題解決する中で自由で平等な社会を創出することを理想と考えたからでした。

なぜかというと、移民によって建国したアメリカは元々、多国籍の市民から社会は成り立っていました。また、アメリカは、独立後から西部へと進出していき、現在の西海岸の方まで領土を広げて行く中で、新しい環境では自身の故郷の文化や常識がそもそも通用しないことも多かったのです。または、移民同士で、時に対立が生まれることもありましたが、相互に違う文化や常識と触れ合う機会も多く、その自身がよく知らない違う常識や文化に合わせた方が良い結果なったという経験もしたのです。

そのため、これまでの信念や常識がどんなに良いものだとしても、絶えず行為を通して確かめ、再検証し、異なる思考や習慣、価値観を持つ人と対話をし、議論をし、作り替える必要が生じたのです。行為や対話、議論により、共有される経験を持つことが、多様な人たちがより良く生き、より良い社会や世界を作っていくという発想になっていったのでした(これがプラグマティズムやデューイの哲学に繋がっていきます)。

アメリカの経済発展と新たな社会問題の発生

アメリカは、19世紀半ばの南北戦争で、商工業が盛んだった北部が勝利を収めると、産業革命によりニューヨークやシカゴなどで、産業化と都市化が進んでいき、経済がさらに発展していきます。そして、アメリカの経済的発展は、世界中の人にとって魅力的に移り、さらに移民が増えていきます。この急激な経済発展と移民の増加はアメリカ社会に大きな問題を起こします

まず移民が急激に増えたことにより、英語が話せず、アメリカ社会に適応できない人が急激に増えました。移民の急激の増加は、社会の余裕のなさを生み、行為や対話による共有される経験を重視するというアメリカの理想から離れる原因となり、移民への差別とつながりました。
こうした差別から、移民は精神障害者であるとみなされるようになり、精神病院へと入院させられます。こうした移民たちに必要なのは、良い習慣や日課を持つ道徳療法による治療が必要であると考えられたからです。
しかし道徳療法は、非常にお金がかかるということもあり、急激な患者の増加は病院の経営を圧迫するようになります。その上、19世紀後半の神経精神医学が発展し、精神疾患は「脳の病気である」という認識が高まり、実際に良い治療効果を示すようになります。

そのため、道徳療法は廃れ、また移民は入院をしなくても良い代わりに社会において貧しい生活を強いられ、移民の子どもは、教育を受けることができないという負の連鎖が始まります
またニューヨークなどの都会では労働者や移民たちの過酷な労働や機械による新しい労働の形により、そうした人の心身の健康が問題になっていきます

そうした当時のアメリカの社会的問題の解決に向けて、哲学や教育という点からはデューイなどのプラグマティズムの哲学者達が、そして社会運動という点でジェイン・アダムズが行動するようになるのです(もちろんバートンらのアーツ&クラフツ運動も同時期です)。

特にシカゴは総人口の80パーセント以上が、移民という状況でした。
そうした切迫した状況から、デューイのシカゴ実験学校による作業による教育や、ジェイン・アダムズのハルハウスでのセツルメントハウス運動が行なわれるようになっていったのです。

終わりに

今回はプラグマティズムについてと、プラグマティズムやセツルメントハウス運動、そして作業療法が生まれる、当時のアメリカの背景を書いてみました(わかりにくかったら申し訳ないです)。
改めて、当時の社会を知ると、作業療法は当時の社会問題を解決するための方法論として、出来上がっていったことに気付かされます。

当時のアメリカはまだ今のような超大国ではまだなく、急激な産業の変化があっただけでなく、移民の増加などから社会が急激に変化します。そういう中で、政治不信が高まったり、価値観も大きく変わっていきます。また人との対立も増え、深刻化していきます。
これってちょっと今の時代や今の日本に近いような気もします(上記の哲学者の谷川先生もその点を指摘しています)。

あくまで個人的意見ですが、作業的不公正も、産業作業療法も、予防的作業療法も、作業療法の源流を辿れば、その原型があったような気がしてきます。
『The History of Occupational Therapy』の序文では、Charles Christiansenは、「21世紀の作業療法は、創始者たちの示した刺激的なアイディアを受け入れて完全に実現することが重要」であり、こうした「豊かな遺産を守り、勇気を持って行動する」ことを勧めています。

思えば、マリー・ライリーは原点に振り返る中で、作業行動理論を作り、その後、人間作業モデルなどの作業中心の理論や作業科学が生まれました。
自身が大学院でお世話になった、京極先生と寺岡先生も、所々で「作業療法の原点を振り返り、その原点のアイディアを再生させ、可能性を引き出す」重要性をよく語られていました。
こうして自分なりに振り返ってみると、改めて作業療法の奥深さを痛感します。

長々となりましたが、次回は、デューイとジェイン・アダムズの具体的取り組み、そして、それがどのように作業療法へと結びついていったのかを書いていければ、と思います(予定は変わるかもしれませんが)。

今回は哲学という専門分野とは言えないことも書いたので、何度も修正を重ねて現在の形に落ち着きました。
皆様にとって、何か得るものがあったら幸いです。
今後の更新頻度は相変わらず、お約束できませんが、気長にお待ちください。

参考資料

Morrison R. Pragmatist Epistemology and Jane Addams: Fundamental Concepts for the Social Paradigm of Occupational Therapy. Occup Ther Int. 2016 Dec;23(4):295-304. doi: 10.1002/oti.1430. Epub 2016 Jun 1. PMID: 27245105.
Andersen LT,Reed K:The History of Occupational Therapy: The First Century, Slack Incorporated, 2017.
上野正道: ジョン・デューイ 民主主義と教育の哲学, 岩波書店, 2022





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?