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噓日記 4/22 おしるこの亡霊

おしるこの亡霊を見た。
のちにこの日記を読み返した時、なんだそれは、と私自身が文章に疑問を持つよう書き出しに今日出会ったものについて、端的に書いておく。
そうでもしない限り、きっと忘れてしまうようなそんな小さな出来事だ。
ただ、その小さな出来事をできる限り忘れないように抗いたいと思っている。
つまり何が書きたいのかというと今日、私はおしるこの亡霊を見たのだ。
気が触れたわけではない。
私は正気だ。
冬の間に温かいおしるこが自販機で売られるのはもはや日本の風物詩にもなってきているだろう。
なんなら手作りよりも自販機で買って飲む、そんな人も少なくないかもしれない。
しかし、もう季節は春。
25℃を超えるような陽気が列島を包んでいる。
例え自販機に温かいおしるこが並んでいても、わざわざそれをこの時期に買うものなどいない。
だが、そんな予想を裏切り今日、おしるこの亡霊を見たのだ。
公民館の前に設置された自販機の前で、ダンゴムシの妖精のような見てくれをした婆さんが背中をそらし、必死に缶のおしるこを飲んでいるではないか。
自分の目を疑った。
4月だぞ。
しかも25℃を超えているんだぞ。
正気の沙汰ではない。
私はツカツカと婆さんに近づき、手に持った缶を奪い取る。
熱い。
手のひらが焼けるように熱い。
そのくせ、軽い。
その婆さんは恐らく買ってすぐに半分ほどを飲み干したのだ。
正気の沙汰ではない。
老人になると肌感覚が狂うと聞く。
自分が暑いのか寒いのか分からないのはまだいい。
熱いのは分かれよ。
命に関わるだろ。
私に缶を奪い取られた婆さんは、手に持っていたトートバッグから真っ赤な毛糸玉を取り出し、程よい長さに切ったかと思うとそれの両端を結び、輪を作った。
そしてそれを両手に掛けたかと思うと、目にも止まらぬ速さで指を動かし、糸同士を絡めていく。
そしてピタッと動きを止めて、私の眼前に出来上がった形を見せつける。
赤い糸が形作るのは、そう、蜥蜴の印だ。
まずいと思った時にはもう遅かった。
婆さんはその印をギュッと握りつぶし、近くに落ちていた手頃な石を拾って、公民館に停まっていたオレンジ色のハスラーに向かって投げた。
婆さん渾身の投石により、ついでに公民館近くの子供110番の店は一時閉店を余儀なくされた。
婆さんはハスラーに石がぶつかった瞬間に、やべっとだけ言って走り去っていった。
日本がまだ文章を右側から書いていた時代に向かって走っていってしまった。
さようなら、おしるこの亡霊。
ありがとな、小さな探偵さん。
これが今日、本当にあった話だから怖い。
俺は正気だ。
正気のSaturday night.

どりゃあ!