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噓日記 5/14 化け犬伝説の真相

私の住む地域に化け犬伝説というものがあります。
昔、お寺で飼われていた一匹の犬がメインとなった伝説で、お寺を妖に襲われた際にその犬が、見事に妖の首を食いちぎり打ちのめしたそうです。
しかし、妖の返り血を浴びてしまった犬は七日七晩、喘鳴を伴うような苦しげな呼吸を繰り返して、最期の晩に身体を丸めながら逝きました。
そして逝く直前、犬の背を撫でる和尚さんに言ったそうです。
「違う」
そのなんとも不思議な響きはまるで人が話すようだったと記録されています。
和尚さんは、見事に戦いに殉じたこの犬をお寺からすぐ近くの丘の上に弔いました。
その際に使われた黒い大きな自然石の墓石は現代でも残っており、地元ではお犬様なんて呼ばれて親しまれています。
しかし最近、悪意のあるネット掲示板で、お犬様が心霊スポットとして取り上げられ始めたのです。
化け犬伝説を知るユーザーが悪意を込めてその伝説を広め、お犬様がどこか気味の悪いものかのように喧伝するものですからそういった悪意が伝播しやすい人たちは無責任に騒ぐのです。
お犬様でこういった体験をした、こんな怖い思いをした、面白おかしく書き込まれる投稿が続きました。
私は胸が痛くて、なんとも言えない気持ちになりました。
昔、犬を飼っていたこともあって彼らの家族に従順な仕草を知っているものですから、化け犬伝説の彼の殉死が軽んじられているような気がしたのです。
命を投げ出してまでお寺を守り、逝った彼の死をなんで辱めることができるのか。
伝説とはいえ、創作かもしれなくても、私の良心と私が育った地元への愛がそれを許しませんでした。
いてもたってもいられず、私は今日お犬様まで向かいました。
黒々とした墓石の周りにはネットの書き込みを見て来たのであろう輩たちが散らかしていったペットボトルや菓子の袋が散乱しており無性に腹が立ちました。
持参した袋、といってもカバンに入っていたエコバッグにですが、それらを拾い集めました。
すっかり綺麗になった周囲を見て、一つ、ふぅと息を吐きます。
それから徐にお犬様に近寄って手を合わせます。
私はあなたの死を悼んでいます、そう伝えるために。
それから墓石の右端の方をさするように、ゆっくりと撫でました。
かつての飼い犬にしていたように慈しむように、優しく、甘く。
するとなんだか変な気配が辺りに漂います。
気配、というか香りというか。
まるで獣のような、乾ききらない洗濯物のような。
「違う」
低い男の声が響きました。
首が外れるような勢いで私は振り返りましたが、辺りには誰もいません。
「違う」
じゃああの伝説は、あの掲示板の書き込みは本当だったのか、そんな感覚にうっすらと汗をかきました。
「違う」
「違う」
「違う」
辺りに響く、抑揚のない男性の声。
逃げ帰ろうかと思いました。
「もっと下」
響いていた言葉が変わりました。
もしや、と思った私は墓石の下の方をさすりました。
「そこ。撫でるならそこ」
そう言って声は聞こえなくなりました。
なるほど、化け犬伝説の犬は撫でられた場所が気に入らなかったんだ。
全てに納得した私は微笑みを湛えながら帰路に着きます。
次回も、墓石の下の方、私しか知らない彼が喜ぶポイントを撫でてやろうと思います。

どりゃあ!