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噓日記 4/14 大疲労

疲れた。
大層疲れた。
それはもう疲れ果てた。
普段の私は床に着くのが午前2時か3時なのだが、今週は疲れ果てすぎて毎日午後11時には寝ていた。
日によっては4時間も生活を巻くほどに体力を奪われていたのだ。
今週1週間は本当に多忙を極めて、心労と身体的疲労が波のように襲ってきた。
休む暇なく戦い続けたのだ。
しかし、そんな今週も今日で一区切り。
土日に入って一時休戦だ。
その休戦締結のため、最後の難敵である金曜日を今日は死ぬ物狂いで打ち倒してきた。
社会人になれば分かるが、金曜日にはある程度タスクが偏ってしまう。
それは取引先とやり取りできないことが多い土日の前後である金曜と月曜に様々な期限が設定されがちだからだ。
しかも、月曜の午前中に、なんて仕事は金曜中にはやっつけておかねばならない。
つまるところ、金曜にはだいたい1.5日分ほどの仕事をこなさなれねばならないのだ。
メールをチェックし、簡単なタスクを部下に振り、自分にしかできない仕事はガリガリとこなし、時には社外に出て所用を済ませ、取引先と電話をし、上司との会議に出席し、月曜日の準備をして、今週の仕事を締める。
組み立てたタイムスケジュールに対して、イレギュラーに発生する仕事を無理やり押し込めてパワーと根性で打ち崩していく。
それが私の金曜日の常なのだ。
私はそれを定時の中でやり抜く。
そう決めている。
私の好きな言葉にこんな言葉がある。
残業するやつ無能の証。
実際には職にもよるだろうが、私はこれを働く際の規範としている。
時間というものは皆に同様に流れる何よりも平等で何よりも残酷なリソースなのだ。
だからこそ、同じ時間の中でどれだけ量をこなせるか、どれだけ質をあげられるか。
それこそが働く人間の価値を決める。
人より仕事ができないならば残業すればいい。
人より仕事ができるとしたいなら時間を一瞬たりとも無駄にせず、死に物狂いで喰らいつく。
それが私の価値を決めると信じているのだ。
同じ時間を過ごすなら少しでも戦い抜いて果てたい。
そう思うことはもはや時代錯誤なのかもしれない。
私は自分という人間がもはや仕事をする機械になってしまったことから目を背け、ただひたすらに決められた時間の中で踠くしかないのだ。
今日よりも明日、前に進んでいけることを願って、疲れ果てたまま、電源が落ちるように眠りにつくのだ。
ちなみに土日ははちゃめちゃにロックマンをするし、スナックも行く。
あと、駄菓子屋で近所の小学生に奢る。
おばあちゃんの家にも行く。
お小遣いももらう。
私は、機械だ。

どりゃあ!