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噓日記 4/19 歌いたい夜

歌いたくなった。
どうしようもなく、歌いたい。
そんな日が月に一度くらいやってくる。
仕事終わりにスーツのまま、流されるようにカラオケ店へ向かう。
今日は初めて一人カラオケというものに興じてみた。
店員に促されるままに個室に入る。
一人には少し大きな部屋で、照明もつけずに、疲れた体が張り詰めた緊張を解いたように、その緊張という薄皮一枚が弾けるように溶けて、ソファにドシャっと座り込む。
しばし放心する。
加熱式タバコは吸ってもいい部屋とのことで、ビジネスバッグからタバコを取り出す。
加熱ボタンを押してしばらくして、ゆっくりと煙を吸い込む。
ニコチンが脳に染み込むような感覚でボーッとする。
その間にも、カラオケ機器メーカーが配信する音楽番組がモニターに映し出されている。
焦点が合わないような虚ろな目で、煙の向こうで歌う新人ロックバンドを何の気なしに眺め続ける。
輝いて見える。
口から漏れる煙にモニターの光が反射する様子なのか、その若人の音楽性なのか。
分からないがモニターが照らす部屋が酷く眩しく見えたのだ。
煙が目に染みたように、自然と双眸に涙が溜まるような感覚がした。
急いでカラオケリモコンを充電機から取り外して、操作をする。
彼らを見て、何故か居ても立っても居られなくなったのだ。
人は中学2年生くらいに聞いていた音楽に、一生影響されるとテレビで大江裕が言っていた。
上沼恵美子だったかもしれない。
それは本当にその通りで、私自身学生時代は青春パンクを貪るように聞いており、今でもその残滓が私の中で燻り続けているような感覚が残っている。
もう20年は前だろうか。
その当時の曲を自然とリモコンで調べていた。
そして一曲、一番好きだったバンドの一番好きだった曲をいれてみる。
イントロが流れ始める。
そうだそうだ。
こんな曲だ。
そのイントロだけで、学生時代に立ち返ったような、そんな感覚がした。
マイクに小さく、アーと声を通す。
誰よりもダサいマイクチェックだ。
歌が始まる。
一音目から大きく音を外しながら、歌詞を追う。
大きな声でその口からリズムを吐き出す。
まるで体の中に溜まっていた何かを追い出すように、祈るように声を張り上げる。
サビに差し掛かり、声が詰まる。
出ない高音に無理やり喉を引き締めながら声を出す。
モニターに映った若いロックバンド、好きだった青春パンク、彼らに少しでも近づきたくて。
歌詞は青くて、臭くて、苦しくて。
でもどこか晴れ渡る空のような爽やかさもあって。
煙がまだ揺れるこの部屋で、私は少しだけその青かった時代に思いを馳せる。
あぁ、聞いて欲しかった。
誰かに、私の青さを。
この青を誰かに見て欲しかったのだ。
歌い終わったとき、扉の小窓からJKがめっちゃこっちを見てたのでバックから翁の面を取り出し撃退した。

どりゃあ!