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噓日記 4/5 同僚

仕事終わりに同僚に誘われ安居酒屋に立ち寄った。
とりあえず枝豆とビールを注文して、乾杯。
彼女の方をチラリと見て、口を開くよう言外に匂わせる。
彼女が酒の席に私を誘うと言うことは、詰まるところ仕事で何かあったのだろう。
たまに愚痴を吐き出して、スッキリして、仕事に戻る。
そんな彼女の苦しみが履き捨てられる場所は決まってこの安居酒屋なのだ。
私の視線に気付いた彼女から上司の愚痴がこぼれる、いや、あふれる。
立て板に水とはよく言ったもので私の相槌も追いつけないほどにつらつらと上司への愚痴が流れ出す。
やっと一息ついたものだから、大変だったねと月並みな言葉で慰める。
彼女は私に上司への悪意の同調を求める。
同調というよりもむしろ確認作業に近いかもしれない。
共通敵として今後上司を扱っていくが問題ないか、というような意図が薄らと透けているように思えた。
しかし、私は別にその上司を嫌ってはいない。
勿論、彼女にあったように私もその上司との間で業務上のコミュニケーションで齟齬が生まれたり、どこか無理な要求をされたことはある。
しかし、それは好きとか嫌いの領分に踏み込む話ではない。
人間は誰しも欠点を持っていて、それが顕著に表れてしまったが故のすれ違いによって人は心まですれ違う。
今回彼女とすれ違ってしまったその上司にも尊敬できる点は多分にあるのだ。
これは、人を嫌いになるという前段階の話だ。
そもそも、人を嫌いになってから消費されるエネルギーは、人を好きになってからの何倍も負担だ。
周りの雰囲気もそれを察知してぎこちなくなるし、なりより当人同士がギクシャクする時間が無駄だ。
さて、ここで上司を嫌う承諾をすることも、彼女を嗜めることも同時に誰かを嫌うこと、嫌われることに近い。
どうしたものだろうか。
私はその場にいない上司のエピソードを創作して彼女に聞かせた。
上司の方もどうにかして彼女の負担を減らそうと思っているだとか、上司も上司で社の方向性と板挟みになっているだとか悪者を作らぬよう、悪者にならぬようにその場を収めることにした。
彼女もそれを聞いて少しは納得したのだろう、多少は溜飲が下がったようだ。
だからそんなに上司を嫌わないでやってくれ。
最後にそう告げると、彼女は言った。
それはもう無理だ、と。
だからだよ。
人を嫌いになるエネルギー消費の大きさを改めて感じた。
彼女とは居酒屋で別れ1人、バーに立ち寄る。
彼女が吐き出した愚痴は中空で私が有耶無耶にした。
しかし、それをダイレクトに受け止める必要があった無関係の私はどうしても苦しい。
大切な同僚、尊敬する上司。
彼女たちの諍いは表面化せずとも起こったことなのだ。
あぁ、私はこの愚痴をどこにぶつけたらいいのだろう。
彼女が履き捨てた先は居酒屋じゃない、私なのだ。
次の私が生まれぬように、モヒートと一緒に飲み込んでしまおう。
あぁ。
苦しいよ。

どりゃあ!