嘘日記　3/20 職務質問

今日もまた職務質問をされなかった。
生まれてから一度も職務質問をされたことがない。
私が人畜無害な可愛らしい見た目をしているからか、街を警邏する警官には私の内に秘めた凶暴性は看過されていないようだ。
いつ職務質問をされてもいいように、私は常になめ猫の免許証を財布に忍ばせている。
それも又吉ではない。
ミケ子の免許証だ。
身分証を出す際に、一度間違えたふりをして見せつけてみたいものだ。
あっ、これ違いますね、なんてわざとらしく言いながらニヤニヤとしたい。
これは私の持つ凶暴性の片鱗に過ぎない。
その後、保険証や正式な免許証を提示して、仕事について語りたい。
その際にもかましたい。
メルカリで転売することを物販と宣う厚顔無恥な輩のペルソナを身に宿し、そのペルソナに見合ったキャラを演じたい。
怒られそうだったらちゃんと無職だと言いたい。
これも私の持つ凶暴性の片鱗に過ぎない。
その後、カバンの中身をチェックされる際に仕込んでおいたバタフライナイフ型の櫛を見せつけたい。
これはヴィレッジヴァンガードで体調が悪くなり、いつの間にか購入していたものだ。
ついでに、恐竜キングのカードも見せたい。
ケントロサウルスとかいう知らん恐竜のカードを警官に見てもらいたい。
これも私の持つ凶暴性の片鱗に過ぎない。
何をしていたのか？ と聞かれたら、徐にスマートフォンを小さいボディバッグから取り出して悔しそうにその画面を見せつけたい。
全然プレイしていない農園ホッコリーナのプレイ画面を。
トマトが僅かに育った農園ホッコリーナのプレイ画面を、だ。
これも私の持つ凶暴性の片鱗に過ぎない。
これからどこへいく気なのかと聞かれたら、遠く道の先を指差したい。
遠く、遠く。
海の見える高台を指差して言いたい。
一人カラオケです、と。
これも私の持つ凶暴性の片鱗に過ぎない。
ここまでやると恐らく尿検査に協力してくれ、と言われるだろう。
その時、3mぐらい逃げたい。
そうして、逃げた先でしゃがみ込んで、泣きながら100円玉を拾いたい。
俺んだからな！ と警官に牽制したい。
そこで指を何度かに分けて折るような仕草をしたい。
警官が訝しんだ表情をしたらすかさず言いたい。
100円拾ったからさ、イオンのゲーセンでさ、メダル借りてさ、あれやりたいねん、あの釣りのやつ。
あれ子供に人気なんやろ？ おっちゃんそういうの詳しいねん。
その後、強制的に行われる尿検査で陽性になって普通に捕まりたい。
冷たい牢屋から遠く、遠くの空を見たい。
何しているのかと刑務官に聞かれたら、遠くの空を指して私は言いたい。
一人カラオケです、と。