見出し画像

噓日記 4/20 スニーカーを買う

休日には散歩をする、そんな趣味を開陳できるほど私は人間が出来ていない。
休日に何をしているのか、という簡単な職場の雑談でも一、二時間散歩をしていますと言えず口籠る。
私のような人間が散歩が趣味だと言っても、恐らくそれを聞く者の頭に浮かぶ言葉は徘徊や不審者が関の山だろう。
酷けりゃきっと、下着泥棒とまで想像するんじゃなかろうか。
これはただの被害妄想であり、私の醜く太りきった自意識の起こす幻かもしれないが、それを間に受けて表に出せないのが私という弱者なのだ。
ただ、そんな風に隠してはいるが散歩が好きだということは紛れもない事実である。
季節は春ということもあり、歩き回るには程よい陽気で心地が良い。
この週末も何処か知らない街で電車を降りて、胡乱な顔をしながらウロウロと散歩をしてやりたいと計画している。
今日は仕事終わりに散歩で履き潰してしまったスニーカーに代わる新しいスニーカーを買いに行った。
帰宅途中、量販店のインショップの靴屋に立ち寄る。
スニーカー売り場では色とりどりのスニーカーが壁にかけられており、なかなかの品揃えだ。
店員に目をつけられぬように、入り口付近の売り場からコソコソと盗み見るようにスニーカーを眺める。
あまりにもウォーキング然としたスニーカーは私の自意識が許さない。
あくまで普段履くようなスニーカーで散歩をするのが私の流儀である。
そこでふと目に入ったのが、有名なブランドの緑の三本線が入った白いスニーカー。
春らしい白のスニーカーを履いて歩く自分を少し想像する。
小さなデイバッグを背負って、住宅街をゆったりと歩く自分を。
悪くないかもしれない。
何故だか自信が持てたような気がした。
店員にどうにか声をかけて、目当てのサイズを試着させてもらう。
椅子に座って右足だけ履いて、立ち上がってみる。
履き心地は良い。
少し歩く。
地面を蹴る感覚も心地よい。
左足も履いてみる。
両足で立ってみても違和感がない。
いい感じだ。
そのまま少し歩いて鏡の前に立つ。
そこには私の忌み嫌う、客観視された私がいた。
姿勢悪く猫背で、小太りの中年が一人、爽やかの対極としてそこには映る。
そうか、これが周りから見える私なのか。
爽やかな白いスニーカーに充てられたのか高揚した気分はどこか冷水を浴びせられたようにスッと血の気が引いて落ち着いた。
店員に何か話しかけられたが、あまり頭に入ってこない。
店員に聞く。
これと同型でもっと地味で黒いスニーカーってありますか?
店員はニコニコとしながら、在庫の確認のためバックヤードに引っ込んでいった。
再度、鏡に映る自分を見る。
また、変われない自分を見る。
瞳に刻みつけておく。
自意識に阻まれて、変わろうとしなかった自分を。
白いスニーカーを買うことさえ自分のような不審者予備軍には許されないおしゃれなのだ。
私はこの週末、きっと黒いスニーカーで美しい春の空の下を徘徊する。
何も変わらない私の日常へと回帰する。
下着は盗む。

どりゃあ!