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【so.】大和 栞蔓[1時間目]

 つぐちゃんを初めて見た時は可愛いコだなと思った。話してみたら天然で面白いコだなと思った。それから話を重ねるうちに段々と頭の悪さに腹が立ってきた。
 わたしは高校から編入した他の2人に比べて、随分上手くやって来たと思う。曽根さんはBグループで細川さんは不登校。わたしはAグループに食い込めたという自負があるし、ヨシミのりんたちに比べたら控えめに言っても可愛い方だろう。そんな私をさておいて、Bグループの天然キャラが雑誌のモデルだなんて。その編集部の見る目のなさったらない。なんとかつぐちゃんにはモデルを辞退してもらって、今度編集部に思い切って飛び込んでみるのも悪くないな。

「おはよう!」

 現代文の逸見先生の大声。そうか、今日はいきなり現代文か。出席番号で前の席のジンさんが当てられた。この後、後ろの席の私に飛び火したりしないだろうか。朗読させられるのは嫌だけど、どこまで読んだか把握していないとまずいから、わたしは大人しくジンさんの朗読を教科書で追うことにした。
 幸いにも次の朗読は埋田さんに当てられてホッとしていたら、突然わたしの机の所に山浦がやってきて言った。

「行っといで」

 そうだ、面談にいかなければいけないんだった。わたしは軽く頷くと、教室の後ろのドアから外へ出た。1時間目の廊下は静かで、1月の寒さで冷え切っていた。
 三条先生のいる地理準備室まで歩きながら、警察に事情聴取された時と同じことを聞かれるのかなと思った。聞かれることをイメージして、その返答を復唱した。終業式の朝のことだ。大丈夫。
 ドアをノックして、少し開いて中を覗くと、三条先生が窓際に立っていてこちらに振り向いたところだった。

「おう、入れ」

「失礼します」

 準備室の中へ入ってドアを閉め、部屋の真ん中の方へ歩いて行った。

「これに座ってくれ」

 壁際の本棚の前に不自然な形で転がっていた椅子を持ち上げた先生は、わたしの前にそれを置いた。わたしは椅子の縁にそっと座った。椅子があんな風に転がっているなんて、山浦との面談で何かあったんだろうか? あのコはキレたら怖そうだしな。

「これ、飲むか?」

 先生は机の上に置いてあったヨーグルト味のジュースを手にして見せる。わたしは「ありがとうございます」と言って、笑顔を作ってそれを受け取った。先生は缶コーヒーを飲んで、わたしの方を見た。

「みんなに聞いてることだから、大和にも聞くけど、12月21日の月曜日、4時間目の体育の後、教室に残ってたか?」

「はい」

 そうか、みんなにも共通してることといえば、前日のことだもんな。

「他に誰がいたか覚えてるか?」

「わたしと橋本さん、ソフトボール部の2人にバスケ部の3人、郷さん、埋田さん、山浦さんもいたかな。それから福岡さん、イズミン…」

「その時、何があった?」

「郷さんが、ヘアピンが無くなったって」

「それで?」

「みんなで結構探したんですけど、昼休みが終わっちゃって、わたしと橋本さんはバドミントン部に行ったから、その後は知りません」

「そっか。じゃあ次の日の朝まで、何も?」

「聞いてないです」

 先生はノートに書き込みながら、話を変えた。

「で、次の日の朝だけど、第一発見者はお前だよな?」

「は、はい…」

 来た。大丈夫だ、何度も同じことを話したじゃないか。

「早めに教室に来たら、郷が首を吊って死んでた。それで俺の所まで知らせに来てくれた。それで合ってるな?」

「そうです」

 どうしてもあの時のことが頭に浮かんでしまう。

「その時、ポケットの中を確認したりしたか?」

「まさか…そんなこと出来ません」

 実際の所、わたしは腰を抜かしてしまって、しばらく立ち上がることなんて出来なかったんだから…。

「だよな。うん、実はな、ポケットの中にヘアピンがあったのが、後で分かったんだよ」

「みんなで探したやつですか?」

 今まで俯いて答えていたけれど、思わず顔を上げてしまった。

「ああ。通夜の時に、田口に確認してもらった」

「どういう…ことですか? 意味が分からない」

「ヘアピンは誰かが盗んだと思ってたか?」

 盗む? いや、そこまで考えたことはなかったけど、そうか、そういう考え方もあるのか。

「あれだけ探して見つからなかったんだから、それは…」

「でも、出てきたんだ」

「はい…」

「つまり、盗みは、なかった」

「えっと、言ってる意味がよく…」

「事件じゃなくて、事故だ」

「そうなんですか」

「そうだろ? あったんだから」

「はあ」

 勢いに押されて納得してしまったけれど、そもそも先生がなんでそんな話をするのかがよく分からなかった。ヘアピンが盗まれた説があったけど、見つかったから、その説は正しくないってこと?

「他に、何か知ってることはないか?」

「いえ、全部話しました」

 先生は壁の時計に目を向けた。わたしも時計を見たら、もう1時間目が終わりそうな時間になっていた。

「よし、じゃあそのジュースはあげるから、チャイムが鳴ったら教室に戻れな」

「はい」

 もらったジュースの蓋を開けて、少し飲んで蓋をした。先生はなおもノートに書き込みを続けながら、ため息をついた。

「お疲れ様です」

 ちょっとした気遣いで声をかけてみた。こういうのに男は弱いらしいと、前に読んだ雑誌に書いてあった。ペットボトルを持って立ち上がると、チャイムが鳴った。

「失礼します」

 毎晩鏡の前で練習している笑顔をバッチシ決めて、ドアを閉めた。女子校で、そこそこカッコよくて若い先生なんてほとんどいないから、ついつい愛想を良くしてしまう。だけど三条先生が女子にそこまでの人気を得ていないのは、端々に漂う子どもっぽいところが、残念な方へ転んでいるせいなんだよな。

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