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【so.】野田 繁美[始業前]

「今日はさあ、何回繰り返すんだろうね?」

 思わず隣のタイラーにこぼしてしまった。トランペットを咥えたままのタイラーは、軽く首を傾げてみせた。時計が8時5分を指している音楽室。顧問の葵先生は、最初の8小節ばっかり何度も繰り返しさせる。吹奏楽部の朝練で、7時半からずっとだ。ずっと。

「ミス野田。おしゃべりしない」

 わたしは黙ってトロンボーンのマウスピースを咥えた。今日は2年生が3人、1年生が5人。なんとも慎ましやかな吹奏楽だ。

「じゃあもう一度」

 先生のタクトが高く上がり、振り下ろされた。出だしがバッチリ合ったのに、やっぱり8小節目で止められた。もう1回。もう1回。音楽室の窓ガラスは白く曇っている。後であそこにたくさん落書きをしてやろうっと。

「寒いから? 今日は全然ダメでした。放課後また同じ所やります。ハイ解散ー」

 結局1時間近く、同じ8小節から進まなかった。

「なんかさー、楽しいことってないのかなー」

 部長は病院へ行くとかで朝練にはいなかったから、わたしとタイラーとヒロさんで廊下を歩いていた。

「年明けからクラスの雰囲気悪いよねー。もっと楽しく過ごしたいー」

「例えば?」

 ヒロさんもタイラーもあまり喋る方ではないから、自然わたしばかりが喋っている。

「もっとね、ナントカ君カッコイ~とか、ナントカ君と話しちゃったキャ~とか、わたしそーいうドキドキ? 青春みたいの憧れあったんだけど」

「私たち、女子校だからね」

「ヒロさん、それは分かってるんだけど、そーいう成分が欲しいわけよー。キュンキュンするようなやつー」

「朝、自転車置き場で三条先生見た」

 相変わらず脈絡ない話をタイラーは始める。

「ジョーサンがどーしたん?」

「ちょっとかっこよかった」

「うそー! タイラーはジョーサン好きなの!? えー! やだなに衝撃発言ー」

 思わずタイラーの肩をばしんと叩いてそう言った。なんともオバサンくさい仕草だなと自分でも思うけれど、自然に出ちゃうんだからしょうがない。

「えー変ー?」

「カッコ悪くは、ないよね」

 珍しくヒロさんまで乗ってきたから俄然楽しくなってきた。これは、そねちゃんにも教えてあげなくっちゃ!

「こーいうの! こーいうの待ってたのよタイラー。わたし超応援するから!」

 教室に入ったけれど、まだそねちゃんは来ていない。

「ヒロさんも好きなの?」

「私? 私は好きとかそういうのじゃないから」

「慌てちゃってもー」

 けらけら笑っていると、そねちゃんが教室に入ってきたから駆け寄って言った。

「ちょっとそねちゃん大ニュース! タイラーに好きな人がいるんだって」

「もじゃー、やめてよー」

 タイラーが軽く叩いてきた。そねちゃんはにやっとして話に加わってきた。

「タイラー色気づいちゃってー。相手は相手は?」

「はいホームルームやるから座れー」

 ちょうどいい所でジョーサンが入ってきて中断になってしまった。せっかく楽しいところだったのに。そしていつもの口癖が出た。

「あーもう、ガッデム」

次の時間


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