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【so.】曽根 興華[4時間目]

「ねーそねちゃん! なんで!」

 大声を上げて、体操服姿のもじゃがパタパタと駆け寄ってきた。

「着替えないの?」

 体育が終わってそのまま地理準備室へ来たらしいもじゃと、傍らに近寄ってきたタイラー。さすがに想定外の出来事に、口から意味のない疑問がこぼれ出た。

「体調悪いんじゃなかったの?」

 もじゃはそれを無視して私に言った。参った。まさかこんなに早く露見するとは思っていなかった。私は何も言えない。もじゃとタイラーは何も言わない。長い沈黙の後、タイラーが口を開いた。

「教室もどろうよ」

 それでもそのまま動けなかったけれど、意を決して歩き出したタイラーに続いて、私ももじゃも歩き出した。次の授業は選択科目で、私はもじゃと同じ書道クラスだったから、視聴覚室まで一緒に行かなければいけなかった。
 教室へ戻ると私は席に座り、もじゃが着替え終わるのを待っていた。どう話せばいいだろう。さらに面談に呼ばれた? いや、なんだか嘘くさい。進路相談をしていた? 口裏合わせを頼めばきっと三条先生は協力してくれる。けれどそれをしようという気が湧いてこない。取り繕った所で、その後がまた面倒だ。答えの出ないまま、もじゃが着替え終わったから近づいていった。

「歩きながら話そ」

 もじゃは無言で書道の道具を掴んでついてきた。

「地理準備室で何してたの」

 口調はきつい。友だちのためにここまで親身になれるって、素晴らしいことだ。

「FILOで三条先生に呼ばれたから行ったの」

 結局私はありのままを話そうと決めた。

「なんでFILO知ってるのよ」

「教えられたから」

 聞かれれば何でも答えるつもりで、もじゃの顔をじっと見つめながら、視聴覚室へと歩いている。

「付き合ってるの?」

「付き合ってない。断言しとく」

「タイラーの応援するって言ったよね?」

「別に反対はしないけどさ、本当にタイラーの意志なわけ? それ」

 朝からの疑問を口にしてみた。

「えっ」

「私には、もじゃが先走ってるようにしか見えないんだけど」

 もじゃは、ムッとしたようだった。

「何これケンカなの?」

「違うよ。反対意見言ってるだけよ」

「地理準備室で何してたのか答えてよ!」

 声を荒げるもじゃ。

「セックス」

 ああ、言っちゃった。少しだけ自分自身に驚くとともに、結局私は親たちによって、やすちゃんと別れさせられてからというもの、どこか空虚な思いを抱えていたんだなと思った。いつだって、全部ぶっ壊れてしまえばいいと、心の何処かで願っていたんだ。

「は! はぁ?」

「でも付き合ってないからね。先生が求めてくるだけだから」

「何言ってんの?」

 ほんとにね。私、何言ってんだろう。足を止めて、精一杯の善意を込めて言った。

「本当にタイラーが三条先生のこと好きなら応援する。でもね、あの人、あんまいい男じゃないよ」

「何なのよ!」

 これだけは最後に言っておかなければ親切じゃない。

「あとね、セックスが下手」

 私はそのまますたすた歩いて視聴覚室に入って座った。もじゃは私から離れた所に座った。

 授業が始まると、先生は「このクラスに必要なもの」というお題で書き初めをしろと言った。壁に向かって座り、少し考えた。三条先生が好きなら好きでとっとと告白したらいいじゃないか。すぐに答えは出るじゃないか。それをしないでアアダコウダこねまわしてばかりいて、じれったい。私は「行動」と書いて提出した。

「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」

 まあたった8人なのにこうも出てくるもんだなと感心しながら目を通した。断罪なんてよくわからないけれど、革命はいいな。全てがひっくり返るようなスイッチが入れば、私の抱える虚無感も少しは晴れるのかもしれない。

 先生は次のお題として「このクラスの誇れるもの」を指示した。さっきのあの、もじゃの剣幕。私の持ちえていないあれだよな。

「熱意」

 とても良く書けたように思えた。

「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」

 貼りだされた言葉にはいくつか悪意のありそうなものが混じっていて、他にも鬱屈したものを抱えている人が混じっているように感じた。

 チャイムが鳴って授業が終わって、もじゃはひとりで帰っていく。私も殊更何か話しかけようとは思わない。だけど別にもじゃと喧嘩をしたかったわけじゃない。分かってくれるまで待つか、それとも私からアクションを起こすべきなのか。大人なヒロさんならもう少しは冷静に聞いてくれるだろうか。なんにせよ女子の世界は洒落臭い。そんなことを考えながら廊下を歩いていたら、渡り廊下の方から大きな悲鳴が聞こえてきた。物事はいつだって無防備なときにやって来る。

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