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【so.】三条 宗雄[4時間目]

 不登校の細川サヨを呼び出したのは、もちろん復学を促すためだ。高校から編入した細川だったが、ほんのひと月ほどで不登校になって、そのままだ。一年経った時点で退学とするのが筋だが、細川の両親が学費だけは納めていたため、そういうわけにもいかなかった。毎年定員割れしているような現状では退学者を出したくない学校側としても、なるべく細川には学校に来てもらわなくてはならなかった。二年になってから校長が俺に確認をする回数も増えていたし、何度となく連絡を取ったり自宅まで行ったりして、やっと今日の4時間目に保健室で会うという所までこぎつけたのだ。俺は地理準備室に鍵をすると、既に4時間目が始まって静かな廊下を歩きながら、保健室へと向かっていった。

「失礼します」

 保健室のドアをノックして中へ入ると、宮本先生は不在だった。独身で三十路の彼女は俺に好意を持っているらしい、と1年生たちに聞かされたが、迷惑な噂だ。確実に付き合ったら面倒臭そうな女だと分かるので、ちょうど居なくてほっとした。

「細川いるか?」

「…はい」

 声の聞こえた方へ行き、降ろされていたカーテンを開くと、上半身だけ起こして壁にもたれ掛かった細川サヨの姿があった。私服で来ていて、このまま授業に出たりする気がないらしいことは分かった。

「久しぶりに会えたな」

「そうっすね」

 あくびをする細川は、今しがた起きたみたいにボーっとしていた。俺は丸椅子に腰を下ろした。

「毎日、何して過ごしてるんだ?」

「ネットしたり、曲作ったり…」

「今度聞かせてくれよ」

「やだ」

「細川さ、学校に戻らないか?」

「そのつもりは、ないんです」

 細川は念を押すように言った。予想はしていたけれど、こちらもなかなか面倒くさい。

「じゃあなんで今日来てくれたんだ?」

「今言ったことを言うため」

「もうちょっと考えてみてくれないか?」

「2年近く考えてましたよ」

 からりとドアの開く音がした。きっと宮本先生が戻ってきたのだろう。

「ねえ先生、私さ、学校で起こったこととか全然知らないんだけどさ」

「うん」

「誰か死んだでしょ?」

 絶句した。どう答えていいものやら迷ったが、たしか細川は山浦と仲が良かったはずで、きっと郷のことを聞いたんだろう。

「誰かに聞いたのか?」

「いーや。さっき教室の側まで行って、感じたの」

「そうか…」

 …薄気味の悪いこと言いやがって。俺は霊感なんてものは信じない。そんなことを言う奴は全員頭がイカれてるとしか思えない。だいたい俺はクラスに不登校児を抱えたまま、別の生徒の自殺が起こって、しかもその原因が窃盗かもしれなかったんだ。3枚目のイエローカードを貰ったら謹慎だ。絶対に貰うわけにはいかないし、1枚目のイエローカードを返上したくて今こうして甘んじて細川にお願いしているんじゃないか。こっちの都合も知らないでいい気なもんだ。俺はこれ以上問題を抱えるわけにはいかないんだ。

「みんなに会ってくか?」

 話題を変えようと、笑顔を作って提案してみた。

「やだ。先生さ、私が学校に行かなくなった理由って言わなかったっけ?」

 ああ、そういえばこいつは確か誰かに嫌がらせを受け続けて不登校になったんだったっけ。

「会いたい人には後で会うし、会いたくない人は会いたくない」

「そうだよな。分かるよ」

「じゃあもう出てってください」

 …ここまで俺をコケにしても復学は呑んでくれないわけで、どこまでも細川のことを好きになれないなと思う。だが唯一覆せそうな可能性のあるカードだから、何とか粘ってみるしかない。

「悪かったな、わざわざ来てもらって。また連絡するから、もう一度考えてみてくれ」

 努めて爽やかに立ち上がると「じゃあ、またな」と声をかけて俺は細川の前を去った。

「あら、お疲れ様です」

 宮本先生が立ち上がって引きとめようとしてくるのをかわして、俺は保健室から出た。やれやれ、無駄な時間を過ごしたな、と思った。ちょうど1階にいるからハセベのパンでも買おうと思ってのんびり廊下を歩いていると、チャイムが鳴った。すぐに尋常じゃない悲鳴が耳に突入してきて、俺に3枚目のカードを予感させた。

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