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雪山に紡ぐセーター2


「伊織ちゃん、セーターとニットの違いわかる?」

彼は、まるで、この世の全てを知っているかのような顔で問いかけてくる。

「セーターは、糸がチクチクする太めの毛糸で作った服。ニットはもうちょっと糸が細くて薄くて、ちょっとすけたりするやつ。」

これが自分の答えだった。彼は、僕の答えを聞いて「そう思うよなー」と。
まるで、この世の全てを理解しているかのような顔でうなずいていた。

ほんで答えはなんやねん。と言いたかった。

今からさかのぼること17年前の大阪。通天閣が見える居酒屋でハイボールを飲みながらそんな話をしたような気がする。

上海赴任から戻ってきて1年ほど立ったころだろうか?当時、大阪の営業所で普通に営業マンをしていたのだが、ふと、上海で知り合った彼のことを思い出してメールを送ったところ「ちょうどいま、大阪にいるのよ」という返事が即時に帰ってきた。

じゃあ、大阪を案内するよと彼に伝え、天王寺から新今宮に広がるディープ大阪を案内したのだった。今でこそ、西成が海外バックパッカー向けのゲストハウスストリートとして有名になり、星野リゾートも進出したりしているが、当時はまだまだ「怪しい街」だった。

まずは天王寺駅前にある「ショッピングセンターの中の本気のジェットコースター」からスタート。当時フェスティバルゲートという商業施設があり、その屋上になぜかジェットコースターが設置されていて、天王寺のビル群の中をコースターで駆け巡るという、なかなかに刺激的なアトラクションだった。(フェスティバルゲートは今は閉鎖されていて、廃墟になっているらしい。)

遊園地で乗るジェットコースターは、「遊園地」という非日常の空間にある非日常体験であり、非日常でしかないが、このジェットコースターは町中のビルという日常風景の中でジェットコースターという非日常が体験できる。
コースターに乗ると、ショッピングモール内の買い物客やクレープの売店が風景としてゆっくり流れていき、徐々にスピードが速くなる。日常の風景が非日常へと変わりゆく姿だ。コースターはショッピングモールを飛び出し、周囲のビル群のスレスレのところをかすめるように走る。最後に出てくるのは隣の温泉。
なぜ隣に温泉が?
フェスティバルゲートの隣にはスパワールドという巨大な温泉施設があり、ここの露天風呂プールの上をコースターが走るようになっている。露天風呂プールは男女混浴(水着着用)になっており、「ビル街の中の温泉プールに入っている人たちにジェットコースターの上から手を振る」のが最後の山場になっていた。

僕と彼は、「ウヒョー。」と歓声を上げながら、プールの人たちに手を振った。

東京に戻って「ビル街の中のジェットコースターに乗って、コースターの上から温泉に入っている水着のギャル達に手を振ったのよ」って言っても「何言ってるの?」って返されるやんな。

東京生まれ東京育ちの彼には「信じられない体験」になったはずだ。してやったり。大阪駅前の開発も進み、かなり発展しているとらしいが、一方で大阪は「訳のわからんスポット」のセンスを忘れずにいて欲しいと思う。東京の縮小版じゃなくて「これが大阪や!」って言いたいやん。

続いて通天閣周辺のいわゆる「新世界」を巡った。当時の新世界にはまだ、「路上カラオケ」があって、おじいちゃん達が元気に演歌を歌っていた。
(路上カラオケは、ネットで調べたら画像がたくさん出てくると思う。運動会の時に使うようなテントが路上にあって、その中にカラオケの機械(マイク・スピーカー・カラオケマシーンのセット)が設置されており、一曲100円程度で歌うことができるという夢のようなお店ですよ。声はもちろん周囲に響き渡る。)

通天閣に登ってビリケンさんの足の裏を触ったあと、新世界でお決まりの串カツを食べながらハイボールを飲んだ。
上海で知り合った時は留学生だった彼、祖父江くんは、いつの間にかアパレル系の人になっていた。上海で学生をしている時に、たまたまその筋の人と知り合い、会社に誘ってもらったそうだ。
彼の仕事は「広東省にある工場の管理・連絡担当」。
雇用主である会社は大阪に本社のあるアパレルメーカーなのだが、提携先の工場が中国に点在しており、現地での細かい調整や進捗確認をすることが彼の仕事らしい。

「留学生になる前の仕事は石屋さんって言ってたやん。石みたいに硬いものを売ってたんやから、次は鉄とかタングステンとか。硬いものつながりで仕事するもんじゃないの?何でまた、布みたいな柔らかい仕事になったんよ?」

「うーん。まあ、それもそうなんやけど、やっぱりこれからの時代は布かなと。柔らかい時代やん。」

「そうかー。そうやな。布の時代やな。ミーシャも包み込むようにって言ってるもんな。」「そやけどな。祖父江君が、硬い仕事をしようが、柔らかい仕事をしようが、変わらないことがあるんよ。この世の真理。教えてたるわ。」

「なになに?」

「それはな、『串カツのソースは二度漬け厳禁。』てこと。そこに書いてるやろ。」

「うん。あちこちにそう書いてるね。二回漬けたらダメなの?」

「アホ、これやからシロートは。ソース2度漬けだけは、絶対やったらあかんで。昔なあ、いきったK-1の格闘家がこの辺の串カツ屋で、ソース2度漬けやったんや。身長2メートル超えてるムッキムキの外人さんやったんやけど、「ガハハハ!2度漬けしたからどうなるってんだ?何なら俺の腰のベルトもソースに漬けてやろうか?(当時は、金メダルを丸かじりするような人もいなかった)」とか言いながら、一口かじった後のサーモンの串をソースに漬けてしもたんや。よりにもよってサーモンやで。これが、まだ豚肉とかやったら話が変わってたかも知らんけど、サーモンよ。ソースの中にボロボロになったサーモンが散ってしまうやん。」

「さ、サーモンか。。。」ゴクリ、彼が固唾を飲む音が明確に聞こえた。

「それが店のオバハンに見つかって。

『あんた何やってんの!!』って。

ここでその選手が不幸だったのは、見た目強そうだったことなんよ。いや、見た目だけじゃなくて本当に強いんやろうけど。

普通やったらオバハンが一人でワーワー言うだけで終わるんやけど、『一人やったら負ける』そう判断したオバハンは、近所のオバハンに電話かけて、そのオバハンも近所のオバハンに電話して・・・・連鎖反応でそこらへんのオバハンが集まってきて、もう、わやくちゃのもみくちゃ。
ここらへんのオバハンはな「汎用人型最終決戦兵器オバンゲリオン」って呼ばれてるんや。K-1選手ごときが勝てるもんじゃない。
ほんで、オバハン達、ヒョウ柄の服着てるやろ。そのK-1選手はヒョウ柄の服を見るたびに恐怖で身体が震えるようになって。二度とリングには戻れんようになったらしいで。」

「マジか」

「うん。だから絶対にソースの2度漬けだけはやったらあかん。ダメ、絶対。」

この世の真理を伝えることができた僕は得意満面。
上海や東京ならともかく、ここは大阪。自分のフィールドで負けるわけにはいかない。

しかし、同時に彼を刺激してしまった。

「伊織ちゃん。セーターとニットの違いわかる?」
唐突に投げかけられた問いは、この世界の真理を揺るがしかねない危険をはらんでいた。
自分は、爆発寸前の爆弾を解体するスパイ、コードネーム黄昏、くらいの慎重さを持ってこれに答えた。

「あのねえ、ニットもセーターも、使っている糸は同じなの。それをバーッとやったのがニットで、さらにガーッとやったのがセーター。わかる?」

この世の全てを教えるもののような顔で語る祖父江くん。

「わかるわかる。まあ、所詮ニットとセーターの違いなんか、そんなもんやろうと思ってたで。毛糸をガーってやったらニットになるんやろ。わかるわかる。」

「違うって、ニットは、バーッとやるのよ。ガーッとやったらセーターになってしまうから。」

僕はカチンときて言い返してやった。

「それやったら、この鶏肉。串にさしてバーッて揚げたら串カツで、ミキサーにいれてガーッてやったらつくねになる。同じようなもんやんな。」

「そう、正にそれ!そうなんよ。伊織くん。我々モノづくりをするものにとっては、それが真理なんよ」

大阪の場末の居酒屋で、ハイボールを片手に真理を語る。
あれから17年。自分は真理に近づくことができたのだろうか。
当時は、自分はサービス業だったのでモノづくりの真理は理解できなかったが、今はモノづくりメーカーに勤務している。今ならモノづくりの真理がわかるのではないだろうか。

ここ、新橋の居酒屋では、マグロテールのステーキが出てきた。
これはマグロのテールをそのまま輪切りにしてそのままの形で焼いたステーキで、とってもジューシー。見た目の迫力もすごい。隣のお姉さんたちはさっそく写真に撮っている。インスタがどうとか言ってる。

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「まぐろのステーキはドーンて感じか、いや、ドーンはありきたりか。。ザーッときてバーッとした感じか。。」

ぶつぶつ言ってると。

「なに言ってるんですかー?熱いうちに食べましょうよー」

「そやな。ドーンと食べてしまおう。ドーンと。ガハハハハ」
「端っこから食べていって、この花火を倒した人が負けねー。ガハハハハー」

そうか、これがモノづくりの真理か。
僕は、日本酒のグラスを机に置き、ハイボールを注文した。


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